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◆九月十二日 午後四時三十六分――室月中学校 普通教室棟三階 東側廊下階段前




「――えっと、大縄跳び用の綱もあったし、リレーのバトン、鉢巻、たすきもオッケーっと、椅子の搬入も終わってるし、うん、これで良しかな?」




 各クラスの備品の最終確認を行うために、生徒会室からなるべく静かに抜け出てから約二十分、僕はようやく最後の教室を回り終わった。



 やることは単純で、各クラスに配られるはずの備品の有無を確認してあらかじめ配られているチェック表に印をつけるだけである。



 一年から三年まで平均で五クラス、つまり約十五クラスの備品チェックをしなければならないけれど、白聖祭の前日ということもあり、必要となる備品を段ボール等で一所にまとめておいてあるクラスがほとんどで、確認自体はそれほど時間のかかる作業ではなかった。




 僕はとりあえず備品のチェック表を見直しながら足早に目の前の階段を下りてゆく。



 もちろん危険の無いように適度に足元に注意してだ。



 明日は白聖祭当日の運動会なのだ、此処で足を踏み外そうものなら色んな意味で悲惨な結果となってしまうことだろう。



 僕はそんなことを密かに考えながらも、淀みなく三階から一階へと一気に階段を降り切ることにする。




 だが、階段の最終段を下りた時、そんな僕の思考をあざ笑うかのように僕の膝関節と足首付け根が悲鳴を上げた。



 

「――――っ!?」




 その痛みはさり気に今日の中で一番酷いもの。



 僕は思わず足を抱えるようにして片膝をついてしまった。



 そっと局部を触ってみれば熱を帯びていることがわかる。今日という一日を僕は殆ど走り回っていたのだから当たり前のこと。



 だが、僕にとってのその”当たり前”が、酷くもどかしい。



 僕は必要以上に顔をしかめた。




「おお、霧生。いいところにいたなぁ、ん? どうした? どこか悪いのか?」




 と、そんな僕に声をかけてくる人物がいた。僕は慌てる様にして立ち上がる。



 声をかけてきたのは我がクラス3年B組の担任、三谷先生だった。




「いえ! 別になんでもないですよ? ただ靴ひもを直していただけですから」




「そうか? ならいいが。とりあえず霧生こっちに来たまえ」




 三谷先生は何やら笑顔で手招きをしている。



 僕はというとそんな先生の行動に首をかしげながら、とにかく近づいてみることにした。




 ――――だが、それがいけなかった。




 そうだ、今思えば三谷先生との付き合いは今年で三年目。



 それだけの付き合いがあれば、当然この人の事をそれなりに把握する事は出来るだろう。



 

 かくいう僕も、三谷先生の人間性は、これでもかというほど理解できている筈なのに、なぜ間抜けにノコノコと近づいてしまったのか――




 でもまあ、今更後悔したところで、それはきっと後の祭りだろう。




 近づいた瞬間伸ばされた先生の手、油断していた僕に、抗う術などきっとありはしないのだから。




「え? いや、あの、三谷先生? 何で腕をがっしりロックしてますか?」




「はっはっは、霧生ゲットだぜ」




「え、ちょ、うわあああああ!?」




 僕は情けなくもズルズルと三谷先生に引きずられていった。






■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■





 

「つうわけで、どうよこの無駄な書類の数々。体制見直しだけでどれだけの資源浪費が抑えられるかっつー話だ」




「いやそんなタメ口で訊かれても」




 相変わらずの様子でしゃべりながら、僕は三谷先生が授業で使うプリントのホッチキス止めを手伝われていた。



 向かい合ってパチパチパチパチ……



 もうかなりの数になるはずなのに、一向に減らないプリントの山。




「ああ、ちくしょう。めんどくせーなぁ。はやく教科書もノートもデジタル化しちまえっつーの、なあ?」




「なあって、そりゃあ確かに楽かもしれませんけど、そうしたらノートのコピーとかが凄く簡単になりますよ?」




「知るか。大体馬鹿な学生が増えるより、俺は地球の資源を守るほうが大事と考えるね」




「あのー、先生も一応教育者なんですから、そういう発言を学生の前でするのはどうかと……」




「あぁ? 別にいいじゃねえか。駄目なやつを排斥しろとかいってねーし。楽になりたきゃ優秀になれってことよ、って、お前仕事はえぇな!」




「え? そうですか?」




 僕は言われてプリントの山へと視線を落とす。



 なるほど、確かに、僕の築いたプリントの山は先生の物の1.5倍ほどの高さを築いている。



 うん、確かに先生と比べるならば早い方なのだろう。




「まあ、手先は器用な方なので。それに僕単純作業は嫌いじゃないですから」




「へぇ、そりゃまた奇特なこって」




 僕は適当に返事をしながら再び作業に没頭してゆく。



 それに単純作業と簡単に言っても、その作業工程は個人によって異なり独特なわけなのだから、そこには改良の余地が少なからずあったりする。



 動きの最適化とでもいうのだろうか? とにかく僕は単純作業をしながらその動を改良していくという、その行動が結構好きなのかもしれない。



 このように、結果としてそれが立証されるのならばなおさらだった。




「あー、くそ、酒飲みてーなぁ。霧生、スルメ焼いてきてくんねー?」




「駄目ですからやめてください。あと、スルメないですし。七輪もありません」




「おお、七輪とはわかってるなぁ、お前。じゃあヨロシクで」




「ないって言ってるでしょうが……」




 そんなこんなで二十分ほど作業を続けると流石にふたりがかり、山になっていたプリントはきれいさっぱり片付いた。




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