5話
「目が覚めた時に周りを見なかったの?あなたの周囲には命晶石がゴロゴロと落ちてたわ。」
「そ、それって……」
「もっと言えば、あなたが目覚めた場所は村の集落があった。突然隕石らしきものがそこに落ちて、その村は壊滅。その中心から見つかったのがあなたよ」
フタバはユーリから明かされる事実を完全には呑み込めないでいた。この世界に飛ばされて目が覚めた時には、既にクレーターの中にフタバは居た。その前の記憶はなく、やはり転生前の元の世界の記憶しかない。何日も前にここに降り立った記憶はいくら遡っても見つからなかった。
「いや、待てよ……あの時――」
記憶を巡る中で、フタバの脳内はある記憶を再生する。クレーターで目が覚めた時に辺りに石ころが散らばっていたのを思い出す。あの時は命晶石のことなど知る由もなく、そこで起きた衝撃によるものだと思っていたが――
「……あれ、全部人なのかよ。――うぅ……っ、げほっ……!」
フタバは震える指で唇を押さえた。胃の奥から突き上げる不快感に、歯を食いしばった。喉の奥が焼けつくように熱くなり、口の中に酸味が広がる。肩が小刻みに揺れ、自分の置かれた現状に気持ち悪さを感じずにはいられなかった。手元にある情報だけ見れば、村人たちを襲ったのはフタバ自身になってしまう。記憶も実感もないが、現場の状況がそう裏付けていた。
「思い出した?あなたがやったことかどうかは分からない。だけど、あの隕石騒ぎで多くの村人が亡くなったのは事実」
「……」
「現実を受け止めたくないのは同情するわ。これで分かった?あなたは人を救うどころか、殺しているかもしれない。あなたが助ける理由も道理もないのだから」
ユーリは冷たく言い放ち、ゆっくりと立ち上がった。腰刺さっていた小銃を取り出し、銃口を夜空に向ける。カチャリと小気味よい音を立て、鋭い破裂音とともに、銃口から閃光が飛び出した。紅蓮の光球が漆黒の夜空を駆け上がり、数秒後には高度を稼ぎきったのか、一瞬の静寂が訪れる。逃げ隠れている身としては随分大胆な行動である。
ユーリはその小銃を連絡用と言っていた。誰かに信号を送っているのだろうか。煙の伸びた空を見上げながら、フタバは何もできない無力さを噛みしめることしかできなかった。
「私は明日、ここを立つ。もう十分魔力は回復したわ。ここに居ても隠れ続けないといけないし。仲間が迎えに来るのはおそらくお昼過ぎくらいね」
「……そうかよ」
「あなたはどうするの?ここに居ても危険なだけ。近くの町でよければ、一緒に船に乗っていけば?」
「船?」
「私――空賊なの」
空賊。聞き慣れない言葉にフタバは頭の中で想像してしまう。元の世界には海賊という者なら存在しているが、文字通り空を渡り歩く集団なのだろうか。
しかし、”賊”と言われてあまり良い印象ではない。こんな可憐な美少女が賊というのだから、世の中何が起きるか分からないものだ。確かに、肝の据わり方と冷淡な判断はその片鱗を覗かせている。
「私は無空の蛇の一員。全種族の自由を追い求める反帝国派の者よ。本来なら私と一緒に居るだけで即捕縛対象――平和に暮らしたいなら、次の町で一緒に行動したことを忘れたほうがいい」
無空の蛇。ユーリは初めて、この世界について語ってくれた。
この世界――イシュタルは魔法が存在し、多くの種族が住まうフタバが前に居た世界とは全くと言っていいほど違う世界線。人族と呼ばれる、いわば普通の人間の種族。魔法の扱いも他種族に比べて劣り、身体能力もさほど特筆すべき所はない。
しかし、魔法と工学を合わせた”魔工学”の発展により、他種族に並ぶほどの繁栄を築き上げた。その結果、アスエム帝国というイシュタル東部に最大の領地を構えた。
数年前、帝国はある種族と”星の子戦争”と呼ばれる異種間戦争を起こすことになる。その大戦は帝国側の勝利に終わったが、無空の蛇は大戦後に発足され、今に至るまで反帝国側の空賊として各地で戦闘を繰り広げている。
彼女が先ほど言っていた、”もう魔力は十分に回復した”との発言。そこから察するにユーリはこの村に潜伏していたと考えられる。だとしたら、この村を救うこともネトラさんに情が湧かないのも、どこか腑に落ちてしまう。ネトラさんに認識を誤らせる魔法を使ったのも理に適う。
「私だって、あの村の人たちを気の毒に思っている。だけど、ここで騒ぎを起こせば、私は居場所を知られてしまう」
「そんなにもその帝国ってのはお前らを探しているのか?」
「そうね。帝国は私たちを捕まえるためにかなりの軍を投資しているわ。帝国から逃げながら生活しているから、ここに長居する訳にもいかない」
珍しくユーリは少しバツの悪い表情を浮かべた。木に寄りかかり、地面に腰を落としたユーリは静かに目をつむった。
思えば、一日中動き回っていた。異世界に飛ばされ、不思議な少女に出会い、人外な奴らに危険に曝され、終いには空賊と呼ばれる集団の存在も知ることになった。キャパオーバーならとっくに過ぎている。今になってドッと疲れが大波のように押し寄せてきた。
「とにかく、疲れた……」
フタバも目を閉じると、泥のように眠るように疲れ果てた意識を落としていった。
~~~~~~~~~~~~~~
雑踏の喧騒に包まれたことで、フタバは目を覚ました。しかし、目を覚ました場所は先ほどの森の中ではなく、多くの人が行き交う街のど真ん中であった。
中世の街並みに通りの脇には露天商たちが果物や布地を並べ、声を張り上げて客を呼び込んでいる。通りを行き交う人々は身なりも様々だ。貴族らしき者は絹のマントをまとい、装飾の施された剣を腰に下げている。一方、労働者や農民は麻や羊毛の衣服を身につけ、日焼けした顔に汗を光らせていた。
石畳の道を貴族の馬車が通ると、馬の蹄が石畳を打ち鳴らし、車輪がゴトゴトと音を立てる。路地裏では身なりの悪い連中がひそひそと怪しい取引をしていた。活気に溢れたこの街に全く見覚えはないが、あの鬱蒼とした森よりかはどこか安心感のある。
フタバは人の流れに押されるように通りを進んでいく。かなりの人混みで方向転換など出来そうにもない。子供の頃に訪れた流れるプールを思い出す。
行く当ても分からないまま道を進んでいくと、中央に聳え立つ時計塔が見えてきた。街の象徴とも呼べるほどにその時計塔は威圧的に鎮座しており、見上げるだけで心情に焦燥を与える。
「おい嬢ちゃん!アクセサリーはいらんかね!?この指輪とかどうだい!?」
不意に気さくな商人に声を掛けられ現実に引き戻される。商人がこちらに向けて話しかけてるのは明白だった。何故なら視界を跨ぐように筋肉の引き締まった日焼けした腕が現れたからだ。商人は屈託のない笑みでこちらにアクセサリーを差し出してきた。
随分と強引な客引きである。まだ歌舞伎町の方が適度な距離感を保つだろう。さすがに無視できない進行の遮り方にフタバは足を止めた。
ギラギラとした貴金属が日の光に反射して視界を遮ってくる。豪華で煌びやかな宝石たちもここまで集まれば下品にも感じてくる。フタバが身に着けるにはどうにも派手だ。そもそも豪華な装飾品なんて興味をもっていなく、それにお金なんて持ち合わせていない。
「あいにく金は持ってないんだ」
「なんだよ一文無しか!?がっはっは!そんな可愛いのにアクセサリー一つ身に着けてないなんて勿体ないじゃねえか!しょうがねぇ、一つあげるから持ってきな!」
一文無しを邪険に扱われると思えば、豪快に笑い飛ばして終いにはタダでアクセサリーを渡してきた。タダより高いものはないが、どこか先ほどから話が不明瞭なのだ。”嬢ちゃん”やら”可愛い”やらフタバの人生において縁もゆかりもない言葉を投げかけられ反応に困る。
昔から,頼りない体つきで所謂貧弱といわれる部類であった。貧弱さゆえに女の子扱いされることは何度かありはしたが、それらかなりの侮辱である。
しかし、そんなことで眉間に皺を寄せても、この商人のようなタイプには何も響かないことが多い。相手からしたら、ちょっとした冗談くらいのことなのだから。
とにかくこの場を早く離れよう。そう思ったフタバは差し出されたアクセサリーを受け取ろうと手を伸ばす。
「……ん?—って、っえええ!?」
フタバはいきなり差し出した手を素早く手元に引く。流石の商人もけたたましい声色に驚いたのか"どうしたんだ!?何があった!?"と声をあげて狼狽している。しかし,狼狽しているのはフタバも一緒であった。それもそのはず、視界に映った自分の手が自分のものじゃなかったのだからだ。
それどころか手だけではない。見慣れない腕、見慣れない髪全身が自分のものとはかけ離れており、そういえば普段の視点に比べればかなり低い。
何かを確かめるようにフタバは急いで商人が陳列している鏡に自分の姿を写した。
「おいおい、何が起きてたんだよ……」
鏡に映された姿は普段のぼさっとした青年ではく、可憐な一人の少女であった。