2話
グングンと進む少女の後を追う。少女はフタバのことなど気に掛けることもなく、速度を落とさず進んでいく。五分ほど歩いただろうか、何もない殺風景な景色が徐々に変わってくる。決して栄えている訳ではないが、人のコミュニティが機能している村にたどり着いた。前の世界でいうならば田舎といえばしっくりくるかもしれない。
セキュリティもないような木の小屋に水の入った桶で洗濯をしているような現代であればかなり昔の文化である。村の住人達も少女を見つけては笑顔を向けて挨拶をしたり、手を振ったりしている。村の中でも人気者なのかもしれない、それか狭いコミュニティ特有の村中が家族みたいな感じかもしれない。
しかし、一つ気がかりなことがある。少女の服装だけ村の住人とは全く違うのだ。そんなフタバも元の世界から来たばかりのこの世界に見合っていない服である。
村の住人たちは古びた一枚の布から作られたような簡易的なものであったが、少女の装いは青い文様の描かれたシルク調のワンピース。チャイナ服風のような形は明らかに村のものではない。この少女もフタバと同じ異邦人の類なのだろうか。ならば、フタバとしても色々訊かねばならないことがある。
この世界のこと、どうしたら元の世界に戻れるのか。しかし、そんなことを言って変な奴だと思われないか。装いが違うだけで、フタバと同じ立場とは限らない。この世界でいきなりアウトロー扱いだけは避けたいところだ。
「あなた、どこから来たの?」
「えっ、あー……どこって言われても」
「この辺りでは見ない服装だね」
早速、見抜かれてしまっていた。所々、焼き切れたようなボロボロの自分の服が羞恥心を駆り立ててくる。
「この村ではあなたは目立ちすぎる。早くここを出ていくことを勧めるわ」
「……簡単に言ってくれるのな」
髪色のように冷たく言い放つ少女はフタバに見向きもせず、ある一つの家に入っていく。恐る恐る後につづいて家に入ると、中には一人の年配の女性が椅子に腰かけていた。
「ただいま、おばあちゃん」
「おお、帰ったのかいユーリ」
二人の会話からして中にいたのは少女の祖母なのだろう。そして、少女の名前はユーリだということも分かった。しかし、やはり気になるのはユーリの祖母も村の人と同じような服装をしている。特に村の人たちは浅黒い肌をしているが、ユーリは透き通るような白い肌だ。口には出さないが、ユーリもフタバ同様にこの村の者ではないのだろう。
「おや、そちらの方は?」
「あー、落下跡にいたの。この辺りの人間じゃないのは確かだけど」
「そうかいそうかい、大変だったね。こちらにおいで、傷の手当てをしよう」
無反応なユーリに比べ、おばあちゃんは手当てをするための道具を棚から取り出した。フタバは言われるがまま、ボロボロの服を脱いで手当てを受けた。ゆっくりとした動作だが、手慣れた手つきで処置をしていく。
「私の名前はネトラ。お前さんの名前はなんだい?」
「えっ、ああ。双葉。十六夜双葉だ」
「イザヨイ……フタバか。変わった名前だね、どこから来たんだい」
正直、この質問が一番困るかもしれない。経緯は全くわからないが、別の世界から来たのは明白だ。反応を見る限り、それはこの世界の人たちも感じ取っているのだろう。しかし、なんて説明をすればいいのか、フタバ自身分からないままでいたのだ。
言葉に詰まっているフタバを見るなり、ネトラは優しく微笑んで先ほどとは違う棚をゴソゴソと漁った。少しして何かを見つけたように引っ張り出したものは、この村の人が来ている民族衣装のような衣類であった。
「無理に答えなくてもええ。これに着替えな。ようこそ、カルカモナ村に」
そう言って、ネトラは服を差し出してきた。少し古びた服であったが、フタバは喜んで着替えた。ボロボロの服を着なくてもいいという理由よりかは、この世界の人から認められた、とネトラの優しさに触れたなのかもしれない。
ネトラは小さな祭壇のような棚に手を合わせ、ぶつぶつと何かを囁き始めた。祭壇には大事そうに一つの石が置かれており、所々赤い鉱物が混じったような不思議な見た目をしていた。
この村の風習なのだろうか。特に深く考えることもなく、フタバはようやく服を着替えれたことに安堵の表情を浮かべた。この世界に来てからどこか落ち着かないフタバであったが、この世界の衣服を身にまとうだけで住人の一員になれた気がするのだ。
「なんだか貧弱に見えるわね」
「うっせぇよ。てかなんでお前だけそんな豪華な恰好なんだよ?」
「あなたには関係ないわ。」
冷たく言い放つユーリは一瞥することなく、フタバの質問を拒否した。何やら身支度を整えているユーリは取り出した中世風の小銃を腰に差す。物騒なその様子にフタバは思わず口を挟んだ。
「おいおい、それって……」
「ん?連絡用だよ。もうここに居る必要はない」
さらりと重要なことを彼女は口にした。やはりユーリはカルカモナ村の住人ではないのだろう。
”もうここに居る必要はない”。そう言ったユーリの真意は分からないが、ここを去ろうとしているのは明白だった。フタバにとって、それはかなり都合の悪いことになる。こちらの質問には答えてくれないが、こちらの事情も汲んでくれる可能性のある唯一の人物だからだ。
「ど、どこに行くんだっ?」
「どこにも」
「な、何をしに行くんだ?」
「なにも」
まったくもって話が通じない。ここまで会話を拒否されると、さすがのフタバも心臓が締め付けられる。そんなフタバの様子など微塵も気にすることもなく、彼女はその場を後にした。マイペースなのか無神経なのか彼女の人柄が全く掴めなく困り果てたフタバは反論は諦めて黙って付いていくことにした。
再び村を歩き出した二人は、絶妙な距離感を保ったまま言いようのない空気間に包まれていた。いや、気まずいと感じているのは自分だけかもしれないと思うと大きくため息を吐いた。
村は至って平和であり、心なしか時間がゆっくりと感じられるまである。子供たちの追いかけっこをする光景は微笑ましく、元の世界でも自分にもこんな時代があったのかと感傷に浸ってしまう。ろくでもない人生を歩んできたフタバであったが、何もかもが楽しかった無邪気な時代があったのだ。
やはり、元の世界に戻なければとフタバは決心を固くする。
「あのさ!実は俺はこの世界の人間じゃないんだ。できれば、元の世界に戻りたいんだけど……」
フタバは先を歩くユーリに自分の素性を明かすと、ようやく彼女は歩みを止めた。
「……この世界の人間じゃない?」
ユーリは眉を顰め、怪訝な表情でフタバを見る。不穏な空気にフタバは固い唾を飲む。
「それはどういうことなの?」
「ちょ、ちょっと待てって!」
さっきまでの完全無視とは打って変わって、目を見開いてフタバに詰め寄った。美少女にいきなり詰め寄られ、味わったことのない初めてのシチュエーションに赤面していく顔をそらすフタバ。フワリと香る女の子特有のいい匂いに鼓動が早まる。
「……もう来たか」
ユーリは目線をフタバの後方に移し、そう呟いた。その言葉にフタバは素っ頓狂な表情を浮かべてしまう。後ろを振り返れば、先ほど見かけたゆらゆらと蠢く黒い人影がこちらに向かってのろのろと歩いてきていた。さっきまでの様子を伺うような距離感ではなく、確実にこちらに歩を向けている。意志を持ったその歩みに後退りする。
「二体か……」
「おいおいおい、なんだよあの気持ち悪い奴らは!?」
フタバはユーリの背中に隠れたい気持ちをギリギリの見栄と理性で抑え込む。しかし、対抗しえる術はもっておらず、じりじりと黒い人影との距離が詰められていく。気づけば体を支えていられないくらい足は震えていた。女の子の前であっても、かっこいい姿一つ見せられないとは情けない限りである。
そんなフタバを差し置いて、ユーリは一歩前に出る。迫りくる黒い人影を物ともせず、まっすぐその場に立ちはだかった。冷静な目で黒い人影を捉え、その気配に微塵も怯む様子を見せない。ユーリの背中はまるで大きな盾のようで、華奢な少女とは思えない逞しさを感じさせる。
「命令する。その歩みを止めよ」
ユーリの声が鋭く響き渡った。その瞬間、空気が一変した。ユーリの言葉通りに黒い人影が縫い止めたられたかのように、まるで見えない鎖が絡みついたようにピタリと動きを止める。動きを止められた人影は低く唸り声をあげ、その静止が本意ではないことを悟らせた。
しかし、黒い人影は完全に力を失ったわけではないようだ。動きを止められても、空気中に漂うその不気味な存在感は依然として消えない。
「な、何が起こったんだ?」
「一時的に動きを止めただけよ。すぐにでも動き出すわ」
ユーリの言葉通り、黒い人影は先ほどよりかは動きの制限が弱くなっているようだった。だが、そんな隙を彼女は見逃さなかった。一気に間合いを詰め、短剣を取り出して躊躇いもなく喉付近を切りつけた。華麗な二撃で人影は完全に動きを止め、氷が溶け出したかのように一瞬にして液体状になってしまう。血が噴き出すわけでもなく、静かに消えていった。
「こいつらは《《もう助からない》》。さあ、先を急ぎましょ」
フタバの反応など気にも留めず、ユーリは先を進みだす。まだ状況を処理できていないが置いて行かれまいと彼女の後を追う。通り過ぎさまにさっきまで人の形を成していたモノを一瞥すると、何やら黒の液体の中に赤く光る鉱石が怪しく光っていた。どことなく、先の村で見た祭壇に置かれていた石。似てるようで似ていないと考えているうちにユーリの背中はかなり前方に見えたため、慌てて彼女の背中を追った。
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「着いたわ」
隕石が落ちたような巨大なクレーターの縁に立っていた。大地は抉られ、黒く焦げた土や岩が無造作に積み重なり、辺りには焼けるような焦げ臭い匂いが漂っている。
空には灰色の雲が立ち込め、わずかに冷たい風が吹き抜けていた。
「……ここは俺が目覚めた場所」
フタバは恐る恐る口を開いた。その声は、静まり返った広大なクレーターに吸い込まれるように響く。ユーリの後に付いてきた先の目的地はフタバがこの世界で目覚めた場所であった。まじまじと見ると、かなり巨大なクレーターだ。なぜこの中に居たのかも気になるが、どのようにしてここまでの衝撃を与えたかが引っかかる。
「この跡は三日前に出来たものよ。かなり激しい衝撃だったわ、この辺一帯は焼き尽くされ、ようやく消火したのが昨日よ」
ユーリはそう答えると、慎重に足を踏み出した。彼女の視線は周囲を鋭く見回している。普通の隕石跡ではないと感じさせる異様な雰囲気があった。
「でも、クレーターもう一つは合ったの。こことは反対方向の川の近く。そっちもかなりの規模で辺りの川は干ばつしていたわ」
「この跡がもう一つ……」
フタバは震える声で呟く。
「落ちた場所が川の近くだったためか、そっちは早めに落ち着いたの。そこでも一人、クレーターから怪我人が運び出されたの」
ユーリの口から衝撃の事実が伝えられる。クレーターは二つあり、もう一つからはフタバ同様に怪我人が発見されていたこと。フタバも記憶が曖昧なまま、未だに謎なことが多い。
そもそも、フタバの居た世界と似ても似つかない世界。フタバと同じ状況で見つかったその人に話を聞けば、この疑問も少しは解決できるかもしれない。
「お願いだ!その人に会わしてくれ!」
ユーリは地面に跪き、焦げた土を指先で軽く触れると、その残留物を観察する。まるでフタバの言葉が届いていないのか、真剣な眼差しで指先の付着したものを凝視した。
「……熱量だけじゃない。これは魔力の痕跡よ」
魔力が感じられなかった
「魔力?」
「そう。それも高濃度の魔力。魔力耐性のない人がここに近寄るだけで、魔力中毒に陥るわ。本来ならあなたも今頃中毒になっている頃合いよ。
でも、あなたは無事にここに立っている。だけどあなたには。
おかしいと思わない?あなたには魔力を感じないのに、あなたが居た痕跡のあるこの場所には大量の魔力の跡があるの。そして、魔力中毒にもならない耐性も付いている」
訝しげにフタバを見るその視線はまるで得体のしれないものを見るかのように鋭い。明らかに疑いの眼差しを向けられるフタバであったが全くもって身に覚えがない。それどころか、魔力があるだのないだの言われても知るわけがないのだ。他の世界から来たといっても取り合ってくれる隙も無く、言葉にできないとは今みたいな状況を言うのだろう。
突如として、鐘の音が辺りに響き渡る。静寂を破る重厚な鐘の音は腹の底から畏怖を引きずり出すような不気味な感覚に襲われる。
「な、なんだ?」
「始まったわね。とりあえず探索はここで打ち切りよ。あいつが目を覚めるわ」