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魔法使い殺しの空賊紀行  作者: P吉
薄氷の少女
13/16

12話

 同刻――ユーリは飛空艇の到着を待っていた。信号弾を放ったが、この辺りはエルフの森が近い。そう堂々とは空路をコントロール出来ないし、信号を送った場所から着陸がズレるのは承知の上である。

 ユーリは木々の間から見える何もない虚空をボウと眺めているが、決して意味もなく立ち尽くしている訳ではない。恐らくここに来るだろう、という漠然とした勘であったが、やがてそれは確信に変わる。


 見上げた空の景色が一瞬歪む。飛空艇の外装に組み込まれた魔導式光学迷彩装置がその片鱗を見せる。まるで水面に雫を垂らしたようにその一角だけが揺らいだのだ。

 機関の音は最低限に抑えられ、推進装置からの魔導蒸気も極力減らされている。周囲の木々が徐々に迫り、機体は森の隙間に身を沈めるように着陸の準備を進めていた。着陸する機体に圧迫され、木や枝がミシミシと音を立ててひしゃげる。


 空艇が完全に停止すると同時に、飛空艇はその姿を現した。光学迷彩が解かれ、見上げるほどの鉄の塊がそこに鎮座する。

 中型魔導飛空艇、ニーズヘッグ号。空賊集団、無空の蛇(ヨルムンガンド)の移動拠点である魔導式の最新の飛空艇。魔工学がもたらす人族の叡智の産物だ。

 霧のように静かな森の中、一人の男が現れた鉄の機体の甲板の端に立つ。その男は怪訝そうな表情で煙草の煙を口から伸ばしていた。男は甲板から飛び降り、ユーリの下へと歩いてくる。


「久しぶりだね、アックス」


「暢気なこと言ってんじゃねぇよ……どれだけ探したと思ってるんだ?」


「ごめんなさい」


 ニーズヘッグ号の船長――アックスは子を叱る親のようにユーリを叱責する。ユーリは相変わらずの無表情で淡々と謝罪した。アックスは頭を抱えて、呆れた素振りを見せる。


「おーい!ユーリ嬢。元気かー!?」


「ジルも久しぶり」


 一際露出の高い赤髪の船員――ジルもアックスの背からひょっこりと陽気に姿を現した。無空の蛇のメンバーとこうやって顔を合わせるのもかなり昔のように感じてしまう。ひと月ほど前にユーリだけ無空の蛇のメンバーとはぐれたのが事の始まりである。

 ある街に滞在している中、場所を嗅ぎ付けた帝国軍に追われる途中、アックスらは緊急で街からの脱出を図ったのだが、なんとユーリ一人だけ街の取り残されてしまう結果となった。街での戦闘もあり、逃走と潜伏の先にカルカモナ村に辿り着いたという訳だ。


「お前が甘い物買いに行くってワガママ言うからこうなったんだからな!」


「それについてはアックスが船に甘い物を備蓄しないから、アックスにも問題があるわ」


 眉を顰めたアックスと拗ねたように口を結ぶユーリとの間に火花が散る。いつものような子供の喧嘩内容にジルは「また始まった……」とばかりに苦い表情を浮かべた。


「まあまあ、無事に合流できたんだしいいじゃないか~。とにかく早く出発しようぜ」


 二人を宥めるように火花が散る中で割って入り強引に引き離す。アックスは納得いかない様子だったが、渋々飛空艇へと向き直る。ジルも続くように飛空艇へと歩き出し、飛空艇の後部に位置するハッチが開閉して船内へと入っていく。しかし、ユーリは二人に付いて行くことをせず、村の方へと振り向いた。いや、村の反対側の()()の方角に視線を送る。


 気がかりなのはあの青年である。フタバ?といっただろうか。隕石跡から見つかった魔力を持たない不思議な存在。どんな矮脆弱な生物でも魔力をまったく持たないというのはそれほど異質なのだ。ユーリは魔力そのものの性質を()()()()ができる。ユーリの種族が持つ特有の能力であり、フタバの異質さを一番目の当たりにしている。


 そして、魔力を持たない物が魔獣を相手どろうととしているのだから、気になって仕方がない。心配という訳ではない。恐らく、あの青年は死ぬだろう。魔法も使えない人族が簡単に攻略できる存在ではないのだ。比較的

 魔獣は一族として長い歴史を持たない、比較的単独行動の多い種だ。種族として生息エリアも生活様式も定まっていない為、生存することへの執着が一際高い特徴もある。そして、他の種族から目立たないようにひっそりと暮らしているが、食事として人族を標的にすることがあるのだ。


 だから、人族を好意的に見ている魔獣なんて、この世界にはいないに等しい。フタバがアラクネの元に行って何をしようとしているか分からないが、餌にされて終わりだろう。

 踵を返して飛空艇に乗り込もうとしたその時――、一瞬にして引き裂くような轟音が森の奥から響き渡る。


 衝撃波が大気を震わせ、木々の枝がざわめく。遠くの空に、巨大な黒煙が渦を巻きながら立ち昇っていくのが見えた。しばらくすると、遅れて低くうなりを上げるような振動が足元へ伝わる。地面が微かに揺れ、土の粒が舞い上がる。

 森に潜んでいた小動物たちは驚いて逃げ出し、枝の上で羽を休めていた鳥たちは一斉に飛び立った。木の葉がざわざわと音を立てる中、爆風の余波が生温かい風となって森の奥へと広がっていく。


 やがて、風に乗って漂ってきたのは、炭化した木材と焼け焦げた油の臭い。爆発の規模は決して小さくはない。方向からして村の反対側にある教会からだろう。あの爆発では教会ごと吹き飛んでいてもおかしくはない。つまりは――


「あの男……何をしたの?」


 即座にフタバの顔が浮かぶ。これがあの男の言っていた作戦なのだろうか。だとしたら、規模が桁違いすぎる。発音が森に響き渡った瞬間、ユーリの身体は条件反射のように動いていた。ニーズヘッグ号の格納庫に走り、傍らに停めていた二輪魔導移動装置、”ヘルメス”に飛び乗る。

 ぐっとハンドルを握りしめ、掌の内側に刻まれた魔導回路に魔力を流し込む。青白い魔力の奔流が装置全体に行き渡り、車輪に刻まれた魔導紋が黒い機体に青白く浮かび上がった。


「おい!ユーリ!どこに行く気だ!」


「少し確認することがある。すぐ戻る」


 そう言い残してユーリは一気に魔力を送り込んだ。タイヤの内側に浮かぶ魔法陣が一瞬強く輝き、魔導エネルギーによる推進力が車体を前方へ押し出す。獣道を切り裂くように、ヘルメスが猛然と加速した。瞬く間にユーリの姿は森の奥へと消えていった。


「あらあら。まーたあのお嬢は突っ走って言ったわね。ほんと言うこと聞かない子ね~」


「ったく、ようやく合流できたのに……あー、もうめんどくせ!」


「追いかけるか?行き先はあの爆発の方に違いないけど」


「いや、もう少しここに居るなら調()()()()ことがある。この近くに村があるはずだ。そこに向かう、ジルは船を見てろ」


「居残りかよ!まあいいや、早めに帰って来いよ~」


 アックスはめんどくさそうに煙草に火をつけ、マスケット銃を背中に携える。腰には武器を吊るすための頑丈なベルトを巻いており、腰には短刀を差し、二丁の小銃も胸の前のベルトに差し込んだ。これから起きるであろうことに備えたその様は明らかに戦闘を想定しているようだった。



       ~~~~~~~~~~~~



 静寂に包まれた森の中、突如として魔導エンジンの低いうなり声が響く。緻密な魔法陣が刻まれた二輪の魔導装置が、落ち葉を巻き上げながら疾走する。


 魔力をまとった車輪が地面を滑るように進み、木々の間を縫うように駆け抜ける。通常の馬や馬車では到底通れないほどの狭い獣道すら、装置の高度な機動性を活かして軽やかに突破する。魔導エンジンの出力を上げると、一瞬、車体が宙に浮き、倒木や岩場を飛び越えた。


 前方から低い枝が迫る。ユーリは瞬時に身を低くし、魔導装置の姿勢制御機構がそれに応じて重心を微調整する。まるで生き物のような反応速度である。

 爆発が起きた場所に近づくにつれ、木の焼け焦げた匂いが強くなる。


 燃え盛る炎の柱が近くに見え、赤黒い黒煙が大空へと昇る。崩れかけた枝が燻り、その煙はまるで暗い雲のように広がり、辺り一帯を不吉な雰囲気で包み込んでいる。

 爆発の余波はまだそこに残っており、風に乗って焦げた木材や鉄の匂いが充満していた。


 ユーリは慎重に速度を緩めながら教会の残骸に近づく。ヘルメスから降り、辺りに散らばる火の粉を避けながら教会だった所へと向かう。

 炎に照らされた教会の断片が浮かび上がる。屋根は完全に崩れ落ちており、壁は割れ、壊れた窓枠が焼け残っている。


 近くにアラクネもその従者たちの姿も見えない。魔力探知にも引っ掛からないため、すでにこの場に居ないか、跡形もなく燃え尽きたか。しかし、どんなに炎の勢いが強くても残留魔力まではなくならない。あの青年だけ燃えてしまったのだろうか。だが、この炎の中ではその姿も容易には探せない。


「ひどい有様だわ。これでは――」


 ()()()()()()()()()。その言葉を飲み込み、ユーリは教会を包む炎の前に立ち、言霊に魔力をこめる。


命令する(オーダー)、道を(ひら)けよ」


 迫る炎の壁を前に立ち止まり、言霊を発すると、金属が引き裂かれるような鋭い音甲高い音が辺りに響く。

 まるで命令を受けたかのように、燃え上がる火柱が左右に分かれ、道を開け始める。

 炎の向こう側に進む道が生まれ、火の壁は力強く、しかし無慈悲に道を作り出す。


 道が開けた先、()()()()がそこに蠢いていた。どす黒く、夜の闇をそのまま持ってきたかの如く、重たさを感じさせるそれは意志があるかのようなその揺らめく。その様にユーリは不穏な感情を抱く。全てを飲み込む豪炎から守り抜くように黒い炎が鎮座していた


「え……あれって――」


黒い炎の中、さきほどアラクネに会いに行くため分かれた青年――フタバの姿がそこにはあった。

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