第3話 原型なさすぎてマジウケる
さて。平和になった後宮だが、ある問題をはらんでいた。
「後宮怖い」
寝宮にて、皇帝は天蓋を閉ざして床に引きこもっていた。
……そう、皇帝が後宮へ行かなくなったのだ。大問題である。
「なんなの後宮。わけわからん言葉が流行ってるし、こっちがどんな反応しても『何それ。ウケる(笑)』って笑われるし、何考えてるかわかんない。怖い」
確かに、『何それウケる』、あれは怖いかもしれん。どんな反論もアレで乗り切ってるからな、ギャル。
皇帝はここ一ヶ月、後宮に通う暇がないほど忙しかった。ようやく行けるようになったら、飛び交うギャル語と奇天烈な行動。まるで異国、世にも奇妙な世界に迷い込んだお気持ちなのだろう。
おかげで最近は床から出ることなく仕事している。しかし、今日はそう言うわけにもいかない。
「主上。先日、後宮に銀国の間諜が忍び込んでいる、という報告がありました」
「……何?」
天蓋の向こうにある影が起き上がる。
銀国は長いこと戦争をしており、現在は和平を結んでいるが、その関係は緊張状態にあった。
「もし間諜が『金国に世継ぎの気配無し』と銀国に報告した場合、銀国は揺さぶりをかけるでしょう」
皇帝に世継ぎがいない。これは十分、外交問題の弱みや戦争のきっかけになる。
勿論間諜は早く捕まえる気だが、皇帝には体裁のためにも、そろそろ後宮に通ってもらわなくてはいけない。
天蓋が勢いよく開かれた。
「……行くか」
そこにいたのは、まだ幼さが残る、齢十四の皇帝だった。
皇帝とともに、赤く塗られた柱の回廊を歩く。
すると飛んでくるのは――中庭で洗濯している下女のギャル語。
「今週ど? いけそ?」
「キャパい」
「バリわ」
「な」
「どする?」
「んー」
「てか、ど?」
「な」
「……あれは銀語か?」
皇帝が回廊の柱に隠れて、様子を伺っている。
「あれは、ギャル語ですね」
そして随分圧縮された言葉だ。
多分、
【今週仕事はどうですか】
【忙しすぎていっぱいいっぱいです】
【すごくよくわかります】
【ですよね】
【どうしましょうか】
【まだよくわかりません】
【というか、どうしてこんなに忙しいんでしょうか】
【ですよね?】
だと思うが。
いやなんで私、ギャル語わかるんだ? というかほとんど中身がない会話でよく成立するな。
そして今度飛んでくるのは、侍女の会話。片方が荷物を抱えているところに、向かい側から別の侍女がやって来た。
「ねー、これお願いしてOK?」
「了解道賛同新幹線」
「かたじけパーリナイ」
「てか、ドコサヘキサエン酸?」
「あー、ギャル子の部屋によろンプロテアーゼ」
「了解道中膝栗毛~」
「暗号じゃん!!?」
皇帝が叫んだ。
「暗号じゃん! 日中堂々と暗号使ってるじゃん侍女! あいつらが間諜だろ!!」
「落ち着いてください! あれもギャル語です! 多分!」
ほとんど聞いた事のない言葉だったが、恐らく、
【これ持っていくのお願いしていいですか】
【いいですよ】
【ありがとうございます】
【どこに持っていけばいいですか】
【ギャル子さんのお部屋にお願いします】
【承りました】
ということなのだろう。
いやだからなんで私は理解出来てるんだ。
解読できる自分に呆れていると、皇帝がフルフルと肩を震わせて、泣き始めた。
「うわーん、余が理解出来る言葉がないー!」
「あ、陛下ー!」
泣きながら、陛下が回廊を走ったその時。
「うわーん!! 金国の言葉がわからないー! 語学には自信があったのにー!」
下女らしき女が、泣き叫びながら同時に庭を走っていた。
そのとたん、パチン、と回廊を走る皇帝と目が合う。
トゥクン。
下女と皇帝の間に、キラキラな粉が円を描いて辺りに飛び散っていた。
「……そなた、名は?」
「あ、えっと……」
――後日、銀国の間諜だった女が、皇帝のお手つきになる。なお、女は銀国と関係を絶って、皇帝の寵妃となった。