#2 別れたくないから
「別れよう」
彼氏がそう言った。
デートの終わり際、夕日が彼の顔を照らしている時にそう言った。
なんでだろう。
途端にそう思った。
私に何か不満でもあるのだろうか。私以外の女に、好きな人が出来たからだろうか。
理由はとにかく、私は「なんで?」と訊いた。そしたら、
「他に好きな女が出来たから」
その言葉を聞いたとき、思わず舌打ちが弾けた。
最低。そんなんなら、最初から私と付き合わなければ良かったじゃん。
他に好きな女が出来るなら、こんな男とは最初から付き合わなければ良かった。
最低。
私の口から、思い切り溜息が出る。
デカい溜息だったのか、目の前の彼氏──いや、もう別れを告げてるから、元カレの方が正しいのだろうか──が「ごめん」と謝ってきた。
謝るっていう問題じゃないし。なんで謝ってきたの。
あー、もう。
イヤだ。何もかも、イヤだ。
イヤになる。
こんな男、イヤだ。
だったら、この気持ち、ぶつけてやろう。
もう、こんな男とは、恋人じゃないし。
「なんで、謝ってきたの」
「え?」
「なんで、謝ってきたの」
「そりゃ……俺が別れを告げたから」
「じゃあさ、別れを告げたならとっとと帰れば?」
「はっ?」
「私なんかより、その好きな女と付き合えば?」
「私なんかって……俺、変なこと言ったか?」
「言った! そんなことにも気づかないなんて、馬鹿じゃないの!?」
思わず反吐が出る。この男なんか、もう構っていられるか。
私は何度も、何度も……何度も、何度も、何度も、目の前の男に怒りという感情をぶつけた。気が済むまで、ぶつけた。
ただ、正面の男は私という私を受けて止めているのか、何も反応がなかった。呆れ返っているかも知れないけど、それ以上、彼の考えることなんて自分にはいらなかった。
「…………ごめん」
男はポツリと呟いた。それを無視するかのように、私は外方を向いて「知らん!」と叫んで大股で去って行く。もう、あんな男、知らない。
大股で歩く。誰かが後ろをつけているのような気がしたけど、気にしない。
復縁を迫られたって、今更、遅い。
謝られたって、もう──。
そう思って、もう一度彼に抗議しようと振り返った瞬間だった。
「……!?」
彼が私に抱擁してきた。
複雑な気持ちを抱えている中、私は彼の温もりを感じながら「あのさ」と苛立った口調で言った。
「うん」
「何してんの?」
「ごめん」
「謝っても知らないから」
「ごめん。ごめん」
「知らないって」
「ごめん。本当に。俺、本当に不器用だから」
「だから、不器用だから何ッ!? それが言い訳になると思って──」
「言い訳にならないよ。でも、謝らないと、俺の気持ちが済まない」
純粋なる彼の瞳。怒りの感情に支配された私をジッと見据えた。
「……で、気が済んだ? 帰って良い?」
ぶっきらぼうに言うと、彼は「うん」と静かに頷いた。大股でその場で去ろうとした瞬間、「ごめんまだ気が済んでない」と私の手首を誰かが掴んだ。振り返れば、さっきの彼だった。
「……なに?」
暫く、彼と私との間に静かな時間が流れた。静寂な時が過ぎていく中、私たちは互いを見つめ合う。いつの間にか沈んでいた気持ちが、いつの間にか高揚していく。
高ぶっていく。
何だろう、この気持ち。
何だろう、もう一度──。
もう一度、彼とやり直せられる気がする。
私は彼の手首を掴んだ。
もしも──やり直せられたら、
やり直せられたら──、
私はもう一度──
彼と口づけがしたい。
そう思って、私は彼と口を互いに近づけた。