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第121話 魔女の殯 (6)

 二階の自室で、根岸は急ぎ喪服に着換えた。

 髪やら何やらをどうにか整えて、人前に立てる格好になったと確認した上で一階へ降りると、少し離れた隙にどっと客が増えていた。


 訪れた怪異たちは邸宅の中央に位置する広い和室に集まり、座卓を囲んでいる。雁枝のひつぎの置かれた奥の間と応接間は、これから式に使うので一旦閉められたようだ。


「おう、根岸くん」


 覚えのある声がかかりそちらを向くと、瑞鳶ずいえんが座卓の片隅に陣取っていた。

 両翼を失ったとはいえただならぬ存在感は健在で、幸い体調にも問題はなさそうだ。


「うちの志津丸しづまるを先に行かせたが、ちゃんと働いたかね」

「ええ、お陰で助かりました」


 小金井支局の陰陽士を怒りに任せて吹っ飛ばしかけた事については、この際内緒にしておく。


「ネギシ! 久しぶり(マイヘンナーン)

「あれ、何だか窮屈そうな格好だね?」


 タイの夫婦(めおと)妖怪、ピー・ガスーのリンダラーとピー・ガハンのチャチャイが、餅菓子をつまみつつ同時に片手を上げた。


 この夫婦は現在日本観光旅行の最中である。九州にでも行ってきたのか、二人で揃いの『くまモン』柄の黒いシャツを着ている。


 タイ王国には元々喪服を着る文化がなく、また今回の葬儀は服装自由とされている。とはいえ、実に自由な装いだ。


「ふうん、お前が魔女のねえさんの後継とはね……」


 少女の声に似つかわしくない不遜な響き。

 座布団に胡座あぐらを掻いてカルピスウォーターをちびちびやっているのは、旧戌亥(いぬい)小学校の怪異たちを率いる少女霊ハナコである。


「ハナコさん、不服なのかい?」


 河童巻きのおかわりを持ってきた藻庵そうあんが、彼女の呟きを聞いて足を止める。


「そうは言わねえさ。さきの騒動でこいつが根性見せたのは確かだ。しかし苦労はするだろうよ、このとおり周りは曲者だらけだぜ」


 と、ハナコは苦笑いと共に足を崩した。


「私の聞くところによると、早くもラ・ヨローナとバンシーがバチバチやったとか?」


 不意に、根岸の知らない声が間近から、それも足元から上がる。

 通りの良い、壮年の男の声だ。

 驚いた根岸が首を斜め下に傾けると、「はじめまして」と声の主が彼を見上げてきた。


 ――どう見てもウサギである。


 ミケのような、尾が分かれているといった特異性もない。


 ノウサギらしい灰褐色の毛並みで、大きさも至って普通。耳の先端が黒ずんでいるのが特徴といえば特徴だろうか。

 ウサギは首元に黒い蝶ネクタイを付けて、背中には人間の拳程度の大きさのリュックを背負っていた。何とも童話染みて可愛らしい。


「ムトゥラ、そう根岸くんを驚かすなよ」


 瑞鳶が眉をひそめると、ウサギはふくふくと鼻先を動かしてみせた。


「おっと、失敬。いささか不躾ぶしつけでしたな」


 そう言いながら彼はリュックから名刺入れを取り出し、根岸に名刺を差し出す。


「弁護士を務めておりますムトゥラ・モロイと申します」

「弁護士……」


 確かに名刺には肩書きが記され、『モロイ国際法律事務所』なる場所の住所と電話番号も記載がある。


 住所から見るに事務所は東京支部ともう一箇所、本部がボツワナ共和国にあるようだ。


 ボツワナとはどんな国だったか、と咄嗟に浮かばず、根岸は焦って頭を捻った。

 アフリカ南部の内陸国、ダイヤモンド鉱山が有名……他に根岸の興味を惹く特色として、世界遺産にも登録されている特殊文化財、ツォディロの岩絵群が存在する。そこまでどうにか思い出せた。


「なんていうか――国際色豊かなお葬式ですよね」


 つい、率直な感想を根岸は漏らす。

 ボツワナの怪異にメキシコの怪異、タイの怪異。見回せば、縁側ではチェコ出身の人狼、ペトラ・コンヴァリンカも茶を飲んでいる。アイルランド出身のブロナーに、北米生まれの『灰の角』もいる。


 あとは中東と南米とオセアニアかな、と根岸は何となく考えた。別に雁枝としても、世界全域交友コンプリートなど目指していた訳ではないだろうが。


「ほんとに。自分の縄張りから離れたがらない怪異も多いってのにね」


 ムトゥラの隣で、鉢に盛られた小松菜の煮物を咥え上げて頷いたのは人狼の中村陸号なかむらろくごうだ。

 狼がウサギと一緒に食卓についている風景は何やらヒヤリとする。


「まあでも、何かと理由をつけて宴会をしたがる怪異も多いか」

「あとは、雁枝かりえさんの人徳ですかね」

「おやおやムトゥラ。持ち上げてくるじゃないか」


 座卓に前足をついて、猫の姿の雁枝がにゅっと胴を伸ばした。猫らしい仕草である。

 狼と猫に挟まれたウサギは、心なしか縮こまった。


「根岸さん、御主人」


 後方から声がかかる。ミケが、こちらは人間の姿でふすまを開けたところだった。

 いつの間に着替えたのか、彼は和服になっている。家紋こそついていないが、黒い羽二重の羽織に着物という礼装風だ。


「そろそろ時間だ。いけるかい」

「あ――はいっ」

「あいよミケ、ご苦労だったね」


 根岸に続いて雁枝も立ち上がり、彼女はするりと人間の少女に変化へんげした。

 雁枝の方は白地に淡い柄の色留袖いろとめそで姿で、帯は銀糸を織り込んだ鼠色と、ごく上品な装いになっている。彼女だけ、まるで祝いの席のようだ。


 恐らく、最後に袖を通したい雁枝の気に入りの着物なのだろうと根岸は思う。式の服装を自由にした理由がよく分かった。主催者が着たいものを着ようと言うなら、参列者にもそれを許可するのが道理だ。


 襖の前まで足を進めた雁枝は、和室に集まった皆の方を振り向いた。


「さて、そろそろだ。事の終わらないうちにぽっくり逝っちまったら格好つかないからね、始めさせて貰うよ」


 とむらわれる当人以外が述べたなら不謹慎極まりない口上だったが、談笑していた怪異たちは心得た様子で立ち上がり、廊下に出る雁枝にぞろぞろと付き従う。


 襖が開け放たれて続き間にされ、家具も片づけられた音戸邸最奥部の広間は随分と広く見えた。

 そこに並べられた座布団へと、外見も大きさも様々な怪異たちが腰を落ち着けていく。


 棺の手前側中央には雁枝が、その右手にはミケが座す。


「血流し十文字もこちらに……」


 別室の壁にかけられていた十文字槍を担いできた根岸は、それを部屋の隅に立て掛けた上で、自分は雁枝の左手にかしこまって正座した。 


 そうしていよいよ、葬儀が始まった。

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