第06話 「私のマル秘世界救世計画その③」
結論から言えば、グリースはこの世界でも当たり前に市販されていた。
獣油と消石灰、樹液を材料とした、元の世界で言えばカルシウムグリースの一種が市販されていたのだ。
なぜ私がそれを知らなかったかというと、それらが主に使用されるのは馬車や荷車の軸受などだが、そういったモノは地上で使われるものであり、私達世界樹の上にて部族まるごと引き篭もり生活をおくっている一般的なハイエルフにとっては、縁のないモノだからだ。
そもそもハイエルフというのは、めったに地上に降りてこない。
必要な物資は、世界樹より下層にある樹木に住んでいるエルフや、さらに下の地上に住んでいる獣人などを相手取り、世界樹の実やそれを加工したお酒、薬品などと引き換えに購入しているからだ。
ただ、何千年や万年単位で生きるハイエルフ達は、高度な知識を蓄えているので、地上に住む獣人達などから、「こういったモノが欲しい。」と請われる事があれば、生産して販売する事もあるとかで、グリースなどもそういった理由で製造販売していたような。
「このように、私達は石鹸を利用していますが、材料や製造工程が途中までは一緒なので、輸出用として一緒に生産してるわけです。」
私がシーグリッド先生より紹介された専門家、スリープ教授は、この大学で化学を教えている、髭がチャーミングで落ち着いた雰囲気の素敵なオジ様だ。
いま私に、グリースについて色々詳しく説明してくれているが、朗々とした声は思わず聞き惚れてしまった。
「先生、消石灰を使ったグリース以外のグリースというのは市販されてはいないのですか?」
「良い質問だね。確かに消石灰を使ったグリースというのは汎用性が高くて材料費も安いからかなり出回ってるが、今は次世代グリースとしてリチウム石鹸から作られる新型のものも生産され始めているね。利用先が少ないからまだ少量生産のようだが。」
なるほど……ハイエルフというかこの世界自体、工業化進んでいなさそうだから、グリース入手不可かと思ってたけど、侮ってたわ。
まぁよく考えれば、大規模工場とかは無理でも、錬金魔法とかあるんだから、少量生産するんなら、それ程難しくは無いって事よねぇ。
「先生、そのリチウム石鹸を主剤にした新型グリースというのを、入手するのに良い方法ありますか?」
「私の友人に生産している者がいるので、そこから融通して貰うのは可能だよ。でも未だ少量を注文生産で販売してる状態だから、多少値は張るよ。良かったら今度値段を聞いてきてあげよう。」
「ぜひお願いしまーす!。」
とりあえずバケツ一杯あればいいかな?
お金に関してはインベントリに死蔵されてる分を、換金して取り出せば良いことだし……
でもコレって私の時給から持ち出しって事だよねぇ……。
女神様この分、必要経費って認めてくれないだろうかねぇ……?
今更女神に連絡つける方法なんてないし……やっぱ私の異世界転生失敗なんだろうか?
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ドクター・スリープこと(私が勝手に付けた渾名。)スリープ先生と出会って一週間後、先生の友人から無事、リチウムグリスがほぼ一斗缶にあたる量、送られてきた。
代金は本来なら二万円……ならぬ2万セインド程なのだそうだが、今回は貴重な実験に使う事を話したせいか、なんと!無料で良いと贈ってきてくれたのだ。
ありがたやーありがたやー。
これで入手が困難な材料はほぼ無くなったので、早速新しいゴーレムの実証機の製作を始めた。
サイズは人間サイズよりやや大きい程度で、主材料は杉や檜などの木材を高圧水蒸気圧縮成形法により圧縮したものを利用する予定である。
勿論関節部分は砲金と錫や鉛、亜鉛などを使い、関節が動く度にリチウムグリースが圧入されていく仕掛も用いるつもりだ。
形状は単なる人形ではなく、馬のような四足歩行だが、馬と違う点は後部胴体は前世の軽トラックのように、厚みのある板のようにフラットな形状をしている事。
荷物を運搬するとき、この部分に積載出来る事を重視している。
上半身は最前部に位置しており、左右360度回転出来予定で、この構造により小さなクレーンのように、荷物の積載が楽に行える事を考えている。
大体の部品図を描き終えた私は、早速部品の調達に取り掛かった。
木材を獣人から仕入れている木材店行き、必要な分の板材を購入。
シーグリッド先生の研究室へ持ち込んで手伝って貰い、魔法で高圧水蒸気を使った圧縮成形処理をする。
これはどのようなものかというと……
① 材料を120~150度の高圧水蒸気下に置き、木材の軟化処理する。
② 圧縮魔法で木材を任意の形状に圧縮する。
③ 再び160~200度の高圧水蒸気下で20~60分置いた後、80度まで温度が下がったところで常温常圧下に戻す。これらの処理により、形状が永久固定化される。
というもので、これら一連の処理を施した木材は、圧縮されるので重くはなるが、表面が固く、耐摩耗性に優れ、変形しない材質へと変化するのだ。
後はそれぞれ、使用する部品の形状へと切り出され、組み立てられていき、表面を滑らかに加工されたあと、樹液を主剤にした顔料で塗装をしていく。
塗装面は一度ではなく表面が乾燥する度に繰り返しているのだが、そのうち深みのある色に段々と変わっていくので、面白くなり止められなくなってきた。
やはりモノを作るという行為は楽しい!
最後には表面を水研ぎし、平滑にしたところ、そこには黒檀のような美しい黒を纏った、ゴーレムのボディ(予定)部品がならんでいた。
う~む……。
これ作業用に使うゴーレムになる予定なのに、なんだか芸術品めいてきた……。
ちょっと勿体なくなってきたなぁ……。
次に製作するのは関節部品である。
これに関してはある程度精度が必要なので、いきなり錬金魔法で作るなどという事はさすがにしなかった。
シーグリッド先生に頼んで、大学設備の木工用旋盤の使用許可を貰い、木型の製作から始め、その木型から粘土型を作って溶かした蝋で複製を取る。
あとは型取りした蝋の表面に、膠と火山灰や砂を混ぜ液状化したものを表面に吹き付け乾燥させるという作業を何度も繰り返していく。
最後にある程度表面に厚みがある層が出来て乾燥したところで、熱を加えて中の蝋を溶かして除去し、砲金や錫や鉛などの金属材料を鋳溶かし、混ぜたものを流し込んで、冷えたところで表面を叩き割る。
これによりゴーレムの関節部分の出来上がりである。
勿論、摺動部は焼付き防止に異種金属を使うようにしている。
あとは内部に『核』として設置する魔法陣を刻んだ魔石を造り、全ての部品を組み立てれば完成である。
だが、今まで作った小さな人形サイズのゴーレムとは違い、このサイズのものを動かすのなら、それなりに大きな魔石が必要になるだろう。
はたして、そんな都合の良い魔石が手に入るだろうか?
取り敢えず、完成した部品はシーグリッド先生の研究室に置かせて貰い、私がよく通っている、世界樹の虚にあるジャンク街へ向かってみた。