第01話 「転生出来たが彼氏居ない歴は更新」
生まれる前の記憶を思い出したのは、私の二千歳の誕生日の日だった……。
その日の朝は、起きる前にものすご~く長い夢を視てた気にさせられ、前世では別の世界で人間として生きていた事や、女神様に転生させられた事を思い出したのだ。
最初は頭の中がグチャグチャで、それまでハイエルフとして生きてきた記憶も混ざり合い、朝だというのに寝床からなかなか起き上がれなかった。
誕生日だというのになかなか起きてこない私を、両親と妹が見かねて様子を何度も見に来てくれたくらいだ。
そう。
今世の私はハイエルフ アルフフェイム氏族の娘、『アストリッド』として転生した。
一緒に暮らしてる家族は父『レイフ』と母『シグリッド』妹『アクセリナ』の四人家族。
勿論、家族はハイエルフらしく、全員金髪碧眼美男美女に美少女!
……ただし、私自身は金髪碧眼には違いないし、前世の日本人の中でなら美人の内に加えられたかもしれないが、ハイエルフ全体の中では「中の下」くらい。
眼鏡とジト目がトレードマークの、彼氏も居ない悲しき半ニート娘である。(嘆)
世界樹と呼ばれる全高数キロにも及ぶ巨大な木の幹に、『アルフフェイム氏族』のハイエルフは集落を作り、私達家族もご多分に漏れず、そこで生活している。
落ち着いてきたら、今まで生きてきた二千年間の事や家族の事など、じんわりと思い出し、段々と現状を把握できてきた。
今世の私はハイエルフの中ではどうも変わり者として認識されているらしく、父親も母親もその事については、どうも諦め気味であるらしい。
だからといって無視されてるとか放置されてるとか、そういった事はなく、立派にちゃんと愛情は注がれ生きてきた……と思う。
実際、今日の私の誕生日会は、前日から準備が推められ、家族みな楽しみにしていたんだし……。
とりあえず寝床から起き上がった私は、先ず「ステータス!」と唱えてみる。
女神様に与えられた能力で、自らの能力とかを数値化して表示する、この手の異世界モノでは典型的なアレだ。
目の前に半透明な光る板状のモノが現れ、私の能力値が表示されてるが、正直比較対象となる別人物の能力値が判らないので、自らの能力値が世間一般ではどの程度のものなのか?サッパリである。
「う~ん……この呪文意味なかったかも……」
そういえば、やはり女神様にテンプレ的なスキルとして、インベントリな能力も貰ったようだけど、中に何が入っているかもこの欄から調べられたっけ……。
その事を思い出しながら、持ち物欄を調べたら、とんでもない数値が出てきた……。
「え~と……?五百円玉が千七百五十二万枚……百円玉と五十円硬貨も同じく千七百五十二万枚づつ……十円玉が五千二百五十六万枚……」
……。
「……なんですべて硬貨!?しかも二千年分きっちり支払われ続けてたって事!?というかなぜ紙幣にしない!?紙幣に!!」
ここで私はハタと気が付いた。
働いてないのに女神様からは契約通りキッチリ時給が支払われ続けていたとしたら、その総額は百十九億千三百六十万円……。
しかし!異世界にいる私には、使う方法が無い!?
なぜ私はこんな初歩的な事に気付かなかったのだろう……?
やはり転生前、死んだばかりで頭が混乱してたのが原因だろうか?
「しょうがない……この硬貨は私のインベントリの中でずっと死蔵するしかないか……。」
はたして何トンになるのだろう?たしか五百円硬貨が一枚7グラム……百円硬貨が4.8グラム……五十円硬貨が4グラム……十円硬貨が4.5グラムだったっけか?
頭の中で、ざっと計算してみたらとんでもない数値になった。
「約513.336トン!?どーすんのコレ!?」
うっかりインベントリの中身全部放出したら、確実に家の床が抜ける!
女神様律儀過ぎる!!
この有り難いんだか有り難くないんだかよく判らない、インベントリ内の存在の事を、今考えてもしょうがないので、とりあえず両親と妹が待つ食卓へ足を運ぶ。
「「「アストリッド!今日で二千歳の誕生日、おめでとう!」」」
父と母と妹の弾んだ声が、私を出迎えてくれた。
まぁ二千歳といっても、ハイエルフの法では一応成人と見做されるが、実際は若造扱い、人間でいったらやっと十五~十六歳くらいの程度の扱いだと思えばよい。
「有難うお父様お母様!、それにアクセリナ!」
目の前の食卓には朝からちょっとした御馳走とお酒の瓶が並び、今日が私にとって特別な日だという事を示してくれてる。
まぁ前世の記憶が蘇るというハプニングのオマケ付きではあるが……祝われてる事には違いは無い。
「はい、これ誕生日プレゼント。お父様とお母様と私、三人からだよぉ~。」
ニコニコしながら妹が、両手でやっと抱えられる大きさの木箱を渡してきた。
表面に飾り彫りが入り、真鍮製の蝶番が付いたその箱を開けてみると、中身はなんと『化粧セット』だった。
「お姉さまったら普段色気も化粧っ気も無いから、これで彼氏の一人や二人も作って連れてくればいいと思ったの。」
思わず心で吐血しそうになった……。
妹よ、私を心配するの判るが、喪女としての矜持?というのは一回死んだくらいでは消えないものなのだよ。
だから安心して先に結婚してくれ。
私の前世含めた『彼氏居ない歴更新記録』に付き合う必要は無いぞ?
しかし……普通エルフの間では、誕生日プレゼントって弓矢とか小刀やナイフが一般的だと思ってたんだけど……
親と妹共同で化粧品贈ってくるなんて……どんだけ私は皆の中では行き遅れ確定娘なんだよ……。
「今日は誕生日だけど、このあとどう過ごす予定なの?」
母がニコニコしながら聞いてくる。
「とりあえず長老達のとこへ挨拶に伺い、そのまま蔵書庫で調べ物をする予定です。」
「そんなに知識ばかり溜め込んでどうする気かい?評議委員の座でも狙わない限り、その知識無駄になるよ。」と父
父が言う『評議委員』とはまぁ、ハイエルフの中の国会議員みたいなものだ。
勿論そんなものになる気は無い。
「今はただ、ひたすら知識を溜め込むのが、好きで好きでしょうがないんです。それじゃ行ってきまーす。」
大急ぎで朝食を平らげた私は、制止しかけた母の手を振り切り、即行で家を出る。
そう、私には無駄な時間というのがあまり残されていないのだ。
女神様はこの世界を救えと私を送り込んだが、女神様の気が異常に長いのか?ハイエルフが成人するまでの時間を全く考慮していなかったのか?既に二千年の時が経過している。
今までの間に、この世界の地表の環境は多少は改善されているのだろうか?それとも悪化しているのだろうか?
私のハイエルフとして生きてきた二千年間分の記憶では、私が住んでいるこの土地は世界の中では小さい弓状列島として存在し、幸い周りを海で囲われている。
そのお陰で、人間達の禁呪を使った戦争には巻き込まれず、それによる惨禍もなかったと記憶されてる。
だから幸いにも、青々とした森が現在でも国土の殆どを占めている。
だが戦争以降、何度か人間や他種族が船を駆り、この豊かな土地を狙い攻めて来た事は何度かあった。
他の大陸では殆ど絶滅したとされる『世界樹』が豊富に存在するこの島は、効能が高いとされる神授の薬草や魔法薬の材料の宝庫でもあり、他種族や人間達にとっては垂涎の的だからだ。
だが魔力に優れる私達によりその度に撃退され、現在でも小康状態を保っている。
人間達が頼りにしていた禁呪自体が、この世界から神々により消失させられた現在。
禁呪以外の数々の魔法を使いこなし、射程の長い長弓を自在に操るハイエルフ、エルフの連合、それに対し慣れぬ海上戦を強いられる人間側が敵う筈が無いからだ。
といっても、人間とエルフでは寿命こそ違うが、人口が増える速度では向うが圧倒的だ。
もしかしたら、いずれ数の差で圧倒される日が来るかもしれない。
それまでにこの状況を変えねば、私や家族にとっての未来も、無くなるかもしれないのだ。
「う~ん……女神様ったら『軽い気持ちでやっていい』とか言ってたけど、全然軽い気持ちになれないじゃん……どうしたら良いんだろう……。」
転生した記憶を取り戻して早々、気が重くなってきた……。
とりあえず当初の予定通り、長老達に成人の挨拶をし、私にとっては日課と化している長老達が溜め込んでいる蔵書を見せて貰いにいく。
今世の私は前世の記憶が無かった頃から、どうやらかなりの勉強家だったようだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「レイフとシグリッドの1番目の娘アストリッドです。本日で二千歳の誕生日を迎えましたので、ご挨拶に伺いました。」
長老達の集会所にて、居並ぶ十二人の長老達を前に挨拶をする。
此処に居るのは、いずれも万年単位を生きてきた、言ってしまえば歴史の生き証人とも言える人々だ。
もっとも人間と違い、長老と呼ばれるのに相応しい老齢な姿には、皆見えない。
それどころか、前世の特殊な嗜好の人達にとっては、「合法ロリ万歳!」とか叫びだしそうな容姿のひとも何人か混ざってる。
人間と違い、ハイエルフはある一定の年齢に達すると、それ以上外見年齢が変わらなくなるからだ。
一応寿命というのは存在するのだが、普通の生物とは違う寿命の迎え方をする。
先ず寿命が近くなったハイエフルは、思考思索にふける時間が長くなり、段々と活動する事が減っていく。
やがて活動が完全に停止してしまうと、その場にそのまま植物化する。
実は、私達が生活の場としているこの世界樹も、はるか昔に植物化したハイエルフの巨樹化した姿だとも言われている。
「おお、アストリッドちゃんか?今日でついに二千歳になったんかい?」
「ちゃんと挨拶も出来たんじゃのぉ。感心感心、飴ちゃんやろうか?」
「おぬしも私らの仲間入りする日も近いのぉ。長生きはするもんじゃて。」
皆さんがたニコニコして挨拶を返してくれるが、あまり嬉しさを感じないのはなぜだろう……というかこの歳で長老予備軍に決定しないで欲しい……。
一応、まだまだ若いつもりなのだ。一応は……
「アストリッド、よく来たのぉ。早速だが二千歳の誕生日プレゼントにこれをやろう。私の新しい発明品じゃ。」
長老達の中で、蔵書庫の主とも呼ばれてる一人『フリーヤ』様が、銀の鎖で彩られた緑色の宝石みたいなモノを渡してきた。
首飾りだろうか?
「え~とぉ……これは何ですか?フリーヤ様」
「フォッフォッフォッこれはのぉ、気弱で思ったことをいつもハッキリ言えないおヌシにピッタリの発明品じゃよ。なんとコレは装着してる人の心の内を当人の代わりに言ってくれるという、まっこと便利なアイテムじゃ!」
「ええー!当人の心の内を言ってくれる!?だとしたらすっごい大発明じゃないですか!!」
「そうじゃろ?早速試しに装着してみんさい。」
心の内を代わりに言ってくれる?
本当かどうか判らないが、フリーヤ様の言う通り取り敢えずそのアイテムを首から掛けてみた。
「どうじゃな?わたしが作ったこのアイテムの感じは?」
「え~と……未だよく判らないですけど……「『オ酒ガ欲シイデス!』」え!?」
確かにアイテムは声を上げたが……コレ……。
「あのー……フリーヤ様、私こんな事「『バカリ考エテマス。ダカラオ酒クダサイ!』」なんですか?コレ!?」
なんかフリーヤ様はニコニコしてるし全然私が思ってる事とは違う事言ってるんだけど……
「アストリッドや、いくらわたしら老人の相手するのが面倒だからってお酒に逃げるのはよくないぞよ。」
「ちっ違います!!私こんな事思ってませんからぁー!「『服モ脱ギタイデス。』」おい!!」
ラチがあかないので首飾りを外して思わず叫んでしまった。
「喋ってる内容全然私が思ってる事と違うじゃないですか!!この首飾り!欠陥品ですか?」
「おかしいのぉ……もしかして実はおヌシの潜在意識じゃないのかい?」
「いや潜在意識でもいきなり『お酒くれ!』は無いでしょ!脈絡すら無いじゃないですか!!」
「おかしいのぉ……ここに居る仲間内で試した時はうまくいってたようなんじゃが……」
「それって普段ここに居る皆さんが、お酒の事ばっか考えてるからうまく言ってるように思えたんでは?」
「まぁ普段はスイッチ切っておけば、外見は単なる装飾品にしか見えんから……。」
「……なんだか呪われたアイテム貰った気分なんですけど……とりあえずスイッチ切っときますね。」
やっぱ欠陥品……。
というか欠陥品にしても選ばれる言葉の語彙があまりにも酷い。
びみょーなプレゼントの出来に、釈然としないものを感じながら、取り敢えず長老達が保管していた蔵書庫へ向かう。
生まれる前の記憶を思い出したからには、調べたい事が出来たからだ。