プロローグ 「嫌な私の紹介文」
白い空間にちゃぶ台が一つ、ご丁寧にも良い香りのする緑茶と煎餅がのった状態で。
その向こうにはテレビが一台。
これまた現代のような薄型ではなく、どう見ても一昔前のブラウン管時代のもの。
なぜ、このような物が置いてあるこの場所に私が居るのか?
全く記憶がない。
そして何をしたら良いのかも判らない。
とりあえずは、目の前にあるお茶を啜りつつ煎餅を齧り、なんの気もなしにTV画面を視ていた。
TVからは、中島みゆきの物悲しくも懐かしい、どっかで聞いたような曲が流れている。
これ某国営放送番組のテーマ曲だったよな?たしかタイトルがジャッキー・チェン主演の香港映画のタイトル、明らかにパクったようなだったよなぁ……などと考えてると、画面にタイトルが出た。
『プロジェクト ( ̄x ̄)バツ!』
「バツ!しかも顔文字で!?」思わず画面にツッコミを入れてしまった。
私のツッコミをスルーするかのように、TV画面の中で番組は続いていく。
『1999年7月、日本にとあるベンチャー企業が生まれた。
T大工学部教授、T氏とその学生達4人で起業されたその会社は、当時としては珍しいAIとロボット工学に重きを置く科学技術系ベンチャーとして発足、後に続く学生による起業ベンチャーブームの嚆矢となった。』
……。
『会社の名は【オールドタイマー】、彼らはやがて来るAIやドローンが活躍する時代を見据え、それに応じた新たな技術系企業としての道のりを歩もうとしていた。
勿論何も実績のないペーパーカンパニーに近い企業に投資してくれるような、酔狂な物好きなど殆どいない。
弾けたバブルの爪痕が残る当時の日本での資金繰りは困難を極めた。』
淡々とした口調で、説明の語りは続いていく。
『社員達は決断した。
資金稼ぎの為、他業種に手を出す事を。
機械に対する豊富な知識を利用出来る彼らが、新たに進出した業種は自動車の修理、それも旧車の修理を専門とするものだった。』
……なるほど。
そういった旧車を維持しようとする人って、趣味にある程度お金を掛けられるニッチ層だしね。
そういった層を顧客として取り込めるって、これはなかなか良い判断……
『やがて政府によるco2排出削減推進の影響により、自動車業界はEVの市場投入、開発を加速化。
そのブームに乗り同社は、顧客の愛着のある車をEV化改造、そして車検を通すという独自のサービスを展開。
そのまま使用するには故障の多い外車や旧車を中心に、年間売上20億を超える業種へと発展した。』
なるほど~あの会社ってそれで大きくなってったんだ……
……て、なんで私この会社知ってるんだろ?
『やがて会社は資産も膨れ上がり2020年には資本金も10億を超えた。
そして会社はかねてからの念願だったロボット工学を応用した技術開発会社としての本道に立ち返る事となる。
同年、新卒採用者として新入社員【天舞音 詩津歌】入社 当時22才』
画面には、眼鏡を掛けたスーツ姿の女性が、証明写真風に写った。
誰だよ!この野暮ったい指名手配犯みたいな写真って……私じゃん!?
アレ?なんで私の写真だって判るんだろう……?
『同社、ロボット工学研究課配属。
当時、政府が福島原発廃炉作業用として募集した【放射線防護機能を持った作業用パワードスーツ】の競争受注を勝ち取る為、開発チーム入りする事となる。』
やっぱこれ私がやった仕事だわ……。
『競争試作は困難の道だった。
防護パワードスーツは装着者に対する放射線防護、また放射能への対策として完璧な気密性、吸気浄化フィルターも要求された。
また原子炉内部を飛び交う荷電粒子や非荷電粒子、電磁波などの影響を受け、パワードスーツを制御する集積度の高い半導体を使った電子機器は不調を頻発した。』
うんうん、アレには苦労した……原子炉内部で動かす機械なんて今まで作った事無かったから、そんな厳しい環境だなんて想像もしてなかったよ……。
内部装備してるマイクロコンピュータが何度リセットしてもハングアップしちゃうし……
『なまじ集積度の高い半導体機器を使うから影響するというのなら、集積度の低く信頼性の高い旧式半導体や、真空管を使えば良いのではないかと研究スタッフは議論を重ねる。
だが市場には既に、Z80系やMC68000のような旧式ながら高い信頼性を持つ電子部品の殆どは、既に廃盤となっており入手困難になっていた。』
あの時は困ったなぁ……
万が一受注成功しても、大量受注に応じられるだけの部品確保出来なきゃ意味ないし……ほんと苦労したよぉ……。
『このような数々の困難を、電子部品を自社内で内製化するなどし、着々とプロジェクトが進行していたある日……』
そう……そうだ……あの時……。
『試作パワードスーツによる水中作業を模した実験中、事故が発生した。』
………………
『本来、防水である筈のパワードスーツ内への漏水。
実験用プール内で起きたこの事故のおり、スーツを装着した被験者を救出作業中、スーツのバッテリーから漏電している事に誰も気付かなかったのだ。
救出の為、プール内に飛び込み犠牲者となった一人を除いて……』
ああ、そうか……あの時に私は死んだのだな。
て事はこの空間は私の走馬灯って事かぁ……
「別段走馬灯ってわけじゃありませんよ。」
いつの間にやら私の隣に、白を基調とした何やら神々しい格好をした金髪碧眼女性が、湯呑を片手に座っていた。
「あっえーと……お邪魔してます。」
よく判らないが、大抵こういった場に出てくるといったら、閻魔大王様の使いか、最近流行りのネット小説なんかだと、神様かの二択だろう。
呼び出されたにせよなんにせよ、勝手に寛いでお茶と煎餅片手にTV(?)視てたんだからこの挨拶でいい筈……だよね?
「えーとすいません。走馬灯じゃないって事ですが……という事は私はもう死んだという事で宜しいですか?」
「はいそうです。」
「えーと……あのTV番組モドキは……?」
「亡くなられた方というのは、死んだばかりの時、魂の記憶というのが混乱状態にある場合が多いのです。そこで貴方の場合、生前の記憶のトリガーとなりやすい出来るだけ見慣れたもの形にして、今までの記憶を整合をさせてもらったわけです。」
なるほど……だからあの『プロジェクト( ̄x ̄)バツ!』なワケだ。
そういえば会社から帰って寝る前、ビールや発泡酒抱えてあの番組の再放送視てたなぁ……。
それでいつか私が抱えてるプロジェクトもこんな番組で特集されたりするんじゃないかと妄想を膨らませてたなぁ……なんて。
あの当時はプロジェクトスタッフに女性は私一人だったせいか、他のスタッフに侮られる事多くて、その分私も反発してトガってたなぁ……。
まぁだから最後まで喪女で終わってしまったワケだが……。
「それでですね。貴方をお喚びした理由なんですが。」
「地獄逝きですね。ええ判ってました。それ程悪い事してたつもりも無いですが、生前特に善人でもなければそれ程徳も積みませんでした、愛も育くめませんでした。まことにもうしわけございません。」
「いえ!?そういったわけではないのですが!」
「それでは……もしや悪徳令嬢に転生して婚約者の王太子殿下を『ざまぁ』すればいいんですか?私イジメとかやったことないんですけど……出来るかなぁ?」
「いやいやいや!色々ツッコミどころあるけど、先ず普通そこは『悪徳』令嬢じゃなく『悪役』令嬢だし、それに婚約者の王子を『ざまぁ』してどーすんですか!?逆でしょ!?『される』のが普通でしょ!?」
「あっ!そういうものなんですね?いや私乙女ゲーとかやったこと無いんで、やってる人に話聞いてそういうものなのかと思ってました。」
「……貴方の中では王子は攻略対象じゃなく討伐対象なワケですね……なかなか斬新な……ってそんな理由で貴方をお喚びしたんではありません!異世界転生して欲しいのは確かですけど!」
「い、異世界転生ですか!?あの悪名高い罠と地雷満載の……?」
「誰から聞いたんですか?そんな話……?」
「いや、ネット小説とかで良くあるじゃないですか。転生するとき女神にチートとか願うと大抵ひどい目にあうって……」
「そんな詐欺じみた事なんてしません!!」
「でも転生先でスローライフしたいとか言うと、実際には転生先で丁髷結わされ廻しを締めさせられるとか……」
「さすがに『スローライフ』と『相撲ライフ』間違えやしません!!」
「……やがて番付け上がって横綱になると出入り禁止の場所が段々と増えていって肩身が狭くなってくんですよね?」
「『No Smoking』の看板は『横綱禁止』の意味ではありません!!」
「まぁそりゃ冗談ですけど、私って美味しい話というのが信用出来ないんですよ。今までの人生経験のせいで。なにしろ宝くじ一つ当たった事ないし年齢=彼氏居ない歴だし。」
「そ、……それはまぁ今までお気の毒でした……。」
「まぁ婚活も宝くじ買うのもしなかった私が悪いんですけどね。」
「それは明らかに自業自得でしょう。とにかく今度のは詐欺とかそういうのとは違います。チートも与えますし報酬もちゃんと出します!!」
「ほ……、報酬ですか!?それっていかほど?」
「そうですねぇ……時給680円ほどでは?」
「安過ぎる!!どこのパート従業員ですか!?」
「そのかわり、あちらにいったら寝てようが休んでようが時給680円づつ、ずっと支払われ続けますよ。」
「えっ?……とそうなると1日24時間×365日だと計算して……年収が五百九十五万六千八百円!?それ程悪く無いっか……?でも異世界転生して欲しいって事は、なにか使命とかがあるって事でしょ?」
「ええ、その事が本題なんです。」
そこからは女神様の話だが、なんでも彼女が管理する世界というのは、現在危機を迎えてるそうな。
原因は其処に住む人々による戦争が原因らしい。
「私達の世界には色々な種族が住んでいるのですが、その中でも人間族と呼ばれる人々が戦争を起こしたのです。その時に、現在では禁呪とされた魔法を撃ち合ったのが原因で、人々がまともに住めるような土地は、もはや地表では14パーセント程度しか残っていないのです。」
14パーセント!?一体何をすれば、そんな不毛の土地しか残らない世の中になったのだろう!?
「私達の世界では魔法が使用されてるいるのですが、その中には着弾した場所から一定の範囲内にある生命を死滅させるという、とっても危険な呪文がありまして……。」
「その呪文で世界が壊滅した!?」
「……はい。その呪文は効果範囲内なら動物植物を問わず、それどころか地中の微生物に至るまですべて滅殺するものだったのです。生物の死骸を分解する微生物や地中に水を溜め込む植物に至るまで殆どが死に絶え、それが原因で現在の地表の殆どは荒れ地か砂漠化が急速に進んでいる状態です。」
ある意味核兵器より始末が悪いかもしれない。
核兵器も熱や放射線を広範囲にばら撒くトンデモな兵器だが、流石に地中深くにある微生物まで全滅に至らしめる事は無理だろう。
「神々同士での話し合いでその呪文そのものを、私達の世界から失くす事が決定され、二度と使えなくはなったのですけど、今度は残された僅かな土地を巡って人間のみならず、多種族間で争ってます。」
「……そ、それはなかなかヘヴィな話だけど、それと私を転生させる事とどう繋がりが……?」
「貴方にはその世界を救う活動をして頂きたいのです!」
「……いや、そんな状態の世界を救え言われても……どうやって?」
「そこは貴方にお任せします。」
「まさかの丸投げ!?しかも責任ものすっごく重大なんですけどー……。」
「大丈夫です。別段貴方だけが頼りというわけではありませんから。私が行っている世界を救う対策は何千何万とあり、貴方をこちらの世界へ喚ぶ事も、それらのうちの一つでしかありません。だから失敗を恐れずに思いついた事を軽い気持ちでやっていただければ良いのです。」
「なんか明日滅びる世界で林檎の木を植え続ける人になった気分なんですが……。」
「そんな感じでも構いません。それでは転生する種族は何を選びますか?」
「……未だ転生すると言ってないんですけど、もはや確定事項扱いされてるんですが……とりあえずどんな種族が選べるんですか?」
「元々人間である貴方にはやはり人間族がオススメなんですが……私の力で選ぶ事が出来るのは、人間族、リョースアールヴ……いや日本人ならハイエルフと言ったほうが判りやすいかなぁ?あとエルフ、エルダードワーフ、ドワーフ、ノーム、獣人族……」
「魔法を使う有力な種族は、やはりハイエルフですか?」
「そうですね。種族的に魔力量多いし、精霊魔法含めて色々な魔法使えるし……これ以上魔力量が多い種族って魔族くらいしか無いけど、残念ながら私の力では魔族への転生は無理だし……。」
「魔族への転生無理なんですか?」
「私、魔族の神々とは没交渉だから……」
魔族の神様なんて居たのか……。
という事はそれぞれの種族にも別の神様が居るという事なのだろうか?
「じゃあ転生先はハイエルフでお願いします。」
「判りました。ただ転生してすぐに、今までの記憶を思い出してしまうと人格形成上問題が発生する可能性高いので、ある程度の年齢になってから前世やここでの記憶が蘇るようにしておきます。私が与えたチート?……まぁ加護というべきなんでしょうが、それもその時に使えるようにしておきますね。」
「……えーと……その具体的にはチートというのはどんな?」
「一応既に貴方にお教えしてあるんですが、むこうで転生してからその時の記憶が蘇るようにしてあります。つまりはむこうへ着いてからのお楽しみというワケで。」
なんだか今更だがものすごーく不安になってきた。
まぁ既に死んでる私には神様相手には選択肢は無きに等しいのだろうし、これも諸行無常というものなんだろう。
南無~。
「それでは行ってらっしゃーい。」
最後に聞いたこの言葉と同時に、物凄い勢いで下に落ちる感覚を覚え……
そしてそれ以降の記憶は無い。