第7話:弟子Aと空腹
この物語は!
魔王を討伐するためにある国が勇者を選定し、その勇者に世界の命運を託し切磋琢磨し苦難に満ちながらも仲間達と協力し魔王を退治する勇者を探す事を辞め、魔王を居城まで運ぶ話だ!
朝になると、焚き火の火は消えていた。
太陽がまぶたの上からも分かるぐらいに眩しく輝いている。
夜中は不気味だった森の中が嘘のように、新鮮な空気が充満し、周りも明るくなっていた。
「……うぅ……ねむい」
若干意識は朦朧としている。
眠気が残るため、二度寝をしたくなるも何とか思いとどまる。
横になっていた身体を起こすため、地面に手を付き立ち上がる。
「ぐぇえ!」
立ち上がる時に、変な声が聴こえたが、慣れたことにスルーをして無言で身体についた草などを払っていた。
「おいぃ、待て待て、待ってくれ。我は、魔王ぞ?魔王だぞ?」
「……ねむい。お腹すいた」
「我の方は、いきなり顔に重負荷がかかって、目はすっきりだ」
「よかったね」
「ああ……そうだな。って違う!なぜだ。なぜ我がこのような扱いをされねばならぬ!」
「ふぁああぁ……にぇむい」
未だぼーっとしてる頭は上手く動かない。
どうやら太陽の位置からしても、まだまだ朝になって時間が経ってないようだ。
目をゴシゴシと魔王でこする。
それぐらいには分かる程度には、目が覚めてくる。
「ちょい! まっ! 貴様はぁぁぁ! 我は、貴様を起こす目覚まし時計ではないぞ! ああもう!! お前という奴は! くっ……名は! 名はなんと申す!!」
朝からイライラが募り、積極的攻勢に出る魔王。先手必勝といわんばかりに苛烈に熱弁を振るうも、名前を怒鳴ろうとして未だ、名すら知らぬ関係だった事に気付く。
第7話にしてついに、預言者にして天才魔導師の弟子Aの名前が、よもや魔王の方から聞かれる。
弟子Aという呼称に慣れすぎているというか、誰も名前については気にしてなかっただろうが、名前ぐらいは誰にでもあるし、もちろんその中には弟子Aも含まれている。
「(怪しい……今頃になってなぜ?)」
普通の仲間なら、百歩譲ってこの場まで聞かなかったとしてたら、答えるが相手が魔王となれば話は別だ。
「……魔王、世の中には名を使った呪いがあるの知ってるでしょ?」
「ギックゥゥ」
魔王は内心その一言で、ドキッとした。
もちろん恋の始まりでは決してないと、あえて言っておこう。
「なななな、なんのことかなぁ」
明らかに狼狽した様子を隠しきれていない。それに気付いてないのか、弟子Aは自身が知っている情報を、得意げに話す。
「魔物やモンスターの特殊な上位種はそういうのに長けた者が居るみたい。そんな所の頂点にいる魔王に名前なんか知られた日には、とんでもない事になるので……ボクの名前は秘密です」
人差し指を立てながら自身の口の前に動かし、丁寧にお断りする。
「やーだーなぁー。人間! 否、同胞よ。我と汝、既に一心同体、ならば仲間みたいなもんじゃないか。名前を知らないのは寂しいであろう?」
もっともらしく、何とか取り繕うとするも、魔王の劣勢は否めなかった。
「じゃあ、呪いには魔王の名前にすればいいんじゃないかな?一心同体なら、それでボクにも呪いの効果あるでしょ、実際に一心同体だしね」
「おお、なかなかに頭がいいな。さすがは禁呪の使い手だ」
「やっぱり呪い掛けるつもりだったか」
「……あ゛」
一晩じっくりと、夢の中で描いていた完璧で、華麗なる魔王の支配の進めは、終わったのであった。
その後、魔王の断末魔が聴こえたものの、その左手の魔王は傷一つなく健在であったが、しかし、ぼぉーっとしており、何やらげっそりと頬がこけているようにも見えた………。
◇
軽く身体を動かすと痛みが走る事に気付く。まだ、筋肉痛が残っておりながらも何とか全身を動かして、その森の植物や果物を調べ手に入れ、とりあえず数は少ないものの朝食を取った。
その間も、魔王はただただ呆然と、昨日の白い煙のようなものが出かけていたが、弟子Aは気にしないで行く事とする。
街道へと戻ると村方面ではなく、港町へと向かう。
一応騒ぎにはならなかっただろうが、万が一あの村人が自分の情報を漏らしていた場合、大変な事になるからだ。そんな危惧は、ないと思っていても、なかなか村へは行けなかった。
港町へと向かう最中、一つ聞いていなかった事を思い出した。
「そういえばボクが死んだ場合って、魔王はどうなるの?」
「……」
「おーい、魔王? 魔王さーん?」
重い足で歩きながら気長に返事を待つも、答えが返ってこない。
「むぅ、もしかして……分からない?」
気付いてるのか気付いてないのか、虚ろとしていた左手の魔王の目に光が宿る。
「知りたいなら、お前の名前を教えるべきだな」
「こだわるなぁ。別にボクの名前なんて気にかけなくても魔王なら、ボクみたいな小物。気にする必要ないでしょう?」
「む……」
それもそうだな、と魔王は考えた。
それこそ、世界を恐怖に、世界とまともに戦った魔王が、たかだか人間一人に拘りすぎるのは、魔の王とはいえ、王たる者のする事ではなかったとまで考えは及んでいく。
「そうだな。それもそうだ。貴様のような人間、我に取ったら赤子以下よ!」
実際に魔王からすれば、弟子Aは赤子以下なので、それについての反論は出来なかった。
「でしょ? で、そんな魔王様は、ボクが死んだ場合どうなるの?」
「ふむ、それに関しては簡単だ。我もまた同化している以上死ぬだろうな!」
自信たっぷりにそう告げる。
「そう」
それだけ言って、興味が失せたかのように弟子Aは、会話を止める。
「なんだか、我を軽くあしらってないか?」
弟子Aが無言の返事を返すと、半眼で弟子Aを見ていた魔王もまた、興味がそれ以上ないのか、その後の会話は続かなかった。
最悪な状態だと言う事なのが改めて分かった。
なんせ、無敵であるはずの魔王は、同化という状態では宿主……つまり弟子Aに命を握られているようなものである。
更に言えば、弱点がまるまる弟子Aなのだ。
これは本当に不幸体質と効果が相まって、そろそろ刺客とか来ちゃうんじゃないかと考えてしまう。
これが、ただ勇者が魔王を倒してハッピーエンドならば、正直嫌ではあるものの弟子A自身倒されるのも、抵抗はするが仕方ない事とも思える。だが、倒されて世界も道連れだなんて事は考えられなかった。
「(うー……世界を救うためとはいえ、きつすぎる)」
弟子Aは、まだ18歳だ。若いのだ。全裸だったという過去を忘れるほどに、今の状況は苛烈にして厳しすぎる事態になっていた。
「(全裸とか……やな、事を思い出したな……)」
ただでさえ、上がりにくいテンションが低空飛行を続ける所に、更に追い討ちをかけたように下がる。もう墜落は間逃れないんじゃってぐらいに下がる。
◇
ランチの時間を過ぎても、未だ港町は見えず、朝食べた果物ぐらいではお腹一杯とも言えず、疲れも本当に限界を超えている状態であった。
腹の虫がオーケストラでも始めたかと言わんばかりに、鳴り始める。
「貴様の腹の中には、バケモノでも飼っているのか?」
「はぁ………左手になら居るけどね……」
「なっ、我を愚弄するか! 最初にもバケモノバケモノと言いおって! 我は魔王! 魔王ガ「ぎゅるうううううぅぎゅるるううう〜〜〜」……」
周りに人が居るなら、確実に、顔を真っ赤にしてどこかへ走り去ってしまう自分が、容易に想像出来るぐらいに、その音は凄かった。
「ぐぅ……これは本当に、ボクはだめかもしれない……」
「うーむ、さすがにまだ宿主件眷属件同胞件我が足に死んでもらうのは困る。貴様には怨みつらみあるが助けてやらん事もないぞ? もちろん、貸しだがな」
「助ける……て、料理でも……作るつもり?」
一瞬想像した裸エプロン。
しかし、それは魔王の裸エプロンだ!!!
呪われたSEが聴こえてくるようだ。
ああ、無常。まさか、空腹で倒れる最後の映像がこんなものだなんて――
弟子Aは、あまりのショッキングな映像に吐血したかのように倒れた。
吐血はしてないが、実際に倒れたのである。
「ぬおっ、本当に倒れるとはな。仕方あるまいか」
そう言うと魔王は、意識がない弟子Aの身体を存分に使うことに決めた。
本人が、気絶しているためか弟子Aの身体を自由に動かせる事を確認する魔王。
「さて、行くか」
おもむろに歩き出して行くのであった。
◇
「う……エプロンを着た変態が、襲ってくるぅ……」
「起きろ、人間。餌だ」
「ううっ……いいにおいが」
気付いた視線の先には、ご馳走があった。
幾つかのパンに、ステーキに、サラダ、コーンスープまである。飲み物にとワインまでご丁寧に用意してあったりもした。
お皿に盛り付けられたそれらは高級料理という雰囲気があった。
ただし、この場は外でありテーブルもイスもなく綺麗な床ではなく、地面に置かれている状態であった。
「え……ぅ、まさか作ったの?」
「王たるものは、家臣に収穫させ、それを献上させ頂くが王よ。座して待てばよいだけだ。これもまた同じ事よ」
「あー、よく分からないけどいただきまーーす」
毒を喰らわば皿まで……とは違うが、気絶から目覚めたばかり、空腹すぎるという状態はまともな思考が出来なかった。
パンに飛びつく様にして一気にかぶりつく。
「そのひょろっちい身体によくそれだけ入るな、驚きを通り越して、関心すら覚える」
「はひ?ホフは、べふに、あふあふ……ん、普通だと思うよ」
ふっくらとしたパンに噛り付き、まだまだ暖かいスープが入った食器を手に持ち、皿に口を付けると、一気に口に流し込む。そして再びパンへ、美味しそうなステーキの肉の匂いだけで食は進みそうだった。
手元にあったナイフでステーキを切り分けると肉汁がたっぷりと出て、それはそれは紙を裂くと同意なほどに柔らかかった。
一口大に切り分けたステーキをフォークで口に放り込むと、そこにはジューシーな味わい、最低限の調味料、最高の焼き加減で味付けしただろう、ソレは肉本来が持つ最高の芳醇な香り、味を引き出し口の中、身体の中を巡る。
「んん〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜、すごい! 何これ!」
正直、弟子Aは驚いている。
まさかこんな道の真ん中で、ここまで美味しい物を食べれると思っては居なかったのだから。
ワインも一口飲む前に、グラスを空に掲げ色を見、香りを楽しみ、そして口へ流し込む。
注:弟子Aは18歳だが飲酒については問題ないので、現実に未成年の方は飲酒はダメだよ♪
「ああ、美味しい……こんなにも美味しいものがあるんだ」
「ほぅ、貴様にはワインを嗜む趣味があったのか?しかし、何を当然のことを言う。我が見定めた品々だ。当たり前だろう」
「見様見真似だけどね……」
再びワインに口を付ける。舌の上で転がすように味わう。幸せというのはこんな時にある言葉なんだろうと再び私服の味と時間をかみ締めるのだった。
その間にも弟子Aはキュンとしていた。ただし恋愛要素は皆無である。
「だが、魔王という存在をただの悪で馬鹿で馬鹿で危険で馬鹿で危なくて馬鹿で強いのか弱いのか微妙な雰囲気を醸し出している変態だと思ってたが、少しだけ見直した弟子Aであった」
「声に出てるぅぅう?!! 貴様ぁ!! そんな風に我の事を見ておったのか! この魔王たる我に対し、何度馬鹿を挿入するか! この痴れ者が!」
若干涙目になりつつあるも、だいぶ耐性が付いて来ているのか。慣れてきているのか反論もしっかりとしてくる。
「えーっと、1、2……よん?」
「回数など聞いてないわ!戯けが!」
「冗談冗談。今回ばかりは本気ですごいと思ったよ。最初に会った時と同じぐらいすごいって!」
素直に賞賛する。相手は魔王だが、食事の工面をしてくれたのだしこれぐらいはいいだろう。
その言葉にフンっと弟子Aから視線を逸らし、魔王は何だか頬を染め、照れている様子だった。
「うん、気持ち悪いから、やめてね♪」
魔王は、涙したという。
――そして、目の前の品々は全て胃袋へと消えていった。
「ご馳走様。さーって、行きますかっと」
「ふん、やれやれだ。我が居なければ貴様などここで野たれ死ぬ運命だったな」
「お前がいなかったら、ここまで苦労する日々はこない運命だったんだけどね。それはそうと、ありがとう。……あの料理ってそういえばどうしたの?」
「感謝は当然の事だ。言うのが遅すぎるわ! ……しかし、言ってなかったか?」
「何を?」
きょとんとする。
「ふむ、貴様の身体を使い、お金を支払い、きちんと購入してやったぞ。もちろん我を見た者は消去しておいた。安心しろ」
「ん?」
「む?」
「え?」
「ふむ?」
「え゛っ」
「ふむ!」
色々とおかしな事を言う。なぜか、威張ったように腰に手をあて鼻息を一息させる魔王。
「お金を支払い?」
「うむ、その通りだぞ」
慌てて財布を捜す弟子A。
どうにも、財布の中身が減っているようだ。少なくとも500Gは使い込んでいる。
魔王の癖になんて律儀なっ!とは、決して思ってない弟子Aだ。ほんとだよ?
「ボクを見た者を消去した?」
「違うな、我を!だ。そこを勘違いしてもらっては困る」
「分離して移動を?」
「出来るが、そんな事をしたら、我の姿を見て下さいというものではないか。一つの里を滅ぼす羽目になるわ」
何をバカな事をと言うように、魔王は言い放つ。
「じゃあ、お前はボクの身体で人を殺めたのか!?」
衝撃だった。いきなり殺人犯になってしまった。
所詮、魔王だった。価値観が違いすぎる。命を一体なんだと思っているのだろうか。
弟子Aとしても指名手配なんて事になるのだけは避けておきたかった。
この未曾有の危機を回避しようと、既に煙を上げている脳を酷使し何とか突破策をシミュレートする。
「勘違いするな、消去は記憶をだ。金は払ったし何ら問題はない。ああ、食器分も込みでな」
「……はい?」
「貴様は馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、我が言葉も分からんほどとはな、難儀な耳を持っているな」
さきほどのお返しとばかりに言ってのけるその顔は、得意げで……イラっと来る。
「あーのーなぁーーー!」
一言で言えば、アイアンクローだ。
まさにそんな状態。ちなみに、魔力で強化したそれは、弟子Aの力は元々非力であったが、今はかなり強力にしていた。
「ぎゃああああ!? 待て、待て待て待て!? 我が一体何をしたというのだぁぁあ!?」
「ごめん、耳が難儀しててね、全然聞き取れないや」
叫ぶ魔王、弟子Aは薄い笑みを浮かべている。しかし聞く耳を持っていなかったために力は尚込められる。
「ぐぉおおおおおお!!! ごめめめ、あや、あやまぁっ!? だめ、だめだめ! 頭蓋骨が頭蓋骨にひび、ひびぃいいびびび!! やめぇ、やめろ! バカっ! なぜ故、我がこのよっ……ぐぎいいい! 痛いぃ!許っ……――」
魔王の意識が途絶えたかのように、がっくりとうな垂れている。
「正義は勝つ」
なんと 弟子A は 魔王 に アイアンクロー を 仕掛け 勝った。
こんな歴史が残るのかと思うと、魔王に破れてきた歴戦の勇者達は後悔しても後悔しきれないだろう。
「しかし、記憶消去なんて便利なものがあるなら最初から言ってよ! どんだけ、ボクが苦心したと……あれ、魔王?」
「……」
返事がない、ただのしかば――
「ぎゃー! か……回復魔術ぅ!」
◇
急いで掛けなおし、何とかギリギリの所で魔王が生還する。
「おお……貴様らは…………我に破れし勇者ども……何、お礼参り?――やってやろ………うぅ、ここは……」
あの世で、倒してきた勇者との第2ラウンドでも始めようとしていた所でこちらへと戻ってきた様子だった。
「ふぅ、危機一髪」
「既に一線を越えてた気もするのだが……」
怪訝そうに弟子Aを見つめる魔王。その視線には、非難の色も灯っていた。
「ま、まぁ……ははは、ほらそう、まぁ、お金の件は水に流すし! さーさー出発だー」
慌てながら弟子Aは港町へと歩き始めたのだった。
「納得がいかんー! まったくいかんぞ!! 貴様ぁ! 我がきっちりと白黒はっきりさせてやるわ!!」
狂犬のようにうーうーと唸りながら、弟子Aにポコポコと音を立てながら殴り続けている。
気持ち悪い光景だというのを除けば、何とか耐えれるため今回ばかりは、耐える事を選び弟子Aはうな垂れるのであった。
一応食器も回収しておく。売れば資金になるかもと思ってだ。
◇
一応の落ち着きを取り戻した魔王。地味にポコポコと痛かったが、苦痛を浮かべる弟子Aの顔を見て満足したのだろうか、今は割と大人しくしていた。
「それはそうと、料理はどこから買ってきたの? まさか、あの村からじゃ!?」
「ふっ、我を愚弄する気か? あの事態は貴様の記憶から引き出し確認済みだ。我はこの先にある港町から料理を頂いてきたのだ」
「何か、さらりととんでもない事を口走ってる気がするけど……これから行く港町にそんなお店あるんだ。また食べたいなぁ」
あそこまでの料理は、弟子A生まれて初めての体験だった。
今度はちゃんとしたお店で食べれば雰囲気も相まって更に美味しく頂ける気がした。
食器分も含めてだから幾らか分からないが、かなり値段が高すぎるというのはネックであるも、それだけの価値を見出す事は出来るだろう。
「しかし、ちゃんと魔王も考えてるんだ?村に行ったら万が一って事もあるしね」
それに、あれほどの味を出す店も村にはないだろうと思っていた。
「言っただろうが、我を愚弄するなと。我ほどになれば、海を渡る事など容易いわ」
「ん?」
「何だ?」
「いや、海?って、港町?」
「そうだが?」
「え?」
「貴様、一体何が言いたい?」
「いや、分かってたよ。この先にある港町って。うん、ボクもいつ突っ込もうか考えてたよ」
「ほう?」
「そりゃもう、港町について、ここが我の来た〜とか言った時に、おい〜!みたいなね」
「ふむ」
「で、何でここまで戻ってきたんだー!ってさ」
倒れた場所までわーざわざ、魔王は戻ってきてたのである。こういう時だけは、迷子体質が発動しない都合のいい魔王である。
「ありがちだな」
「うん……で、海を渡った?」
「そうだ。港町というだけあって、でかかったぞ。人間の一都市にしてはまぁまぁだ」
「いや、えっ?」
「貴様は本当にイチイチ何が言いたいのだ。はっきりしろ!」
弟子Aは息を思いっきり吸う。深呼吸ではない。
「お前はどこまで言ってきたんだぁあああああ!!!」
魔王も一度体験済みのため気絶する事はなかったものの、じ〜〜〜んと来ている様で、少しふらついている。
「ぐぅぅぅぅ、貴様は! 何度怒鳴れば気が済むのだ!? それに言っただろう。海を渡って港町へと!!」
「海を渡ってって! おまっ……お前は、東の大陸の港町じゃなくて、西の大陸の港町まで行ってたのか!?」
魔王の居城に帰れないような魔王が、ちゃんと港町に着ける訳もなかったのだ。
しかし、それにしても大陸すら違うとは一体どういう迷子だ。
どうやって海を渡ったとかもう、正直ツッコミが間に合わないほどだった。
「そんな事で貴様は、我に文句を言っていたのか! 我はただ、食事を取らせるためにわざわざ貴重な魔力を使い移動して買ってきたというのに!! 何とも我侭な人間だ。我が貴様に取り憑いてなければ即、消し炭にしている所だ!」
「…………はぁぁぁ、もう突っ込む気力もない。とりあえず先急ごう」
色々怖い事を言ってはいたが、がっくりとうな垂れて、魔王がぎゃーぎゃーと喚いている様子など気にしないで再度歩き始めた。
此度125年8月18日
午後3時を過ぎた頃であった。
世界が闇に覆われるまでのタイムリミット:十三日やで〜
弟子A現在の装備
武器:木の杖
防具:破れた布の服
左手:全裸の魔王
所持金:2240G→1740G
所持アイテム
幾つかの薬草
高級食器一式
ここまでお読み下さりありがとうございます。