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第11話:弟子Aの港町での昼の出来事2

この物語は!

魔王を討伐するためにある国が勇者を選定し、その勇者に世界の命運を託し切磋琢磨し苦難に満ちながらも仲間達と協力し魔王を退治する勇者を探す事を辞め、魔王を居城まで運ぶ話だ!



「さて、入ってええで〜」

「……お邪魔します」

 入室許可が出たのは、扉の前に着いてから一時間経ってからだった。ここまで、特に会話らしい会話もなくついて行き、到着まではかなり早かったのだが、一体一時間も何をしていたのか、疑問は尽きなかったものの、あの一言の真意を確かめるためにも、待つ以外には許されなかったのだ。


 だが、入って弟子Aの持った感想は……。

「なななな……一体何が!? 部屋で戦闘でもあったの!? ええええ!? 何だこりゃー!」

 まるで泥棒にでも入られて、荷物やら何やらが荒らされたかのような惨状……ただし、控えめに言ってだが。正直に言えばこうであった。


「どうして! えええ!? どうして!? ボク宿屋に来て、扉を開けて入ったと思ったら、魔境だった!!!」


 そう、魔境、魔窟、魔界、阿鼻叫喚、ああ、この世にこんな場所があるだなんて誰が予想しただろうか、という惨状であった。


「……お子ちゃま。辞世の句は、それでいいんやな」

 素晴らしい笑顔、きっと女神が居るとするならば、それすら凌駕する笑顔だったのだろう。そして、優しい声色。言葉の内容とは裏腹に、全てを包み込み、その罪を許すかのような素晴らしく優しい声。でも、許す訳もなかったのだが……。


「あわわ……」

 ぷるぷると震える弟子A。怯えて声も出ない。次に弟子A自身が、この魔境の一部になるのは目に見えているのだ。短い人生を閉じるには、何とも寂しい場所であろうか。

「ふふふ……。おねえさんなぁ。優しいねん。優しすぎるからな……痛くない。痛くせえへん。優しいやろぉ……ふふ、ふふふふふ」

 黒髪の間から、見える目は、完全に虚ろで据わっている。


『ふむ、ピンチだな。貴様も相当にひどい人間だと思っていたが、目の前に居る人間は、人間を超えているわ』

『なななななな、何ににに、れれ冷静に、いってるんんだよぉぉー!?』

『これで何度目だ? 念話で、怒鳴るな。まぁ、いざとなれば分離するだけだからな。さて、とりあえず、貴様にひどい目を合わされてから学んだ事を一つ教えてやろう』

 弟子Aとしては、この状況が突破できるのならば、例え魔王であっても、悪魔の取引をして生き残りたかった。生きてるって素晴らしいネ。


『は、ははは早くぅーーー!』

 目の前の、赤い魔導師……紅い魔女は、ゆらゆらと揺れるように、それでもしっかりと、じわじわと……弟子Aとの距離を詰めていった。

『ヘルプみぃー!』

『ククッ、貴様のその慌て顔、見てて心洗われるな。……簡単だ。慣れればいいのだ』

『役立たずぅぅぅ!』

『なにを!? 我を役立たずとは、心外な!』


「ううう……ごめんなさーい!」

 しかし、弟子Aには、言われるまでもなく唯一の対抗手段にして、最終手段。謝罪しかなかったのだ。

 そして、1秒の思考もなく即断し……まさかの土下座、軽やかなジャンピング土下座。地面に頭を擦り付け、誠心誠意の土下座だ。

「ぐおぉうおぅ! まっ!」

 どこからか声がするも、弟子Aの耳には入らず、怯えたまま土下座の体勢を維持し続けた。

「おいっ!? 痛いのだ! 待て待て! 我まで地面に押しッ!」


「ん……今の声。左手からやな……」

 意識を今取り戻したかのように、赤い魔女が改めて弟子Aをちゃんと視認する。


「って、何で土下座なんかしとるんや。ほらほら、顔あげーや。これぐらいで本気で怒るわけないやんかー」

「うううう……(ほ、本気だ。絶対本気だった)」

 何とか涙を拭き、立ち上がる。土下座の判断は、間違ってなかったと思いほっと一息つく。


『ぎざまぁ……!』

『もう、魔王! 何で声を出すのさ!』

『なっ、我は』


「ほらほら、二人……いんや、一人と一匹? まぁ、今の所手出しはせーへんから、中に入りーや。歓迎するで。ちょっと、時間なかったから散らかしっぱなしで、恥ずかしいんやけどな」

 はにかむ様な、笑顔は素晴らしく魅力的だった。だけど、弟子Aは何も突っ込めない。否、命が欲しいから突っ込まなかったのだ。

 本来ならば、一時間かけての整理は、逆に散らかしたのか、それとも整理してあのレベルにまで何とかなったのかを尋ねる所だったが、その質問を実行に移さなかった弟子Aには、想像しか出来なかった。


「……はい、失礼します」

『おい、貴様。我への謝罪がまだだぞ』

『ぐぅ……ごーめーん! これでいいでしょ、少し静かにしてて!』

『む……むむむむ!』

 不機嫌そうに、魔王へ言い放ち弟子Aは、紅い魔女の後に続いた。そして、部屋に入った段階で勝手に扉が閉まる。

「っ……」

「お子ちゃま、あんたも魔導師や。これぐらい出来るやろ? さ、椅子に座りーや。ゆっくりお話したいしなぁ?」

 紅い魔女が反対側の椅子に座ると、テーブルの上に置きっぱなしになっていた色々な物を、床へとどかして行く。その様子を見つつ、弟子Aは促されて、素直に椅子へと着く。


「……それで、さっきの話なんですけど、魔王について何か知ってるのですよね?」

 警戒心をむき出しにする。警戒が増したからか口調が変わる。

「ふふ、気になる〜? でもな、質問はこっちからが先や。その左手……なんや? 面白い魔力放ってるやろ。その布ボロボロやから、隠そうとしてても、魔力の遮断効果消えちゃってるやん。甘いなぁ」

 元々布の服なので、そんな特殊な効果はなかった。一方的な勘違いではあったが、何かある事は看破されていた。

「え、いや。これ布の服だからそんな効果ないですよ?」

 弟子Aもまた、少し的をはずれた返答をしていた。

「……隠すつもりって視覚的にしかなかったんかいな。まぁええわ。で、その左手見せてもらってええかな? 隠すつもりやったら、そやね。強制的に見せてもらうだけやけど」

 呆れたと言わんばかりの視線を弟子Aに向けて、左手の強制開示を求めてきた。弟子Aとしては、さきほどの事もあり、首を縦に振ることしか出来なかった。


 大人しく、左手の布を解いたそれを見て、紅い魔女は声には出さなかったものの、目を見開き驚きを隠せなかった。

「……これ、お子ちゃま。いや、あんた何もんや。いや、おかしい。ありえへん。なぁ、そこの魔物……あんたや。何者や……?」

「クククッ、我を見ても尚、問答を求めるか、人間。かつての勇者もそうであったが、なかなかに面白いな。さて、だ。貴様の質問に順に答えてやろう。……我は魔王だ」

 言った。言わせてしまったのだ。弟子Aは、苦痛の顔を浮かべている。どうせばれるのならば、もっと上手い方法はなかったものかとも思ったが、今の弟子Aに手段はなかったのだ。


「ほんまに魔王なん……か?」

 紅い魔女もまた、魔王が復活した。勇者を探している。等々、そういった情報は知ってはいたものの、勇者はともかく、魔王の方は半信半疑であったのだ。しかし、目の前にいる弟子Aの左手が魔王と名乗ったのには、相手の正気、そして自分の目と耳を疑った。

「ボクとしては、やだけど、魔王みたいだよ。少なくとも、それに相応しい力は持ってた」

「クククッ、我が同胞もようやく認めたか。さて、人間どうする? 我を害するか? 我は魔王……そう、魔王ガ「あはははは、ふふっふ、あかんっ、ほんっま、オモロイなぁ! おもろすぎるって、はは」」


「おい、貴様……」

 温度が下がる。弟子Aにも分かった。最初に出会った頃の魔王に近しい気配。そう、殺気であった。部屋は、その空気に呑まれたかのように、静かに……は、ならなかった。

「あかんって、それ魔王? 魔王なん? そんなムッキムキな身体して、もう見た時から、ギャグやと思ったけど、どこで突っ込むんかと思ってたら、最初からボケ倒しなんて……」

 紅い魔女は、沸点がとてもとても低かった。主に笑い方面にだが。左手の魔王も、白けてしまったのか、殺気が嘘のように消えてしまい、大きなため息をつき黙ってしまっていた。



 笑いが収まるのに、数分経って、ようやく静かになる部屋。

「はぁ……はぁ……ふぅー。あー、ごめんや、ごめんやで? 私も、こんなに笑ったん久々や」

 目尻に涙が浮かぶほどに笑い疲れた様子で、涙をぬぐいながら、謝っていた。

「さーて、そうやな。魔王か。正直、信じるかどうかで言えば、信じられへんな。でも、高位の魔物……んー、上から数えて早いぐらいのやばい奴やってのは、殺気で分かったわ。で、事情を話してもらってもいいかな。私もな、変な呪い掛かった奴に知り合いがおるねん。だから、あんたの力になれるかもしれへん」

 雰囲気も真剣なものに変わっていた。笑っている最中も隙なんてものは、なかった。と弟子Aは思っていたものの、実際にどうかまではわかっていなかった。

 どうするかを悩んだが、今の所少なくても好意的……かは、微妙だったものの、話しても悪くならない方に賭け、思い切って弟子Aが知る限りの内容を話してみた。





「世界が滅びる……か。で、そのキーが、その自称魔王」

「我は歴とした魔王だ!」

「……です」

「お子……んー、ウトキテ国の使者様は、それを信じるので?」

 魔王の発言は軽く流される。

「信じて……うん、ボクはそうだと思ってる。ボク以外にも勇者探しは、さすがに多分してるだろうし。これ……魔王を野放しにするのも危険って思うんだ。あ、後、使者様だなんて、照れるんでいつもどおりで」


「ククッ、魔王たる我を、これ呼ばわりとは……な。言ってくれる」

 説明している最中に、魔王が自嘲気味に呟く。しかし、悲しいかな、誰も反応はしてくれなかった。


「そやな。そうさせてもらうわ。んーーー、難しい所やな。でも、こないな話を聞かされて、聞かへんかった事にするわけにもいかへんな。そんな状態で、国とかに話しても、正気を疑われるだけで、頼りになるわけがあらへん。逆に捕まるかもしれんな。国家、国、権力者は体面ばっかりしか気にせーへん。手遅れになってから……やっと、気付くんや」

 バッサリとそう言い切る紅い魔女。どこか哀しそうな顔をしていた。


「……話が逸れてもうたな。さて、私が知ってる情報なんやけど……」

 世界を救うための光明を、やっと手に入れられるという期待感を胸に秘めながら、弟子Aはただ黙って紅い魔女の言葉を待つ。


「……うーんと、その……な?」

 期待感を胸に秘めながら、弟子Aは待つ。


「……ほら、な? 分かるやろ? もう、察してるやろ?」

 弟子Aは! 期待を胸に秘め! 紅い魔女様を、怪訝な表情で見つめる。その目は半眼だった。


「まー、うん。違うねん、そないな顔せんといてーな。な、な?」

 弟子Aはだいたい先が読めたが、選択肢で言う所の、相手の言葉を待ちますか? という問いで、はいを連打しているような状況であった。例えソレが無限ループであったとしても、誰もが通る道、何かあるんじゃないかと選んでしまうそれは、性。人間である限り無意味と知っていても、やってしまう事なのである。弟子Aもまた、その一人の人間であったのだ。


「もーう、分かった! 分かったから! ごめんや、ごめんってば! うちがわるーございました。てきとーや。ブラフや。嘘っぱち、勘や勘! あんたが、魔王について何か知りたそうやったから、カマかけたら、ほんまびっくりするぐらいに当たりで、ここまであっさり、全部話してくれるとは思ってもみーひんかったんやて……」

 無限ループかと思われた選択肢も限りがあるパターンもあったのだ。とはいえ、それを証明したかった訳でもなく、むしろ、弟子Aとしては、そうであって欲しくなかった。


「薄々、分かってたよ……」

 露骨にため息を付く弟子A。これ以上は、目の前で両手を合わせて謝っている人に対して、更に黙っているを選択することは、弟子Aの人並みにある良心の呵責に引っかかったのである。

「……いやらしいなぁ。分かってたんなら、ちゃちゃっと突っ込むんが芸人やで? お子ちゃまも人が悪いわ。でもな、うち……私が、西の大陸で仕事してた時に、魔王についての情報が残ってる場所は知っとる」

「そんな場所が、ほんとにあるの?」

 いつの間にか、弟子Aは素の言葉遣いになってる事も忘れて、質問をしていた。


「冗談は言うけど、嘘はあんまつかへん。それに、空気ぐらいも読めるしな。んで、その場所なんやけど、西の王国の城内にある重要文献ばっか集めとる図書庫や」

「あー……聞いたことあるある! 師匠も、昔面白い本がいっぱいあって、面白いって言ってたなぁ」

「知ってるて!? 面白い本って!? あそこにあるのは、本気で秘匿すべきもんばっかりやで? 存在を知ってるのはともかく、見れる人なんて極々一部……というか、何者やねんあんたの師匠って……。って、あかんあかん。それについては、また今度詳しく聞かせてもらう。話がまた逸れてしまうしな。で、確かそこに、魔王についての本もぎょーさんあったはずや。言うても、東西の大陸に出回ってるやろう魔王関連の資料、文献と比較してやけどね」

「そこで資料を閲覧できれば、魔王の居城についても載ってる可能性が高いと……」

「そのとーりや」

 腕を組み、うんうんと頷き。すごいやろーという風な、したり顔をして弟子Aを見つめる。


「ククッ、我の資料か。それはそれで興味深いな。一国がわざわざ秘匿しているというからには、より真実が書かれているのだろう。主に我との敗北を重ねた戦いばかりがな……」

 魔王は魔王で、自分が書物に記録されているという事実は、興味深くあった。人間から見た魔王という視点。正直に言って、弟子Aなどは論外中の論外。特殊中の特殊。レアケースだ。魔王を散々馬鹿にして、遊ぶかのような態度は、魔王として甚だ遺憾なのであった。聖なる光【ホーリー】という切り札があればこそのパワーバランス。完全に弟子Aを手中に収め切れていない魔王にとっては、無意識下で弟子Aを、自身を滅び尽くせる唯一の存在と分かっておりながらも、その感覚を認める訳にも行かず、複雑な心境であった。


「ほんまかいな。私はまだ信じられへんわ。こんな方向音痴で自分の家も分からんような痴呆が、散々人類を苦しめた憎っくき敵やなんてな」

 恨めしそうな目で魔王を見る紅い魔女。魔王が現れ、人類は一度、滅亡の危機に晒され、それを回避したとはいえ、今も尚、その手先とされる眷属の魔族、魔物達は健在であり、滅亡とまでは行かないまでも、少なからず恐怖に晒されている地域もあるのだ。

「ぐっ……何と言われようとも、事実は変わらん。本来ならば、貴様のような無礼者は即刻抹殺してる所だ。だが、我への帰り道の手がかりになる情報を鑑みて、今しばらくその命預けておいてやろう」

 耐性が付いてきているのか、怒りを飲み込んで魔王は、言い放った。


「ふーん? まぁ、殺気だけは超一流やけどなぁ、お子ちゃま。その自称魔王にどこらへんまで支配されとるん?」

 紅い魔女は、場数も多く踏んでおり殺し殺され、という場は既に何度も経験済みであったが、あんな殺気に晒されるのは二度はごめんと思える程度に内心焦っていた。それでも平静を保って笑えたのは、事実。魔王の姿が笑いの琴線に触れたからであった。

 何にしても、聖なる光【ホーリー】についても聞いていたので、それを耐えて尚存在が維持出来てるのだから、もしそれが事実なら、魔王としての信憑性は高いと認識していた。


「えっ!? 支配……」

「ぬ……我は既に、こやつの全てを支配しておるに決まっておるわ! 我の帰還を妨げないのが、その証拠よ」

 冷や汗が、ぶわっと出るも平静を装いつつ、誤魔化そうと魔王は必死であった。実際の所、魔王自身が完全に自由が利く弟子Aの四肢はなかった。左手や弟子Aの身体を動かすという事は、魔力消費を行って初めて出来る行為であり、更に左手以外は、相当に魔力負担が必要だったのだ。


「んー。気絶した時にボクの身体を使って〜と、昨日の戦闘中に体が引っ張られたとかぐらいで、ボクの意識がはっきりしてる時にはそれほど、かな?」

「ふーーん、そうかそうか。大したもんや。お子ちゃまの癖に、すごすぎるわ。ま、意識がある内は、完全に乗っ取られる事は、ほぼありえへんってのが分かったわ。自称魔王の言は無視するとして、念のため、精神的な支配対策もしておくとしよか」


「我を目の前に堂々と、そういう話をするのか、普通?」

 魔王が疑問を口から普通という言葉が出るという、一見するとおかしいこの状況であったが、その問いに答える者はいなかった。


「え、何かあるの!? 出来れば、すぐに教えてくれるとボクとしても、かなり嬉しいなぁ。そっちに関しては、早く何とかしないとって思ってても全然だったし……」

 弟子Aも優先的に考えていた事案だったが、どうしても対抗策が出来ていなかった。しかし、その対策も出来るというのであれば、魔王の情報に加え、渡りに船とはこの事であった。

「ま、あくまで保険やけどな。お子ちゃまの椅子の下に置いてある指輪貸したるから、嵌めておき。それ、精神力を増強する貴重な指輪や。それなりに効果あるはずやで?」

「置いてあ……んんっ。あ、ありがとうございます! でも、いいの?」

 この時、脳裏に浮かんだのは魔境の一部とかした自分。なんせ、置いてある……ではなく、明らかにたまたま椅子の下に散乱してた物が、落ちてあったのだから、置いてあるなどと到底弟子Aとしては思えなかったのだ。だが、命惜しさにその件については、ギリギリで喉の奥へと引っ込めた。


「……なんや、引っかかる所もあるけど、これぐらいはサービスや。私としても、世界を救おうって粋がってるお子ちゃまに、何かしてあげたいしな。まぁ、さっきも言うたけど、多分あんた自身の精神力で、対抗してる所あるみたいやしな。乗っ取りとか言うたら、身体、精神丸ごとや。弱ってたかて、自称魔王。一介の魔導師相手に、左手だけて……お笑いにもならへん。普通は……な?」

 魔王を見て冷笑を浮かべる紅い魔女に、魔王は不機嫌な感情を隠すことなく、不機嫌な気配を漂わせている。そんな様子も気にかけず、弟子Aは椅子から降りて下に幾つもモノが散乱してる中から、指輪を見つけると、さっそく嵌めてみる。


 するとどうだろうか、呪いの音楽が流れる。ただし、魔王にだが。

「ク……ククッ、こ……これ……ぐぅぅぅ……! これぐらいで! わわ、我をーー! 抑えられると思っているとはな!?」

 と、苦痛の笑みを浮かべつつ、怒りながら言い放ってくる。どうやら幾分か効果はあったようだったとは弟子Aと紅い魔女の共通認識であった。

「ぐぐぐぐ……!」

 魔王は、苦しみの余りか顔を歪め、痛みに耐えるのが精一杯の様子であった。


「さて、乗っ取りの件は、これにて終了や。それ以上はお子ちゃまの精神力に頑張ってもらうとして……や。西の大陸の国へ行かないといかんな」

「です……よね」

 椅子に座り直して、再び紅い魔女と対峙。もとい、魔王の居城探しの話し合いへと移る。

「ちょうど良い具合に、航路もある港町だから行くのはともかく、そんな重要な文献を見せてもらえるかだよね」

「そやなぁ。私かて、必要があった時やったからこそ、見せてもらえたしな。本来ならもっと探りたかったんやけど……残念ながら今の私じゃ、あそこに近寄るのも難しいしなぁ」

「そうなの?」

「まぁ……ねぇ」

 歯切れの悪い回答をして、苦笑を浮かべる紅い魔女。弟子Aもそれを見て、最初のように藪の中にいる蛇を突く真似はしなかった。


「……んー、とりあえず向かおう。時間も惜しいしね」

「そーやな。うちの探しもんも、一旦中止してお子ちゃま、あんたの手伝いしたったるわ」

「探し物って、いいの?」

 弟子Aの目の前の人……紅い魔女がなぜ、西の大陸の事を知ってるか、なぜ協力してくれるか、何を探しているのか等々、名前すら聞いていないことを今更ながら思い出した。

「んー、そやなぁ。んー。……まぁ、ええか。じゃあ、一応お子ちゃまにも聞いておくわ。金髪で腰まで髪の毛伸ばしてて、身長はだいたい170ぐらいやったかな。私より少し年上で、何と言うか人が良さそうな感じや。あー、あとな。変な事を何度も何度も、繰り返しばっかりしか言わんくて、もしくは……何もしゃべらへん無口な男や」

「……ふーむ」

 弟子Aは、物ではなく、者……人だったかと思い直して、記憶を辿って行く。


「ま、期待はしてへんけどな。さて、準備しよか」

 その様子を見て、やっぱりかという諦めの表情を紅い魔女は見せる。落胆の色はなかったものの、最初から期待していなかった様子は、手に取るように弟子Aには分かった。

 そしてもう一つ言えば、弟子Aには記憶に新しい人物が一人だけ思い浮かんだ。しかし、紅い魔女の言とは、一部しか該当していなかったのもまた事実であり、言うかどうかを迷っていたのだった。

「んーーー。その、えーっと」

「……なんやねんな。……歯切れ悪いし、うちの事、期待させんといてーな。お子ちゃまみたいなのに、励まされても嬉しないで〜?」

 さっきの仕返しとばかりに、同じ事はするなという意思表示なのか、本当に落胆しているのかは弟子Aには、伺い知れなかった。


「あー、その! 金髪でもなくて、長髪でもなくて、夜だったので人が良さそうなのかまでは、分からなかったけど……同じ言葉ばかり繰り返す人なら、この前センタ村って所で「なにゃて!!?」」

 余りの声の大きさに弟子Aも驚いて、椅子から転げ落ちそうになるも何とか踏み止まる。噛んでた事にも突っ込む暇を与えず、紅い魔女がテーブルを乗り越えて、弟子Aの首を締め上げるようについ先ほど買ったばかりのローブの襟首を締め上げてくる。

「いいいいい、今なんてった!? 今、なんていったんや!」

「うううう、ぐるちぃ(ローブがのびるぅ)」

「ぐぬぬぬ! 良い気味だな。人間よ!」

「ああ、ご、ごめん!? ほんまごめん! 堪忍や!」

 未だに苦しんでいる魔王の一言が効いてか、我を取り戻した紅い魔女が、弟子Aのローブから手を離すと謝りながらきちんと椅子に座る。そして、さきほどの事は、なかったかのように一度だけ咳払いをすると、先を促してくる。

「コホン……センタ村言うたな。やっぱこっちの大陸にあったんか。で、その村どこにあんねん?」

 何かを焦ったかのように、弟子Aを見るその目には、誤魔化すようならばどんな手を使ってでもという、殺気が若干篭っていた。

「ぅぅ……えーっと、この町から南方向にある村で、ちょうどこっちの大陸の首都との中間地点ぐらいにあります。街道沿いに行けば半日ほどでつけたは……え?」

 その発言が終わる前に、紅い魔女の椅子が倒れ、その席から出口へと一直線へ向かう。


「ほんっまに、悪い! さっきの言葉は撤回や! 私……うちは、うちは……ほんまごめん! どうしてもこればっかりは譲れんねん。ここにあるもんは好きなだけ持ってて良い! だからうちは、その村に行く。そいつ見つけたら必ず手伝う! 絶対や、約束するから……ごめん!」

 そう言いながら、名も知らぬ紅い魔女は、引き止める間もなくこの部屋から駆け足で退室していった。


 その間、弟子Aは何も出来ずただただ、事の成り行きを見守るしかなかった。残された弟子Aは、自体が飲み込めないまま少しの間、身体が固まったかのように動けなかった。

「……えええ?!」

 気付いた時には、後の祭り。残されたのは弟子Aと左手の魔王。そして、散乱しまくった物ばかりであった。


「あの人間は一体何なんだ! 手伝うと言えば、撤回。我を置いてどこかへ行ってしまう。まったくもって度し難い人間だ」

 既に苦痛がなくなったのか、左手の魔王は、いつも通りの不遜な態度をその身に宿していた。

「あー……うん」

 正直、弟子Aとしても呆気に取られすぎて、どう魔王に反応していいものか分からなかった。理由が何であれ、協力者が得られるのは歓迎であったし、あんな素っ頓狂な話を笑わず……多少なりとも、信じる方向で居てくれる人は稀だと思っていた。協力が得られなかったのは、弟子Aも残念すぎるものの、この情報を元に行動が出来るだけでも良しとし、弟子Aに眠る僅かな前向きな精神を動員して何とか、重い腰を上げる事とした。


「まぁ、うん。目的地は出来たし、うーん。とりあえず、一旦宿戻ろうかな」

 この後、弟子Aは、魔境に置いてある物の中から、お言葉に甘え、何かを拝借してしまおうかという気持ちもあったが、辞めておいた。理由は、既に指輪も貰っていたしという事であった。しかし、弟子Aは気づいてない。指輪はあくまで、貸すという名目であった事に。



 弟子Aは魔境から脱出すると、自身が泊まっていた宿へと戻り、食堂で、休憩がてら昼食を取る事にした。今後の事を考えていて、味、内容すら覚えていなかった。

 食事を取り終えると弟子Aは、西の大陸へと出航する船の時間確認に港へ行く事にした。しかし、この時はまだ知らなかった。港へ向けて歩いている弟子Aを追って付き纏う影が複数あった事に……。 



此度125年8月19日

午後1時過ぎの頃であった。


世界が闇に覆われるまでのタイムリミット:十二日には変わらず。

弟子A現在の装備

武器:なし

防具:カラミティローブ

左手:布に巻かれた魔王(布は脱着可)

アクセ:精神力増強の指輪


所持金:1060G


所持アイテム

ボロボロに破れた布の服?

幾つかの薬草

高級食器一式



ここまでお読み下さりありがとうございました。

少し間が空いてしまいましたが、次回も出来次第投下していきたいと思います。

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