第10話:弟子Aの港町での昼の出来事
この物語は!
魔王を討伐するためにある国が勇者を選定し、その勇者に世界の命運を託し切磋琢磨し苦難に満ちながらも仲間達と協力し魔王を退治する勇者を探す事を辞め、魔王を居城まで運ぶ話だ!
宿屋から出ると、海の匂いがする。
「ああ〜港町って感じする!んー、潮風だ〜」
弟子Aとしても、ここまで活気ある町はウトキテ国の首都以来であった。
「意外にでかいなぁ……よし、とりあえず新しい服買おっと」
大通りには、さすがにボロ雑巾の様な弟子Aと同じような格好をしている人は一人もいなかった。
「(いや、ボロ雑巾は言いすぎでしょ……)」
ぼそりと心の中で呟く。汚れてたりはあるものの、普通だ。全裸な人など一人もいない。漁師っぽい人が、半裸だったりもしたが、それはまだ許容範囲内だろう。
弟子Aから見ても、興味が惹かれるものが幾つもある。通りの脇には、美味しい匂いがする屋台やら、地面にそのまま布を敷いて、その上に商品を置いてあったりするのだ。ぱっと見るだけでも、魔力が篭ってるような掘り出し物のアクセサリーから、見た目だけは高級そうな物、手作りだろう商品などなど。紹介しきれないぐらい所狭しと、それぞれ場所を取り、商品を売っており中々の賑わいだった。
そして、大通りから外れた路地に目的の一つだった防具屋を見つける。屋というだけあって、店を構えてあったのである。
「……いらっしゃいって子供?」
ドアを開けての第一声がこれであった。
何とか自制する。中に置いてある防具を軽く値踏みしつつ奥へと歩を進めながら、自身の中に記憶する防具カタログを閲覧する。博識とまでは行かないものの、偉大なる預言者にして天才魔導師の元、勉学に励んでいた弟子Aは対魔術装備など、武具というものには、結構な知識があった。
「(己を知り、相手の防具を知れば何とやら……まぁ、全裸だったのに疑問も抱かずに居たから、己すら知らなかったんだけどね……)」
自己嫌悪しながら、無造作に棚の上に置かれていた一つの品に目が行き、近づく。
「おいおい、ボウヤ。商品に勝手に手を触れないでくれよ? お父さん、お母さんはどうしたのかね?」
「……ボクは、客です」
少し機嫌が悪そうにそう告げる。こういう地で子供っぽい所があるので、子供だと思われても仕方ないのである。
「ほっほー。そうかそうか。しかしなぁ、客といってもまだ十を数えただろうばかりの子には、危なっかしくて売れんのだよ。諦めて帰んな」
――沈黙が流れる。
「…………いや、ボク十八歳ですから…………問題ないですよね」
「じゅーはちぃ?」
怪訝そうな顔でじっと弟子Aを見る。
「そんなに見つめられたら……ボク」
弟子Aは、すごく笑顔だ。左手の魔王は、この時あえて発言はしなかった。巻き込まれたくなかったからである。
それでもじぃーっと、最初に防具を値踏みしていた弟子Aと同じく、防具屋の主人が値踏みする。
「(こんな子が、十八……信じられん。あんなちっこいのに……もしや、この子は! 親を魔物に殺され孤児になり、孤独に一人で旅を続けており、その魔物を倒すためだけに復讐を誓い生きているのでは……! そして武具を手に入れるために、年齢を偽り、誰にも頼れずに生きているのでは!?)」
防具屋のおじさんは、想像に富んでいたのであった。
ちなみに、現時点での主人公にして偉大なる預言者にして天才魔導師の弟子Aは、ちっこかった。可哀想な位にちっこかった!
身長に直せば150cm……は、超えているというのは弟子A談。更に言えば、まだまだ成長途中である! というのも弟子A談。
旅に出る前は、毎日牛乳を摂取していたという。今朝も、バイキングを良い事に、きちんと牛乳を三杯ほど飲んでいたのだった。
「おじさんの事を……」
なんか目がうるうるして来て、プルプル震えている弟子A。そして、防具屋のおじさんの妄想も更に加速していく。
「(そして、目的のためには、手段を選ばず、色んな悪行に手を染めているっ! そういえば、窃盗団がこの街に居たな……ま、まさかぁ!? この子は、その窃盗団に加担しているのではないか。いいや、そうに違いない。絶対に手を引かせねば、これは人間として、そして大人として、何よりワシも昔、冒険者という身なりだったからな。絶対に手を引かせねば!)」
「ぶん殴りたくなるから、やめて下さいね」
かなり引きつった笑顔で出来るだけ優しく伝える。目じりには涙も滲んでいた。弟子Aとしても泣きたくなるほどに、小さい小さいと言われるのは嬉しい事じゃなかった。
「あ……ああ、悪かった。ゆっくりと見ていってくれ(ああ、可哀想に。これほどまで人を拒絶してしまう環境にあろうとは、そして目尻に涙……人と関わりたいのに、関われない。そんな気持ちが伝わってくるようだ。これでは、ただ言って聞かせる事も出来ないのではないか。むぅ、なんと……なんとワシは無力なのだ。神よ。彼を救いたまえ)」
神に祈りを捧げるが、それが聞き届けられるかどうかは微妙だろう。防具屋の主人は、心の中でも実際にも、弟子Aの事を思い涙を流していたという……。
「(これは、少し大人げなかったかも……)」
防具屋の主人が泣いているのを、自分がやってしまったと少し罪悪感が生まれる。実際の所、弟子Aが原因で泣いているので、全てが間違いではないのだが、勘違いではあった。
しかしながら、やってしまったものは仕方ないと整理をし、改めて目的のものを見る。
「これは……すみません〜。この服幾らですか?」
「おお、なかなかに目の付け所がいいね。ボウ……お客さん。(この子は、一人で生き抜くために頑張ってきたんだ。ボウヤなんて言ったらさっきのように、拒絶しかねん。出来るだけ優しくしてやらないと……そして出来れば、窃盗団から……)」
今、弟子Aが見ている服は、棚の上に畳まれずに無造作に置かれていた服であった。しかし、これは今朝入荷し、そのまま置きっぱなしになっていたものだった。だが、その服は実の所、かなり良い品である。
「値段だったね。少し待ってくれよ」
主人は、カウンターから出ると、その服を両手に持って弟子Aにサイズが合うか確かめる。
「むぅ……(ぶかぶかになってしまうか。しかし、このボウヤ……何とも、使い込まれた布の服だ。じっくり見ると、何かするどい物で破られたりした後まである………ま、まさか! この子は、窃盗団という誰かに迷惑する行為に嫌気が差し、抜け出そうとしてひどい目に合いながらも、服装だけでも変えてこの町から脱出しようとしているのでは!?)」
「(こ……ここの主人は、ころころ表情が変わるなぁ……)」
困ったように、弟子Aは防具屋の主人を見る。泣きそうな顔になったと思ったら驚きの顔、そして怒りを込めたような表情をしたと思ったらまた泣きそうになる……実に多彩であった。
更に、困った事に弟子Aに服を測るかのように、手に持った服を押し合えてたままの状態である。とりあえず、目を背ける事にした。
「ううっ……」
感極まったのか、なぜか泣き出す主人。
「えっ、あの……大丈夫ですか?」
弟子Aが、少し横目で見たら、泣き出しているのである。最近、魔王に慣れているせいか、いい大人の泣き顔を見て、びっくりはしたものの、それほど何ともないのである。出来れば、弟子Aとしては女性の方がよかったかな〜とか、ちょっぴり思ってたりもした。
「いや、オモッテナイヨ? ――んんっ! いや、なんでもないです。って大丈夫ですか?」
「あ、ああ……すまんすまん。目に塵が入ってな、ははは……。(なんという根は、心優しき少年だ。その病んだ心にも……否、これは全て魔物……強いては魔王が悪いのだ! 全ての魔物の根源。魔王のせいだ! ああ、こんな純真なボウヤの運命を、性格をここまで狂わしてしまうとは……)」
再び、涙が流れてきそうになるも、踏みとどまった。弟子A……もといボウヤは、心配して主人を見ていたためである。盛大な勘違いは、涙と違い留まる事を知らずにいたのだが。
「それはそうと、少しこの服は大きすぎるみたいだな。どうしても、これがいいのかい?」
「あー……いえ、そんな事はないんですけど、ボク重い物装備できなくて」
事実弟子Aは、サイズ関係はともかく力のパラメータが低い事もあり、重いのは無理なのである。体力がまったくもって持たないためだ。
「それに、この服は魔力で強化されてますよね?」
魔力が篭っている品というのは、傍から見てもどこか目を惹く物になる。それは、見た目、用途が何であれ、力という物が込められているのだ。魔力を持たない人であっても、無意識下で目を追ってしまう場合もある。特に、この服……ローブと形容して問題ないだろうソレは、見た目も相まって良く出来ている物だった。
「ほぉ、分かるのかね?」
「ええ、そういう類の物には、興味がありまして」
嘘ではない。興味も確かにあったのだ。
「なかなかに目利きだね。これは、西の大陸から輸入してきた銀霊のローブと言って、こっちの大陸じゃ物珍しいからね」
「へぇ、銀の素材に精霊の加護まで付いてるのかぁ……」
思った以上に上質な素材であった。それを今朝仕入れたばかりとはいえ、放置はどうなのだろうか。
「……ふむ。これ一着で、1500Gもの大金だ。持ち合わせはどうかね?」
「たかっ!?」
「そりゃ、輸入代やらもろもろね。あくまで目玉商品だ。これを見ようと、客引きにも使えるからそれに見合った値段になってるんだよ」
弟子Aは、ここに来て悩んだ。ギリギリではあるが、買える範囲である。宿屋代は昨日支払っ「その様子だと……よし、少し待っていろ」
それだけ弟子Aに伝えると、主人は手に持っていたローブを最初に置いてあった場所ではなく、本来置く場所であっただろう目立つ場所へと戻すと、急いで奥の部屋へと姿を消していった。
待つこと数分、その時、この店に一人の来客があった。
「っ!」
扉が開かれると、入ってきた人物は、弟子Aを見つけてすぐに、その店を後にした。
「ん?」
その間、広くはない店の中にある商品を見て回っていた弟子Aが振り向いた時には、扉は開いたままで誰も居ない状態だった。
「……?」
◇
更に数分を要して、防具屋の主人が新たに、灰色のローブを持って来たのであった。
「……それで、お客さん。よかったらこっちのはどうかな?」
「え? これは?」
防具屋の主人の方に向き直すと、手にはさきほどのローブには勝るとも劣らない、強い魔力が込められていたように思われる品だった。防具屋の主人から許可をもらい、勧めて来たローブに手を触れる。何とも心地良い手触りが弟子Aに伝わる。
「なかなか良い品そうですね。でも、さっきのと比べても素材やら魔力やら……どちらかというとこっちの方が良さそうな?」
「ああ、銀霊のローブと同じで、一品物だから少しだけ値は張るよ。名前はカラミティローブっていうのさ、さっきのローブよりは安い。……そうだな480Gぐらいでどうかな?」
「買う!」
値段を聞いて即決断。目利きには自信があり、その値段で、カラミティローブが手に入るのなら正直言ってお買い得すぎると判断したのだ。
店主と二人でカウンターまで移動する。財布を取り出し、お金をカウンターの上へと置き支払いを済ませると、さっそく試着室へと移動する。
『おい、人間』
『ん〜、なーにー?』
もぞもぞと布切れという名の元布の服を脱ぐと、細い体が露になる。数少ないサービスシーンである。
『やめておけ』
『え〜なんでさ?』
『そのローブを着るのはやめておけ』
『む〜……理由は?』
『嫌な感じがする』
元布の服を脇に置くと、さきほど買ったカラミティローブを見る。
「(……嫌な感じ? 呪われた品な訳でもないしなぁ。それにお店のお勧めだし大丈夫なはず)」
弟子Aの中で結論付け、左手の魔王の世迷言と切り捨てる。上から被りながら、ローブを着る。腕、頭を通し終えて完了。フードまで完備してあるので、雨になっても安心設計だ。
『……我は警告はしたからな』
それ以降、再び静かになる魔王であった。
元布の服を鞄に入れ、試着室から、弟子Aが姿を現わす。ボロボロだった元布の服に比べれば、雲泥の差とまではいかないものの、最低限の人間としての服装の水準が保たれるレベルまでは、回復したのではなかろうか。弟子A自身、このローブの着心地はよかった。サイズとしては、少し大きかったが、肌触りがくすぐったいと思いつつも満足いくレベルであった。
「なかなか、似合ってるじゃないか」
防具屋の主人が声をかける。
「ややや、そんなことないよー」
満更でもなさそうな反応をする弟子A、褒められると表情に出やすかった。
そして、再び防具屋に入ってくる人物が居た。
「やっとるー?」
と聞きながら既に店の中に、入ってくる辺りに発言の主の性格が窺い知れるかのようだ。
「ん、いらっしゃいませ」
防具屋の主人が対応する。それにつられて、弟子Aもそっちの方を向くとそこに立っていたのは、弟子Aより背の高い女性が立っていた。見た目では、弟子Aよりも年上に見えるだろう。
つばが大きい魔女が付ける様な紅い帽子。着ているローブも真っ赤である。肩まで伸びた黒髪と全てを射抜くかのような紅い二つの瞳が何だか印象的だった。
奥へと来ると、弟子Aが最初に目を付けたローブの前で止まる。
「これやこれ。しっかし、東の大陸に送られて来てるとは、難儀やったわぁ」
「(この言葉遣い……西の大陸の人かな)」
物珍しそうに、弟子Aが視線を送っていると、不意に目が合い思わず逸らしてしまう。
「なんや〜? 私が気になるん? ん、お子ちゃま! 可愛いなぁ。それに、なかなか面白いもん着てるやないの。どこで見つけたん? 身長幾つやの。ちっちゃいなー! でも、それが可愛いんやけどね。私は、西の大陸から来たんや。言葉遣いで分かってしまうわな! はは、オモロイやっちゃなー」
ローブを見るのをやめると、弟子Aに近づき頭をぐりぐりしつつ、背中を叩いてきたりと、色々と一度に言ってくるため、少し事態を把握するのに困惑した。
「なんやなんや。元気ないなー。……あーーーーーー!そりゃそうやな。そないなけったいで、面白いもん身に付けて、宿してたらそないな気分にもなるってもんや」
嬉しそうに、物珍しそうに、途中で驚き、そして楽しそうに言葉を止めるという事を知らないように、言葉が弟子Aに撃ち込まれ続けていく。その中に重要な一言を混ぜながら。
「あ、いや、その! え? 色々ちょっと待ってよ!」
「あーあー、ごめん、ごめんや。こういうのが性分なんや、許してな? しゅーじーーん! この服下さいな♪ 先これ買っておかな、すぐ売れてまうやろし。はい、2000G即決や!」
「あれ、そのローブ確か1500Gですよ」
「ややなー。私をみくびらんといてーな! これでもこの真の価値知ってれば、安いぐらいやからな。少しやけど、色付けさせてもろたわ」
「え、あ、ああ、毎度あり」
さすがの防具屋の主人のスキル、妄想暴走【ファンタジーカーニバル】が発動する暇さえなく、例の防具が買われていくのであった。防具屋としても、値段設定以上に買われる事も、それがより良い品と言われて持っていかれるのであったので、文句は一切なかったのである。
「さて、そこのお子ちゃま! 私の買い物はこれで終わりや! ちょっと試着室借りるんよ? あ、覗いちゃあかんよ!? 子供やからって、そういうのはお姉さん許さへんで? 絶対やで!」
何か急に恥ずかしそうに、そう告げる。弟子Aからみても、かなり疲れる人だという印象とともに、自身に対して向けられた言葉に悪意がない事を感じているからか、怒ろうという気持ちは浮かばなかった。ただ、気付いてなかっただけかもしれないが。
「……嵐が過ぎ去った」
「う、うむ……」
二人共、どうにも反応し切れなかったが、少しの間ほっと一息付く。この間にも弟子Aは、もう一方の目的である情報収集を行う事にした。
「あー、そういえば街道にゴーストが出るとか、変わった噂聞いたことあります?」
魔王の城どこですかと、聞きたいところだったが、さすがに弟子Aもそれは危うい質問だと認識していた。
「街道に? いや、そんな話はここ最近所か、聞いたことないな。出てりゃ〜ワシの耳にも入るだろうしな。でもな、変わった噂なら幾つか知ってるぞ」
「変わったですか?」
「ああ、首都周辺の街道で爆発が起こったやら、魔王が復活したから勇者を探している人がいるとかな」
「ば……爆発……」
「ああ、何日か前にって聞いたな。その時は、何か城の方が忙しくて警備も離れられない状況だったらしいなぁ」
さすがに、弟子Aも気付かれてないとは思ってはなかったからその事についてはよかったのだが、城の一件は少し気になっていた。
「城で何かあったのかな……」
問う訳ではなかったのだが、口に出してしまっていた。
「ん、ワシは詳しい事は知らないが、勇者を探している人に協力をっていうお触れを各国へ通達するためだったとか何とか、だからこうして、勇者探しが噂になってるのかもしれんがな」
「(うっ、もう広まってるの!? 正体がいきなりバレそう……でも、この左手の事さえばれなきゃ……)」
弟子Aとしては、思ってもみなかったがここまで情報の浸透が噂レベルでも早いとなると、これは弟子Aとしては、あまり好ましくない状況でもあった。
「し……しかし、魔王が復活しただなんて物騒ですね。コワイデスネー。この近くに魔王の城なんてありませんよね?」
背に腹は変えられないので、いきなり核心を突いてみた。
「魔王の……城?(ま、まさかー!? このボウヤ。復活したとか言う魔王の城に乗り込む気じゃ……それで自身の復讐や、全ての決着を着けるつもりか。しかし、このボウヤが、噂の探している勇者では…………)」
見当違いもここまで行くと、賞賛したくなる。
「心当たりが?」
弟子Aに抱かれている思いなど露知らず、何か心当たりがあるような、呟くようにその言葉をかみ締めていたので尋ねてみる。
「あ、いや……ワシに心当たりはないのだよ。だが、もしかしたら、その勇者を探している人なら知ってるんじゃないか?(そう、このボウヤと探している方を巡り合わせるのが、ワシの役目……!)」
「(……目の前に居る人が、その当人なんだけどね)」
ため息を噛み締め、何とか心の中だけでする。
「仮に知らなかったとしたら、王室の人が調べてるんじゃないかね。勇者が居ても、魔王の居場所が分からなければ意味がないしな(きっと、勇者探ししているお方が、このボウヤを導いてくれるはずなのだ)」
最もな事を、ほとんど関係ない人に指摘され、冷や汗を浮かべてしまう弟子A。
「ですよね〜……ははは」
乾いた笑いしか出てこなかった。急げば一日で戻れるだろうが、この状態で国へ戻るのは自殺行為にも等しい。魔物と同様に処理される恐れもある。もう一つ付け加えれば、あくまで現在は主人公だが、主役というかヒーローはあくまで勇者。一般的に左手が魔王な人間では、信用度は薄いのである。それが、既に英雄とまで呼ばれていた師匠ならともかく、その他大勢の中から、少し突出している弟子Aでの信用度、信頼度では到底支持を得るのは難しかった。
「変な事聞いてすみません、それじゃボクは他にも買いたい物があるのでこれで……。この服、ありがとうございました。大事に使いますね」
「いいや、気にせんでいいさ。それは、気に入った人に渡すといいって売ってきた人が言ってた品だ。わしはお前さんが気に入ったんだ。存分に使ってやってくれ」
「はい、では」
「ちょーーっと、まちーーなぁー!」
試着室から、さっきの女性が出てくる。着替えは済んだようで、服装がさっきとは違い銀霊のローブを身に着けていた。
「私は、なんていった? 私の買い物は終わったって、お子ちゃま! アンタに言うたんや。何で見ず知らずのアンタに言うたんか分かる? 待ってて欲しいからや。それすら分からん言うんやったら、アンタは正真正銘、お子ちゃまや! 女心が分からんから、彼女いない暦、イコール、年齢なんやで!?」
「え、えええええ!? ……ぐはっ」
言葉を発するたびにどんどんと、弟子Aとの距離を詰めてくる。襟首を掴んで、持ち上げられる……という事にはならなかったが、再度、言葉の乱れ撃ちを喰らうハメになる弟子A。突然そう言われても、という気分にもなったが、それが口から出るような状態でもなかった。そして、最後の一撃は、見事に弟子Aに精神を貫く。地面が揺らいだかのように、身体を支える両脚が揺らぐも、ギリギリな所で踏みとどまる。
「まぁ、ええ。ほな、アンタもここから出て行くみたいやしな。ちょっと話があんねん。さっきの……そうやね」
女性はそこで、止めると弟子Aの耳元で囁くように告げた。そして女性の視線は、布が巻かれていた左手を向いていたのだった。
「魔王について……なんてどうや?」
その言葉で、心臓が口から飛び出てしまうような衝撃が襲う。耳にはこそばゆい感覚もあったが、弟子Aは、それを意識する気にならなかった。
「……分かりました」
了承する。しかし、女性を見る目が、魔導師としての目となる。そして、その目で見てようやく分かる。この女性は、相当に格が高い魔導師であると。
『この人間……我が見えているのか』
弟子Aに聴こえる事は、魔王にも伝わっていた。魔王自身、別に気付かれた所で全てを無に返すのみ。と、本来ならば簡単だったが、今はまだ回復中。魔力の方は順調に戻ってきているも、総合的に見ても十分の一程度にも、及ばないほどにまだまだであった。そういう事情もあり、魔王としても悟られるのは、好ましくない事態だった。
『分からない、けど……今は素直に従うよ』
『良きに計らえ、と我は告げたはずだ』
『……了解です。マオウサマ』
何だか、魔王が面倒ごとは丸投げのように思え、少しだけ嫌味っぽく念を送る弟子A。魔王からは特に何も反論は出てこなかった。布の中の様子は見えないが、きっと何か考えているんだろうと弟子Aは結論付けていた。
「よっしゃ、じゃあウチが宿を取ってる部屋までいこか。反論はなしやで? それじゃ出発やー!」
一人楽しそうにしていたが、弟子Aは、とてもとてもそんなノリにはなれなかった。しかし、大人しく付いていくしか、選択肢として思いつかなかったのである。
この選択が、今後どうなるかは弟子A自身、左手の魔王すらも分からなかった……。
此度125年8月19日
午前11時前の頃であった。
世界が闇に覆われるまでのタイムリミット:十二日には変わらず。
弟子A現在の装備
武器:なし
防具:ボロボロに破れた布の服?→カラミティローブ
左手:布に巻かれた魔王(布は脱着可)
所持金:1540G→1060G
所持アイテム
ボロボロに破れた布の服?
幾つかの薬草
高級食器一式
ここまでお読み下さりありがとうございました。