遺跡の血
古代に息づくものと、現在を生きるもの。
遺跡の中で彼らが求めるのは、きっとどこかにある、時の失くし物。
運命と未知を探し歩き走るふたりのお話です。
「う……」
目が覚める。硬い床に寝そべっていた背が痛く、喉の焼ける感覚が瞼をこじ開けた。
「おはよう。また悪い夢か?」
「うん……」
「取り敢えず飯を食え」
ユアンは上半身を起こした。温かみのない灯りは、遺跡の光る岩によるものだ。
パンと茶を勧められるままに受け取る。
「ありがとう」
「最近、ユアンはうなされるな」
彼女は俯いた。心配そうに男が覗き込む。
「体調は」
「悪夢を見ただけ、大丈夫」
「そうか」彼は少しだけ思案するような顔をして、すぐに目線を遠くにやった。
「この遺跡は小さそうだ。俺一人でも調査できる」
「ルイ、私も大丈夫だってば」
「……わかったよ」
彼は立ち上がる。
「どこから始めたものかな」
ユアンは昨晩の寝る前に少しだけ遺跡を見て歩いたことを思い出した。
「この廊下の向こうに石版があったね」
「そうだった。解読できる状態ならいいけど」
ルイは歩き出す。ユアンはパンを片手に急いで立ち上がり、彼に続いた。
気付かず通り過ぎる彼を呼び止める。
「ルイ、ここ」
「おおっと、助かる。ありがとう」
石版を眺める。文字のようなものは見て取れない。
「はずれ?」
「いや、石版はこうすると文字が浮かび上がることがあるのさ」
ルイは得意げに石版に手をかざした。ひゅい、高くて細い音と共に、石版に光の文字が浮かび上がる。
「ほらな」
「へえ、すごい」
ユアンは手を叩いた。静まり返った遺跡に何重にも音が響く。
「おお、うまくいった」
ルイも声を上げる。その様子にユアンは首を竦めた。
「何、適当に言っていたの?」
「そんな訳ないだろう。状態が良くないと文字が出てきてくれないことが多いんだ」
「なるほど」
ルイは暫く文字を眺めた後で、懐から小さな本を取り出した。自分で綴ったものなのだろう、体裁は悪く、どうにもぼろぼろだ。そのページを捲っては文字と睨めっこを始める。
古代の文字をユアンは読むことができない。
「いろいろ探してくるね」
「おう」
ルイに声を掛け、ユアンは歩き出した。
遺跡は床も壁も不気味な程真っ直ぐだ。こつこつ足音を鳴らしていると、やがて横に扉が現れる。その前に立つと、独りでに開いて、小部屋が目の前に現れた。
「これは……」
廊下はどこまでも何も無いぶん、部屋には持ち帰れるような物がある場合が多い。こういった小部屋はかつて倉庫として使われていたことが多いのか、特に貴重な物に会えることが多かった。
棚、抽斗、つづら。収納を丁寧に物色していく。
凄まじく腐敗した何か、瓶に詰まった水や粉。どうやら食糧庫らしい。
ならば心当たりがある。ユアンは棚の銀色の食器を手に取った。詳しいことは分からないが、遺跡の金属は質がいいらしく、高値で売れる。持てるぶんだけ持って、ルイのもとへと戻った。
「戻って来たか、ユアン」
「どう、解読は進んでる?」
ルイは石版の文字と手元の本とを行き来しながら口を開いた。
「だめだ」
「文字が読めない?」
ルイは本をぱたんと閉じ、懐に仕舞い込む。
「まだ解読できていない言葉が含まれているんだ。よく見る文字なのにな……」
ルイは石版を叩いた。
「何か、認証が必要だと書いてある」
「古代人かどうかを、石版が判別してるっていうこと?」
「考えにくいが……」
「不思議だね」
ルイは頷く。石版をぼうっと眺める瞳は物憂げだった。
ぱたん。
どこかで物音がした気がして、ユアンは顔を上げた。ルイと目が合う。
「何か聞こえたな」
身構える。
ばちん、大きな音がして、突然辺りが真っ暗になった。
「なんだ、これは」
「嫌な予感がする」
ユアンは慎重に歩いて、夜寝た場所に転がっていた荷物を拾い上げた。
「逃げよう」
「そうだな」
なんとなく息を殺す。
潜むユアン達を嘲笑うかのように、遺跡全体を揺るがす音が轟いた。如何にも不安になる音が、一定のテンポで聞こえる。
「これは、まさか」
ルイは顔色を変えた。ユアンの手を引っ張り走り出す。
闇の中、駆ける足音。後ろから何か別の足音がして、ユアンは振り返った。
「何かいる!」
「まさかだろ」
はっとする。物音が遠ざかっていく。自分の鼓動が、血流の音が、ゆっくりになっていくのが分かった。
見える、聞こえる。空気の流れ、何かの気配、そして。
「危ない!」
ルイの手を掴み返して引っ張って、抱き寄せる。彼の居た所を何か高速の物が通り過ぎた。
「今のは」
怯えるルイ。構わず脇に抱え、走る。風が見える、出口はすぐだ。
登り階段の先、すぐに光が見えた。そこだ。力いっぱい駆け登って、飛び込む。
眩しい。
光と急に暴れる自身の心臓に、ユアンは呻いた。解放されたルイがふらつきながら振り返る。
「連中、遺跡の外まで追って来るつもりはないようだな」
「よかった」
返事をするのもやっとだ。遺跡の入口にもたれかかって、息を整える。
「何だったの、今のは」
ユアンはルイに尋ねた。ルイは少し考えるようにして、懐から手帳を取り出す。
「……やっぱりこれだ。仙竜」
その名はユアンには心当たりがある。
「それって、隊商の物語なんかに出てくる、伝説の生き物の?」
「そうだ、その仙竜だ」
ユアンとルイは自分たちが出てきた遺跡をもう一度見た。
「状態のいい遺跡には仙竜が住み着く……」
聞いたことがある気が、と、ルイは言葉を濁した。
「そうなんだ……凄い物に会えたんだね」
「証拠でもあれば高く売れたなあ」
ルイは笑って、荷物を背負い直す。
空高く獣が飛んでいるのが見える。
「この遺跡には、少なくとも今日は戻れないな」
「そうだね、町に戻ろうか」
幸いこの遺跡は町から近い。疲弊した二人でも辿り着くことができるだろう。
読んでいただき、ありがとうございました。