08 知らないパンだわ
「さあて」
私はまた剣を出して、くるりと回した。
「おい、全部切るんじゃないぞ!」
「あ、そうだったわね」
「すきまをつくるだけだ。風通しをよくすると思え」
「わかったわ」
私は、自分の頭をこぶしでぐりぐりした。
「どれを切ったらいいかしら」
私はおじいさんの指示で木を切って、ならべていった。
草原の空いているところに、どんどんならべていく。
切って、運んで、ならべる。
なれてくると、なにをするかがなんとなくわかってくる。どの木を切っていくか。それが、おじいさんが言う前にわかったりすると、ちょっとうれしい。
そして。
「いっぱいあるわ」
ずらりとならんだ丸太、なかなかの景色だ。
「三十本か。まあ、こんなもんだろう」
「林も見通しがよくなりました!」
メイが言う。
たしかに、さっきよりも奥の方まで見えるような気がする。
「ついでに枝も払ってもらって助かったぜ」
おじいさんが、にやっ、と笑った。
「私も楽しかったわ」
「楽しかった、ときやがった。まいるぜ」
「さ、メイ、行きましょうか。おじいさん、それではさようなら」
「ちょ、ちょっと待て」
おじいさんはあわてたように私たちの前にやってきた。
「なにかしら。まだ切るのかしら?」
「これだけのことをやってもらったんだ、ちゃんと対価を受け取ってもらう」
「お金のことかしら」
「そうだ」
「それならいらないわ」
「なに?」
「だって私、お金だったらもう、たくさん持っているもの。きっと、おじいさんが持っているお金よりも、ずっと多いわ。だからいらないわね」
私が言うと、おじいさんはすこし黙った。
それから笑った。
「はっはっは! そこまではっきり言われると気持ちがいいな!」
「そうかしら」
なにがそんなにおかしいのだろう。
なかなか、おじいさんのおもしろいところというのは、私にはわからないところだ。
「じゃあ、それでは」
「待て待て」
おじいさんがまた前を通せんぼする。
「金がいらないと言われて帰すわけにもいかん」
「でもいらないもの」
「だったら、そうだな……。なら、パンをやろう」
「パン?」
「ちょうどいい。待ってろ、そこを動くなよ!」
おじいさんは、私たちに手をかざすようにしながら、近くの家に小走りで向かっていった。
「行っちゃったわね」
「そうですね」
「待っていないといけないかしら」
「待たないんですか?」
メイがおどろいたように言う。
「だって、お金を持ってくるかもしれないでしょう? なんだか、お礼をしないと、と気にしているみたいだから」
「それはそうです! お嬢様は、とても大きなお手伝いをしたのですから」
「でも私は、お金がほしいからやったわけじゃないわ」
「……それはちがいます、お嬢様」
メイは静かに言った。
「わたしが仕事をするのは、お嬢様と一緒にいたい、という気持ちがあります」
「ありがとう」
「でも、わたしは、お金がもらえないのなら、このお仕事を続けることはできません。家のために、お金を稼がなければならないのです……。ですから……」
メイが、頭を深く下げた。
「すみません、わたし、なにを言ったらいいか、よくわかりません!」
「だいたい言えていたわよ。ごめんなさいね。私も、お金なんてどうでもいい、というようなことを言ってしまって。嫌な気持ちにさせてしまったわね」
「いいえ!」
メイが顔を上げた。
「ナナお嬢様は、それでいいんです! お金のことをきちんとわかっていて、世間の常識があるナナお嬢様なんて、ナナお嬢様ではありません!」
「うん?」
そのとき、おじいさんがもどってきた。
手には、カゴを持っていた。
「またせたなあ!」
カゴに入っていたのは、言っていたとおり、パンだった。
近づいてきただけで、香ばしいにおいがただよってくる。
「いい香りだわ」
「だろう? これをやろう。ほれ」
おじいさんが、パンの入ったカゴを突き出してくる。
パンは丸っこくて、すこし横に長い。
私の顔くらいの大きさだ。
それが……、十個くらい入っているだろうか。
「ひとつ、いただくわ」
私は一番上にあるパンを手にとった。
「全部持ってけ。ほとんど、できたてだ」
「いま、いただいてもいいのかしら」
「そりゃもちろん」
「ありがとう」
私は、パンをちぎって、口に入れた。
「まあ」
ちぎったときに、すでにわかった。
表面がぱりっとしているのに、ちぎったとたん、温かい湯気があがって、いい香りだった。
さらに口に入れると、もちもちとした食感もあった。
ぱりっとして、もちもちしていて、あまみもあって、私は、二口、三口、と食べ進めてしまっていた。
「なんだか初めてのパンだわ。とってもおいしい!」
「そうかい?」
おじいさんは、うれしそうに笑う。
「ええ。お屋敷のシェフが焼いてくれるパンよりもおいしいわ! このパンを売るお仕事はしないの?」
「よしてくれ、そこまで言われたら、なんだかむずがゆくなるわい」
おじいさんが、照れくさそうに笑う。
「お嬢様も、それなりにお世辞が言えるんだな」
「お世辞なんかじゃないわ」
「いや、金持ちってやつを、すっかり見直したぜ。金を受け取らねえっていうんなら、あんたが欲しいときに欲しいだけくれてやる。それならいいだろうが」
「ええ、ありがとう」
私が言うと、おじいさんは、はっはっは! と笑っていた。