07 木はこう切るのね?
「楽しかったわ! ありがとう!」
そう言っておばあさんは、杖をつきながら、しっかりした足取りで帰っていった。
「気分転換になったみたい。よかったわね」
と見るとメイは、ぼうっと、遠くを見ていた。
「速い、速すぎる……。ああ、お嬢様……」
メイはぶつぶつと言っている。
「メイ?」
「わたしびっくりしました、空が上にあって……」
「メイ? だいじょうぶ?」
「あっ」
メイがやっと私を見た。
「ナナ、様……?」
「ええ、私がナナよ」
「ナナ様は、こわくなかったんですか?」
「なにが? 空を飛んだこと?」
「すごく速かったことです!」
メイが顔を近づけてきた。
おでこがくっつきそうだ。
「落ち着いて。まあ、鳥はあんなものでしょう?」
「鳥の話はしていません!」
「たしかにそうね」
「あぶないです! 大事故になっていたかもしれません!」
「でもあのおばあさんは、とても喜んでいたし」
「とにかく、ナナ様はやめてください!」
「でも、飛ぶのは便利だわ」
「あの速さで飛ぶのはやめるべきです! いいですね!」
「わ、わかったわ」
メイがこれまでにないほど強い口調だったので、私は思わずうなずいた。
「あら、どうしたんです?」
散歩を続けていたら、今度は、斧を地面に置いて、林をながめているおじいさんがいた。
「なんだお前は」
おじいさんは、じろりと私を見た。
「あ、あの!」
メイがあわてて、私の前に出る。
「おお、お前は、……、メイだったか。住み込みの仕事をしてるんだったか?」
「この方は、バウンゴー家のお嬢様の、ナナ様です!」
「ほう」
おじいさんは、私をじろじろ見た。
ガドの姿は、すぐそばにはない。どこで見ているのだろう。
「それで? お嬢様なら、みんな、ははーっ、てなもんで、頭を下げると思ったのか?」
おじいさんは笑う。
「そんな……」
メイが小さく首を振った。
「そんなこと言ったかしら」
私が言うと、おじいさんは笑いを引っ込めた。
「もちろん、お父さまやお母さまには、きちんとした態度をとったほうがいいと思うわ。でも、私にそんなことをする必要はないと思うけれど」
すると、おじいさんは変な笑い方をした。
「よくわかってるじゃねえか」
「それより、おじいさんはなにをしているの?」
「木を切るだけだ」
「私、それを見てもいいかしら」
「なんだと?」
「じゃまかしら」
「変なやつだな。勝手にしろ」
「メイ、見ましょう」
私は剣を浮かせて、そこにメイとならんで座った。
「……ん? お前たち、なにに座ってるんだ?」
「お気になさらず」
「ふん」
おじいさんは林の端の木の前に行くと、幹を軽くさわって調べていた。
そして、斧を振り上げる。
頭の高さまで上げた斧を、斜めに振り下ろした。
幹の、おじいさんのひざ下くらいの高さに当たって、重そうな音がした。
そのまま、振り上げ、振り下ろし、とくり返す。
あまり大きな体に見えないわ。
と思っていたけれど、力づくで斧を叩きつけているというよりも、斧の重さを使っているみたいだ。持ち上げた斧を、一直線に振り下ろしていた。
「おもしろいわね」
私が言うと、え? ええ、とメイがあわててうなずいた。
何度も、何度も、やっていたおじいさんは、斧をおろして息をついた。
それからタオルで汗をふく。
私の方を見た。
「お嬢様は、こんなものがめずらしいかい」
とつまらなそうに言う。
「ええ」
「ふん」
おじいさんはまた斧を構えると、木を切り始めた。
さっきとはすこし別の角度から、木を削るように切っていった。
そうして、手を止めて汗をふく。
それをあと二回くりかえして、私たちを見た。
「いくぞ」
「え?」
おじいさんは、削れたのとは反対側に移動して、足でグイグイと、削った側へと押した。
すると、めりめりめり、という音とともに、木がゆっくりと倒れていった。
「わあ」
私は、離れているから影響はないというのに、思わず立ち上がっていた。
木が倒れると、おじいさんが笑った。
「お嬢様には、刺激が強かったか」
「すごいわ」
「こうやって切る」
「まだ切るの? 切ってしまっていいの?」
「切らねえと、魔物が出てきてるからなあ」
おじいさんは言った。
「どういうことかしら」
「最近、魔物がちょろちょろ出てきてるだろう。そういうのは、だいたい林から出てくる。じゃあ、なんで出てくるかっていえば、姿が隠せるからだな」
「じゃあ、全部切るの?」
私が言ったら、おじいさんは笑った。
「木の密度を減らせばいい。密集してるから、安心して出てくるんだ。お嬢様も、木がスカスカだったら、かくれんぼには使えないだろう?」
「なるほど。では、切ってください」
私が座り直すと、おじいさんは笑った。
「おれも年だ。そんなにぽんぽん切れん。まあ、ぼちぼちやるさ」
おじいさんが、地面についた斧に、軽く寄りかかって、腰をとんとんとたたいた。
「でも、早く切ったほうがいいのでしょう?」
「そりゃあまあな」
「だったらどうぞ。見たいわ」
「いや……」
おじいさんは、ちょっと不機嫌そうにした。
「おそらく」
メイが小声で言う。
「腰痛で、休んでらっしゃるのでは?」
「あら。おじいさん、腰が痛いの?」
私が言ったら、おじいさんはこっちを見た。
「こんなもん、休み休みやりゃあいいんだ」
「だったら、私が手伝いますわ」
おじいさんが口を開けたままこっちを見る。
「……ははは! お嬢様は、冗談も得意か!」
おじいさんが大笑いしていた。
「なにがおかしいのかしら」
「いや、そりゃあ、お嬢様。そんな、フォークしか持ったことがないような細っこい腕で、なにしようってんだ」
「ナイフもスプーンも持ったことがあるわ」
「口の減らねえお嬢様だ」
おじいさんは、斧をかついだ。
「お嬢様じゃあ、斧に振りまわされるだけだ」
「それなら平気だわ。私、斧を使わないもの」
「なに?」
「切ってもいいの?」
私は、椅子に使わずあまっていた剣を、空からひきよせた。
「な、なんだそりゃあ」
「どれを切っていいの?」
「あ?」
おじいさんは、無言で、自分の近くの木を示した。
「それね?」
私は剣を木に近づけた。
おじいさんは、なんだか変な顔で剣を見ながら、そうっと離れていく。
「あ、そうだわ」
このまま切ってしまったら、どこに倒れるかわからない。
かといって、おじいさんのように、狙った方に切り倒す方法には、どう切り込んでいったらいいのか、あまりよくわからない。
「メイ、立って。これも使うわ」
私は、椅子にしておいた剣も飛ばしていって、木をはさむように押さえた。
それから、木の根元近くを切った。
剣は、すっ、と幹を通り抜けた。きちんと押さえているせいか、それとも地面と水平に切ったせいだろうか。木は、さっきまでと変わらずしっかり立っているように見える。
私は、上で木を押さえていた剣を、ゆっくりななめに動かす。
すると木は切れていて、ゆっくり、木は倒れていった。
葉っぱが他の木とこすれる音や、細い枝がパキパキと音を立てるのが聞こえてくる。
私はゆっくりと、木を地面に倒した。
「これでいいのかしら」
「……」
おじいさんは、ぽかん、としていた。
ちょっとちがったのかもしれない。