06 元気なおばあさまね
「お嬢様、ありがとうございました」
メイの母が、深々と頭を下げた。
「これでよかったの?」
「ナナ様、大活躍でしたよ!」
メイが興奮したように言った。
「あとはなにをしたらいいのかしら」
「いえ、今日はもう、一日分くらいの仕事はしていただきましたよ!」
メイは言う。
「これで一日分の仕事?」
「はい! あの草は刈りにくくて、時間がかかるんです。こんなにかんたんにはできません!」
「そうです!」
メイ母子が言う。
「本当に? あなたたちなら、あれくらいの速さで草刈りができるんでしょう?」
「いえいえ! まさか!」
「無理です! ナナ様だからこそです!」
「またまた、そんなこと言って」
私が笑うと、メイ母子は真剣な顔で私がすごいと語る。
まったく、そんなに気を遣われるとわかりやすいわね。
まあ私も、お掃除が好きな方ではないけれど。
「じゃあ、お散歩でもしていていいの?」
「はい! わたしも行きます!」
「わたしもお供します」
ガドが言った。
私たちは、中に牛がいる草原の、柵の近くを歩いた。
「いいお天気ね」
晴れていて、風がすこしだけふいてくる。
草木の香りをふくんでいて、さわやかだった。
「柵の中に入ってもいいのかしら」
「だめですよ。牛は、おとなしくて頭がいいですけど、暴れることもありますから」
「そう」
私は牛を見た。
大きくて、のんびりしてて、そんなふうには見えないけれど。
でも、牛としてはちょっとふざけただけでも、私にとっては命がけになるかもしれない。
「命がけで牛と遊びたくはないわねえ」
「はい、そうです」
そのまま歩いていると、大きな石に腰かけているおばあさんがいた。
彼女も私たちに気づいたようだ。
「こんにちは」
私は言った。
「こんにちは」
おばあさんは笑顔であいさつを返してくれた。
おばあさんが腰かけている石は、同時に三人くらい座れそうな幅がある。
表面が平らで座りやすそうだ。
「あら、メイちゃん。ひさしぶりねえ」
おばあさんは言った。
「こんにちは!」
「お知り合い?」
「はい!」
「こちらのかわいらしいお嬢さんは、どちらの方?」
おばあさんは言った。
「こちらは、わたしが働いているお屋敷のお嬢様です!」
メイが大きな声で言った。
「あら。どうりできれいな子だと思ったわあ」
うふふ、とおばあさんが笑う。
「あらおばあさま。私でおどろいているようじゃ、お姉さまたちを見たら、美しさで心臓が止まってしまうかもしれませんよ」
「まあ」
おばあさんが大きく目を開いてから、また笑った。
そのとき、おばあさんの手があたって、杖が地面に倒れた。
メイがすばやく拾って、石に立てかける。
「ありがとう」
「いいえ」
メイが笑顔を返す。
「足が悪くてね。でも、家にずっといたら、もっと弱っちゃうでしょう? だから歩いているのよ」
「すごくやる気があるんですね。私だったら、足が悪くなったらきっと、ずっと昼寝してしまうと思うわ」
「まあ」
おばあさんは笑った。
「昔は、走るのも速かったのよ。とっても。だから、すこしだけさびしいときもあるわね。ふふ、この年でなにを言っているのかしら」
「でも、あなたたちみたいに元気に歩いているのを見ると、たまに、わたしも走ってみたいと思うこともあるわねえ」
「そうですか」
「ええ。飛ぶように走ってみたいわ」
おばあさんは、空を見た。
「飛ぶように、ですか?」
「ええ……」
「……そうだわ。それなら、飛んでみます?」
「え?」
おばあさんは、びっくりしたように私を見た。
「はー!」
おばあさんは大きな声を上げた。
私たちは剣に乗って飛んでいた。
走るよりもずっと速い。ぐんぐん速度を上げて、牛たちの上をぐるーりと飛んでいく。
私たちが乗っているのは、剣でつくった、座面と、背もたれ、それから体の前に体を座面に押しつけるようにしている剣だ。
座っている部分は小さいけれど、下、背中、前からぎゅうっと押しつけているので、しっかり固定されている。
そうして、メイ、おばあさん、私、という順番でならんで飛んでいた。
「もっと、もっと速くしていいわ!」
おばあさんは身を乗り出すように前のめりになり、目を輝かせていた。
「もっとですか?」
私は、剣の速さを上げてみた。
馬が走るくらいの速さになってきた。
「もっとよ」
「もっと?」
「もっとよ! いいわ!」
「もっとですか?」
「ナナ様、そろそろ……」
メイが小声で言う。
「そろそろ止める?」
メイを見ると、目を細くして、あまりまわりを見ないようにしながら、体の前の剣をしっかり握っていた。
「もっとよ! もっと! いいわ! はっはー!」
おばあさんは目を輝かせていた。
「ナナ様……」
メイの顔が白っぽくなってきた。
「そろそろ降りますね」
「もう一周! もう一周だけ!」
おばあさんが大きな声で言った。