03 もう一本
「これ、飛ぶわ」
剣は、私が思い浮かべた通り、また浮かび上がった。
地面と垂直に立てようとすればそうなる。
水平にしようと思ってもそうなる。
私の手元に近づけようと思えば、ふわふわ、私の近くまで……。
素早く、ガドが剣と私の間に入った。
「お嬢様、お気をつけください!」
「なにを?」
「剣が近くに」
「これは私が近づけてるのよ」
「本当にお嬢様が動かしているのですか?」
ガドが言う。
「そうよ。私が思いうかべたとおり、動いているわ。じゃあ、くるっとまわしてみる?」
剣が、その場でくるりと回転した。
「ガドをよけて、私のところに持ってくるわね」
剣は、ガドの横をゆっくりまわり込んで、私のすぐ前までやってきた。
今度は、ガドは剣の様子を見ているだけだ。
「だいたい、私の身長と同じくらいの長さね」
「くどいようですが。本当に、お嬢様が動かしているので?」
ガドは言う。
私は、剣の先を、土にちょっと刺した。
横棒を引く。
ちょっとずらして、縦に。
そして離れて横棒を引いて、縦棒を引く。
土に書かれたのは、ナナ、という字だ。
ガドから、はっとしたような、息を吸った音が聞こえた。
「お嬢様、すごいです……!」
メイが言った。
「すごいかしら」
「すごいです! 剣を動かすなんて」
「でも、動かせるものを動かしただけよ? メイだって、扉を開けたりできるでしょう? 同じよ」
「ああ……。え? いいえ……?」
メイが首をかしげた。
「これは、いったいどういう……」
ガドが、にらむように剣を見ていた。
私は、剣を近づけた。
「物をのせることってできるのかしら」
私は空中で剣を寝かせ、落ちていた石ころ拾う。
そして、剣の真ん中のところにのせてみようと、手をのばした。
「お嬢様!」
メイが鋭く言った。
「びっくりした。どうしたの?」
私は思わず手を引っこめた。
「お洋服が」
「あ」
袖のところが、ちょっと切れている。
全然、ふれたような感触がなかった。
「いまので切れたの?」
私は、持っていた石をのせるのではなく、剣の刃にあてて見た。
「あ、すごいわ」
まるで、ケーキでも切っているみたいに、刃が石にすっ、とめりこむ。そのままするする切れていく。
「お嬢様、おさがりください!」
メイが私の腰を抱くようにしてぐいぐい引っぱる。
「ちょっとメイ」
「ナナ様、あぶない!」
「よけい危ないわ。だいじょうぶ、メイ、平気よ。剣は私の言うことをきくんだから」
「でも」
メイは力を抜いたけれど、まだ私の腰にしがみついている。
「なかなかの切れ味ですね」
ガドが、まじまじと剣を見ていた。
そのとき、ギギッ、と声がした。
建物の近くに、またネズミが顔を出していた。
ついさっきのネズミよりも、すこし大きいように見える。口元からはよだれをたらしていた。
「あまりお行儀はよくないわね」
「おさがりください。空腹なのでしょう、キバネズミはそれほど積極的に攻撃してきませんが、あれはかまわず襲ってくるかもしれません」
「じゃあ、これで追い払っちゃうわ」
私は、すいーっ、と剣を飛ばした。
すぐ逃げると思っていたけれど、ネズミは剣を見ていなかった。
私はネズミの前で、ちょいちょいっと剣を振る。
「あっちへ行きなさい。ガドに切られちゃうわよ。……ちょっと、あっちへ行きなさい。ほら!」
私は、ネズミの前で大きく剣を振った。
全然見ない。
「もう、ほら!」
剣を振りながらネズミの顔に近づけていったときだった。
あっ、と思ったときには剣がネズミにあたって、顔がきれいに、まっぷたつ。
血がいっぱい出てくるのかと思ったら、切れたネズミは光って。
細長く伸びていった。
そして、ひとつのかたまりになった。
「あら」
落ちていたのは、さっきと同じ形の剣だった。