22 これが、失恋……?
ひげの人を引きわたした私たちは、お城に案内された。
「こちらでお待ち下さい」
部屋に案内されて、しばらく二人でいた。十人くらいがゆったりしていられるような、テーブルと椅子がある部屋だ。
窓からは、中庭をながめることができる。
「お母さま、きれいなお庭だわ。お母さまが好きなお庭かしら」
私が言うと、お母さまが注意した。
「あまりうろうろしないようにね」
いつものお母さまにもどったようだ。
扉がノックされた。
「はい?」
「失礼します」
男の人が入ってきた。
お母さまが、とたんに立ち上がった。
「どなた?」
私が言うと、お母さまがすごい顔で私を見る。
「ニジア大臣ですよ!」
「あら。ニジア大臣、はじめまして。ナナです」
大臣は、変な顔で私を見た。
大臣は、ひげをはやしているけれども、ひげの人とは全然ちがう。
そういう布をはりつけたみたいに、黒い光沢のあるひげが、鼻の下にたくわえられていた。
お父さまと同じくらいの年齢だろうか。身長は私と同じくらいだ。
「今回、盗賊を捕まえてくれたそうだな。大臣として、感謝を申し上げる」
大臣は、全然感謝していないみたいに言った。
「いえ、大臣直々に、わざわざ……」
お母さまが頭を下げるので、私も同じようにした。
「なに、バウンゴーとは無関係ではない。よい働きをしてくれた。国の平和につながることだ」
「もったいないお言葉です」
「褒美は充分にあたえる。詳しい話は、係の者に聞いてもらおう。この部屋で待っているといい。ではな」
大臣が部屋を出ていこうとした。
「あの」
私は言った。
「なんだ」
大臣が、じろりと私を見る。
「ナナヒカリさんは、ご無事ですか?」
「……なにが言いたい」
「なにって、そのままですわ。ナナヒカリさんは、お付きの人と走っていってしまったので。さっき、すこしお見かけしましたけど……」
「ナナ」
お母さまが、注意するように私を見る。
「なにが言いたい」
大臣はじろりと私を見る。
どういう意味だろう。
私は言いたいように言ったのに。
「褒美は与える。それでは満足できないというのだな」
「よくわからないのですが……。ナナヒカリさんは、私と結婚するとおっしゃってくれましたわ。だから、私は心配しているのですけれど」
「その話はない」
「ナナ。もうその話は」
「でも、ナナヒカリさまと、まだきちんとお話していないわ。お母さまが私を大切に思ってくれているのはうれしいけれど、きちんと話をしないと」
「妻を見捨てて逃げるような人とは、結婚させられないわ」
お母さま言うと、大臣のまゆげがぴくりと動いた。
でもなにも言わなかった。
「まだ会食の段階のお話ですから、王家にとっても不都合はありませんものね?」
「……褒美を与える。以上だ」
大臣は、くるりと後ろを向いて、部屋を出ていこうとした。
「あの」
「……なんだ」
大臣が迷惑そうに振り返る。
「またナナヒカリさまとお話に来てもいいかしら」
「お前は話を聞いていないのか?」
「でも、私、よく考えてみたんです」
好きなだけ昼寝。
好きなだけ散歩。
そんなことを言ってくれた人がいただろうか。
いいえ。
「ナナヒカリさまは、私の運命の人だと思うのです。今度からは、私がちゃんとナナヒカリさまをお守りするわ。それならいいでしょう? だから、ナナヒカリさまと一緒に」
「もういい加減にしてくれ!」
急に部屋に入ってきたのは、ナナヒカリさまだった。
「あら!」
「お前は一体、どうやって帰ってきたんだ! いや、それより、見捨てたぼくに、こんなにこだわるなんて……。まさか……。この件で、おどす気か……?」
「おどす?」
私は首をかしげた。
「おどすって……。盗賊に囲まれたナナヒカリさまが、私たちを置いていってしまったこと? それを、私たちがいつまでも言って、嫌がらせをしようとする、っていうことかしら」
ナナヒカリさまの顔が引き締まる。
大臣の顔も引き締まる。
「そんなことはしないわ。誰にも言いません。なんといっても、私は、ナナヒカリさまと一緒に、ずっと、平和に暮らすのですもの。ずっと一緒でしょう? ねえ?」
私が一歩前に出たら、ナナヒカリさまが一歩さがる。
「どうされたの?」
「……」
「ナナヒカリさま」
一歩出る私。
一歩さがるナナヒカリさま。
二歩出る私。
二歩さがるナナヒカリさま。
「あなたは、私を幸せにしてくれるんですよね? だから、二人でがんばっていきましょう!」
「ぼ、ぼくは……」
「ナナヒカリさま?」
ナナヒカリさんは、床にひざをつくと、手をついた。
「もうしわけなかった! 許してくれ……!」
「ナナヒカリさま?」
私は、ひざをついて、ナナヒカリさまの手を取った。
「私はあなたとともに。ナナヒカリさま」
「ぼくは、自分が助かりたくて……」
「それはだいじょうぶなので」
「わかってるんだ……。自分は、こんな人間じゃあ、だめだってことくらい……」
「だいじょうぶ! 私がなんとかします! 剣を使うのは得意みたいなので!」
「父上が言う通り、兵団に入って、根性をたたきなおすべきだ、ぼくだって、そう思ってる……。でも、でも……、生まれ変われるなんて、本当は、思ってないんだろう……?」
なんの話だろう。
「私は、いまのナナヒカリさんでだいじょうぶですよ!」
「許してくれ……」
「許しますよ、だから、これから二人の家庭を築きましょう?」
「わかった、もう、君には近寄らない、だから許してくれ!」
「ナナヒカリさま?」
ナナヒカリさまは、目を閉じて、それからゆっくり開いた。
「……おい、ニジア。ぼくは、遠征修行に参加するぞ」
「王子、それは本当ですか!?」
大臣さんが大きな声を出した。
「ああ。このままここにいるよりずっとマシだ! おいナナ」
「はい!」
やっと名前を呼んでくれた。
「ぼくは当分この城にはもどらない!」
「えっ?」
「いや、二度ともどらないかもしれない! 仮に、もどってくることがあったとしても、お前とは別の人間と結婚をしたあとだ! お前と結婚することは絶対にない! ぼくは、別の人間に生まれ変わる。生まれ変わってみせる! もう、こんな気持ちは二度と味わわない! くそう!」
そう言って、ナナヒカリさんは走っていってしまった。




