表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/50

01 ネズミが剣になったわ

 翌日は、朝から馬車に乗せられた。

 屋根があるきちんとしたお出かけ用の馬車ではなく、座席が四つある方のかんたんな馬車だ。


 前の席には私とメイがならんで座る。うしろの座席にはガドが座っていた。

 御者台にいるのは馬の世話もしてくれている、馬おじさんだ。


「よろしくね、おじさん」

 私が話しかけると、笑顔でゆっくりとうなずいた。

 名前をきいても、馬おじさんでいいよ、と言うだけのおだやかな人だった。いちおう、本当にウマオジサン、という名前かもしれないと私は思っている。


「よろしくおねがいします」

 うしろからガドの声がした。


「よろしく」

 私は軽くあいさつをする。


 ガド。

 髪は白い。おじさんか、おじいさんかわからない。

 でもお父さまよりも背筋がぴんとしていた。

 昔は、王都で働いていたらしい。お父さまやお母さまが出かけるときに、護衛として、一緒に出かけるのは見たことがある。


 のんびりと馬車が走り始めた。


「メイの村って遠いのかしら」

「お昼までには、到着するかと思います」

「そう。じゃあ、ついたら起こしてね」

 私は目をつぶった。

 馬車のゆれがちょうどいい。私はすぐ夢の世界にもどっていった。



「ナナ様、ナナ様」

 メイの声と、私をゆらす手を感じた。


「……うん? メイ?」

「はい」

「もう、ついたら起こしてって言ったでしょう」

「到着しました」

「えっ?」


 もう、どこまでも広がる草原ではなくなっていた。

 左手には、さっきまでは見られなかった山がいくつもある。右手には、近くには道のそばに柵で仕切られた草原が、その奥には木がたくさん。林が広がっているようだ。

 柵の中には、何頭もの、大きな生き物がいた。


「牛だわ」

 彼らはのんびりと草を食べていた。

 メイは牛に手を振った。

 すると牛が顔を上げる。


「わかるのかしら」

「はい」

「思ったより賢い生き物なのね」

「はい、そうなんです!」

 メイはうれしそうに言った。


 馬車がさらに進むと、街道で待っている人がいた。

 男性が二人、女性がひとり。

 メイが手を振ると、人影のうち、女性が手を振り返した。


 男の人たちは、お父さまよりも年上に見える。

 女性はお母さまより若そうだ。


 私たちが降りていくのを待って、一番年上に見える人が口を開いた。

「ようこそいらっしゃいました、ナナお嬢様。わたしはこの村の村長をしております、スントと申します」

「ナナです。あら? でも、どうして私がここに来ることを知っていたのかしら」

 昨日決めたばかりなのに。


「先に連絡を受けましたので」

「そういう連絡方法があるのね。便利だわ。では、一週間、こちらでお世話になります」

「奥様からうかがっております。つらくなったら、いつでもおっしゃってください。すぐ、お屋敷までお送りしますよ」

 村長さんは言った。


「おかえりなさい、メイ」

 女性が言うと、メイは顔をほころばせた。

「ただいま!」

 そう言ってから、私の顔を見る。


「メイのお母さま? 私はナナです。いつも、メイにお世話してもらっています」

 頭を下げた。

「そんな、とんでもない、頭をお上げください」

 すぐ上げた。


「では、さっそくメイの家に行こうかしら」

「ナナ様、すぐ帰ってもいいとうかがってますから」

 メイが言う。

 その顔が変に必死で、私はすこし笑ってしまった。



 村長さんたちと別れ、メイ母子と一緒に歩いていった先は、一階建ての建物の前だった。

 木造で、古びた印象だった。

 壁は雨風にさらされてすっかり灰色になっている。それに屋根は、木の板ではなく、細長い植物を束ねたものを、大量にならべているみたいだった。

 植物の屋根の間から、ひょっこり、緑色の草が生えていた。

 

「おどろきましたよね……」

 メイが言った。


「ナナ様のお屋敷と比べたら、物置小屋のようです」

「見て、あそこ。家から草が生えてるわ」

 私は草を指した。

「え、ええ……」

「この家は生きているみたい。家って、そういうものじゃないわよね? おもしろいわ」


 メイはじっと私を見た。

「あの、本当にこちらで……?」

「ええ。あ、ちがったわ。物置小屋はどこ? 私はそこよね?」

「いえ、まさか」

「もしかして、物置小屋は、ここじゃないのかしら。どこ?」

「いえ、まさか、本当に物置小屋に泊まっていただくわけには!」

「でもそれじゃあ、迷惑でしょう? そうだわ。さっきの馬車にはまだいてもらって、今夜は馬車で寝ようかしら。それならじゃまじゃないものね。でも毛布は貸してもらわなきゃ」

「そんな! それでしたら、中でおやすみください!」

「そうです! わたしたちが外で」

 メイ母子が必死に言う。


「それはいけないわ。あなたたちの家じゃない」

「場所はあります! ただ、お嬢様にはふさわしくないだけで」

「そうです、汚れていますから!」

 メイ母子が言う。


「つまり、私もお掃除を手伝えばいいのね? お掃除って、私あんまりしたことないけれど、どうやるのかしら」

「いえ、すぐお掃除をします!」

「お嬢様はお休みください!」

 メイ母子が必死に言う。


「でも私は、ひとりで暮らせるようにするために来たのよ。お掃除も、したことがないわけではないのだから、一緒にやるわ。よいしょっと」

 私は、すぽん、とスカートを脱いだ。


「お嬢様!?」

 メイが目を白黒させる。


「ふふ。ちゃんと、いいものをはいてきたわ」

 動きやすいよう、中にズボンをはいてきたのだ。


「こんなにふくらんだスカートをはいていたら、ひっかけてしまうものね。メイ、ほうきを出しなさい」

「は、はい!」

「メイ! お嬢様にそんなことをさせるんじゃありません!」

「は、はい!」

「メイ。私が言っているのよ。出しなさい」

「は、はい!」


「メイ!!」

「メイ!?」

「は、は、はい!?」

 メイが目を白黒させながら、家の近くにある小屋の方へと向かっていった。


 そのとき。

「あら?」


 なにか、メイの家の、壁の近くでうごいたような気がした。

 壁の近くに落ちている、板切れが、動いたような。


 私は、歩いていって、その板切れをめくってみようと……。


「わっ」

 目の前に背中があった。


「ナナ様、勝手に動かぬよう」

 振り返ったのは、ガドだった。


「あなた、どこにいたの?」

「おさがりください」


 言われたように、三歩離れた。


 そのとき、板がめくれた。


「あら」


 下から出てきたのは、ネズミだった。

 でも、ネズミにしては、口からはみ出てしまうほどの、立派な牙だ。

 私を見ると、ギッ! と鳴いて、地面にふんばった。


「あれは魔物です」

 ガドが腰の剣に手をそえる。


「魔物……。初めて見たわ」

「ですから、おさがりください」

「じゃあ、私も手伝うわね」


 私は、近くに落ちていた小石を拾った。


「ほら、あっちに行きなさい!」


 ひゅっ、と投げると。

 ちょうど、ネズミのおでこに、石が当たった。

 ぱたん、とあおむけにひっくり返った。

 動かない。


「……死んじゃったの?」

「そのようですね」

「そんなにかんたんに?」

「当たりどころがよかったのでしょう」

「なんだか、悪いことしちゃったわ」

「お嬢様、行動をとるときは」

 ガドがなにか話を始めかけたとき、ネズミがぼんやり光ったと思うと、みるみる形を変えていった。


 そして、それは、剣の形になった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ