01 ネズミが剣になったわ
翌日は、朝から馬車に乗せられた。
屋根があるきちんとしたお出かけ用の馬車ではなく、座席が四つある方のかんたんな馬車だ。
前の席には私とメイがならんで座る。うしろの座席にはガドが座っていた。
御者台にいるのは馬の世話もしてくれている、馬おじさんだ。
「よろしくね、おじさん」
私が話しかけると、笑顔でゆっくりとうなずいた。
名前をきいても、馬おじさんでいいよ、と言うだけのおだやかな人だった。いちおう、本当にウマオジサン、という名前かもしれないと私は思っている。
「よろしくおねがいします」
うしろからガドの声がした。
「よろしく」
私は軽くあいさつをする。
ガド。
髪は白い。おじさんか、おじいさんかわからない。
でもお父さまよりも背筋がぴんとしていた。
昔は、王都で働いていたらしい。お父さまやお母さまが出かけるときに、護衛として、一緒に出かけるのは見たことがある。
のんびりと馬車が走り始めた。
「メイの村って遠いのかしら」
「お昼までには、到着するかと思います」
「そう。じゃあ、ついたら起こしてね」
私は目をつぶった。
馬車のゆれがちょうどいい。私はすぐ夢の世界にもどっていった。
「ナナ様、ナナ様」
メイの声と、私をゆらす手を感じた。
「……うん? メイ?」
「はい」
「もう、ついたら起こしてって言ったでしょう」
「到着しました」
「えっ?」
もう、どこまでも広がる草原ではなくなっていた。
左手には、さっきまでは見られなかった山がいくつもある。右手には、近くには道のそばに柵で仕切られた草原が、その奥には木がたくさん。林が広がっているようだ。
柵の中には、何頭もの、大きな生き物がいた。
「牛だわ」
彼らはのんびりと草を食べていた。
メイは牛に手を振った。
すると牛が顔を上げる。
「わかるのかしら」
「はい」
「思ったより賢い生き物なのね」
「はい、そうなんです!」
メイはうれしそうに言った。
馬車がさらに進むと、街道で待っている人がいた。
男性が二人、女性がひとり。
メイが手を振ると、人影のうち、女性が手を振り返した。
男の人たちは、お父さまよりも年上に見える。
女性はお母さまより若そうだ。
私たちが降りていくのを待って、一番年上に見える人が口を開いた。
「ようこそいらっしゃいました、ナナお嬢様。わたしはこの村の村長をしております、スントと申します」
「ナナです。あら? でも、どうして私がここに来ることを知っていたのかしら」
昨日決めたばかりなのに。
「先に連絡を受けましたので」
「そういう連絡方法があるのね。便利だわ。では、一週間、こちらでお世話になります」
「奥様からうかがっております。つらくなったら、いつでもおっしゃってください。すぐ、お屋敷までお送りしますよ」
村長さんは言った。
「おかえりなさい、メイ」
女性が言うと、メイは顔をほころばせた。
「ただいま!」
そう言ってから、私の顔を見る。
「メイのお母さま? 私はナナです。いつも、メイにお世話してもらっています」
頭を下げた。
「そんな、とんでもない、頭をお上げください」
すぐ上げた。
「では、さっそくメイの家に行こうかしら」
「ナナ様、すぐ帰ってもいいとうかがってますから」
メイが言う。
その顔が変に必死で、私はすこし笑ってしまった。
村長さんたちと別れ、メイ母子と一緒に歩いていった先は、一階建ての建物の前だった。
木造で、古びた印象だった。
壁は雨風にさらされてすっかり灰色になっている。それに屋根は、木の板ではなく、細長い植物を束ねたものを、大量にならべているみたいだった。
植物の屋根の間から、ひょっこり、緑色の草が生えていた。
「おどろきましたよね……」
メイが言った。
「ナナ様のお屋敷と比べたら、物置小屋のようです」
「見て、あそこ。家から草が生えてるわ」
私は草を指した。
「え、ええ……」
「この家は生きているみたい。家って、そういうものじゃないわよね? おもしろいわ」
メイはじっと私を見た。
「あの、本当にこちらで……?」
「ええ。あ、ちがったわ。物置小屋はどこ? 私はそこよね?」
「いえ、まさか」
「もしかして、物置小屋は、ここじゃないのかしら。どこ?」
「いえ、まさか、本当に物置小屋に泊まっていただくわけには!」
「でもそれじゃあ、迷惑でしょう? そうだわ。さっきの馬車にはまだいてもらって、今夜は馬車で寝ようかしら。それならじゃまじゃないものね。でも毛布は貸してもらわなきゃ」
「そんな! それでしたら、中でおやすみください!」
「そうです! わたしたちが外で」
メイ母子が必死に言う。
「それはいけないわ。あなたたちの家じゃない」
「場所はあります! ただ、お嬢様にはふさわしくないだけで」
「そうです、汚れていますから!」
メイ母子が言う。
「つまり、私もお掃除を手伝えばいいのね? お掃除って、私あんまりしたことないけれど、どうやるのかしら」
「いえ、すぐお掃除をします!」
「お嬢様はお休みください!」
メイ母子が必死に言う。
「でも私は、ひとりで暮らせるようにするために来たのよ。お掃除も、したことがないわけではないのだから、一緒にやるわ。よいしょっと」
私は、すぽん、とスカートを脱いだ。
「お嬢様!?」
メイが目を白黒させる。
「ふふ。ちゃんと、いいものをはいてきたわ」
動きやすいよう、中にズボンをはいてきたのだ。
「こんなにふくらんだスカートをはいていたら、ひっかけてしまうものね。メイ、ほうきを出しなさい」
「は、はい!」
「メイ! お嬢様にそんなことをさせるんじゃありません!」
「は、はい!」
「メイ。私が言っているのよ。出しなさい」
「は、はい!」
「メイ!!」
「メイ!?」
「は、は、はい!?」
メイが目を白黒させながら、家の近くにある小屋の方へと向かっていった。
そのとき。
「あら?」
なにか、メイの家の、壁の近くでうごいたような気がした。
壁の近くに落ちている、板切れが、動いたような。
私は、歩いていって、その板切れをめくってみようと……。
「わっ」
目の前に背中があった。
「ナナ様、勝手に動かぬよう」
振り返ったのは、ガドだった。
「あなた、どこにいたの?」
「おさがりください」
言われたように、三歩離れた。
そのとき、板がめくれた。
「あら」
下から出てきたのは、ネズミだった。
でも、ネズミにしては、口からはみ出てしまうほどの、立派な牙だ。
私を見ると、ギッ! と鳴いて、地面にふんばった。
「あれは魔物です」
ガドが腰の剣に手をそえる。
「魔物……。初めて見たわ」
「ですから、おさがりください」
「じゃあ、私も手伝うわね」
私は、近くに落ちていた小石を拾った。
「ほら、あっちに行きなさい!」
ひゅっ、と投げると。
ちょうど、ネズミのおでこに、石が当たった。
ぱたん、とあおむけにひっくり返った。
動かない。
「……死んじゃったの?」
「そのようですね」
「そんなにかんたんに?」
「当たりどころがよかったのでしょう」
「なんだか、悪いことしちゃったわ」
「お嬢様、行動をとるときは」
ガドがなにか話を始めかけたとき、ネズミがぼんやり光ったと思うと、みるみる形を変えていった。
そして、それは、剣の形になった。