皇国の歪
「ええと、順を追って説明してもらってもいいかな?」
アリオーシュ家の自室に戻ったゼロは、ベッドに横並びに腰かけるユフィへ声をかける。
頭の中もある程度整理できたのか、ユフィの表情は先ほどよりもだいぶ落ち着いていた。
「うん、ええとね、まずシレンくんは、さっきも言った通り皇国諜報部を取りまとめるフーラー家の人で、凄腕の諜報員なんだ」
「たしかに、全く隙がなかったな」
戦って負けると思ったわけではないが、彼の実力を読み切れなかったのを思い出し、凄腕という言葉に納得するゼロ。
「諜報部と皇国軍は連携するからさ、よくフーラー侯爵と一緒にうちに来てたから、私はシレンくんとは面識があるんだ。けっこう小さい頃から会ってたから、友達? みたいな感じなんだけど……そういえば、シレンくんとゼロは同い年かも」
「ほうほう」
記憶をたどりながら話すユフィの横顔を眺めつつ、ゼロは適当な相槌を打つ。年齢はよくわからなかったが、思ったよりも若いのだな、とゼロは思っていた。
「それで、彼が……死んだ、って言ってた東公っていうのは……」
言いづらそうに、そして悲しそうになるユフィへ、心配そうな表情を浮かべるゼロ。
「フリードリヒ・イース・ホーエンヴェハイム、皇国東部を治める皇国御三家、イース・ホーエンヴェハイム家の当主で……セレマウのお父さんなの」
「!!」
ユフィの言葉に、ゼロもあまりの衝撃に言葉を失う。
『セレマウ様のお父様って、まだ亡くなるような年齢ではないのでは?』
二人しかいない室内に、新たな女声が加わってくる。
姿なき声は、ゼロの右手首につけられたブレスレットから発せられていた。
『うん、ウォービル様とそう変わらない年齢のはずだし、ご病気という話も聞いたことはないから……ちょっと不穏な空気がするね』
姿なき声に応えるのは、また別の姿なき声。今度はユフィの右手首につけられた、白いブレスレットから発せられていた。
姿なき声の主は、エンダンシーと呼ばれる世にも珍しい可変武器で、リトゥルム王国では2貴族家が、セルナス皇国では3貴族家のみが所有する意思を持った武器である。
所有者の想像力と魔力に応じてその姿を変化させ、戦場では強力な兵器として活躍する存在だ。
ゼロが所有するエンダンシーはアノンという名を持ち、世にも珍しいエンダンシーの中でも特に珍しい、万能変化が可能なエンダンシーであり、戦場では剣となり、盾となり、時には寒さをしのぐ防寒具となり、あらゆる場面で活躍するゼロの相棒でもある。
ユフィが所有するエンダンシーはユンティという名を持ち、遠隔攻撃を得意とし、ユフィは彼女を用いて矢を持たずとも、魔力の矢で遠くの敵を攻撃することができる。
ゼロとユフィは両国で最上位に近い戦闘力を有する存在だが、その背景には彼女たちの存在があるのは言うまでもない。
姿なき声が会話に参加してきたが、アノンが言ったことはゼロも思ったところだった。
セレマウはまだ16歳で、たしか彼女には弟や妹がいるとしか聞いていない。今年18歳になったゼロの父であるウォービルもまだ45歳であり、それを基準として考えれば、まだセレマウの父親も40代だろうと推測し、病死するには早すぎると想像していた。
「法皇になるってことは、神の代理人になることを意味するから、家族との縁を絶たなきゃいけないんだけど……これを知ったらセレマウは泣いちゃうだろうなぁ……」
王国東部にやってきて半年が過ぎたユフィだが、この期間彼女は一度も皇国には戻っていない。ゼロが意識を取り戻す前も、ゼロの父であるウォービルの手伝いや、妹のセシリアの面倒を見るために、約3年半一緒にいたセレマウのそばを離れたのだ。
久しく会っていない大切な親友の胸中を想い、ユフィの表情は哀しみに満ちていた。
そんなユフィを見て、たまらずゼロは彼女を抱き寄せる。
ゼロの腕に包まれながら、彼女はゼロの温もりを感じながら、身をゆだねていた。
「……暗殺か?」
『その可能性は、高い気がしますね』
ゼロの脳裏に浮かんだ言葉に答えるユンティ。
皇国首都の中央貴族と、東部・北部・南部を治める皇国御三家の関係性は決して良好ではないというのはゼロも知っていた。
既に没落してしまったが、中央貴族の筆頭だったコライテッド公爵家の思惑で法皇に据えられたセレマウが、3年近くコライテッド公爵に政治を委ねていたことも御三家には不満だったと聞いている。
さらにセレマウが独断で王国との同盟を決めてしまったことも、御三家を刺激する要因となってしまった。
カナン神を信仰するカナン教の下、結託していると思わせる宗教国家セルナス皇国だが、その実態は権力を狙う欲にまみれた歪さを秘めているのだ。
セレマウの出身地である皇国東部は、比較的穏健な思想を持つが、北部や西部はそうではないと聞いているゼロは、先ほどシレンが言っていた話に様々な想像を巡らせる。
そうして出た結論は、おそらく法皇であるセレマウへの何かしらの訴えを伴った威嚇行為としての、暗殺。
「『祈り、信じ、手を取り合え』じゃねーのかよ……」
ユフィを抱きしめる腕に少しだけ力を増し、カナン教の聖典の一節を口にするゼロ。
人々をまとめ上げる地位にあるはずの貴族こそ、手を取り合うべきであるはずなのに、そうはならない世界にゼロは憤る。
「私、セレマウのそばにいきたい……。あの子は泣いちゃうかもしれないけど、せめて近くにいてあげたい……!」
ゼロの胸へ額を押し当てるユフィの声には、少しだけ嗚咽が混ざっていた。
彼女の優しさを感じ、ゼロは優しい表情で彼女の背中をさする。
「うん、行ってあげよう。明日、皇国へ向かおう」
セレマウは先日ゼロが意識を取り戻したと聞いて、わざわざ王都までお見舞いにきてくれたような心優しい少女だ。
死んだ人は蘇らず、父の死を聞いた彼女が悲しむことは避けられないだろうが、それでも、少しでも支えられれば、そう思う。
シレンから情報を得た翌日、ゼロとユフィの二人はセレマウのために皇国首都を目指すのだった。
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次話より再び皇国首都へ場面が移ります。