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彼女の気持ち

第1話の場面です。

セレマウとルティーナも出会って5か月が経ちました。

「まったく、こんな時間にどうされたんですか?」

 困ったような口調はしているものの、ルティーナは穏やかな笑顔をセレマウへ向けていた。

 セルナス皇国で過ごすようになってから早5か月。それだけの期間があれば、法皇セルナス・ホーヴェルレッセン89世が、いや、セレマウという少女がどういう人間なのかを知るには十分だった。

 訓練していた模擬刀を机の上に置き、部屋に入ってきたセレマウを招き入れる。

 この部屋はかつてユフィが過ごしていた部屋の隣であり、爵位の上では公爵位の出自である彼女へ配慮された部屋だった。

 セレマウの侍女であるナナキはミュラー子爵家の出身であり、爵位の関係で彼女の自室は5階にあるため、近くにある彼女の部屋にやってきたのだろう。

「ちょっとさ、外の空気が吸いたくて」

 袖口から指先だけが出るほどの、少し大きめの純白の絹のパジャマ姿で上目遣いに見つめてくるセレマウは、思わず抱きしめたくなるほど可愛らしい。

 自分も騎士を目指さず、貴族令嬢としての人生を歩んでいれば、彼女のような素直さと可愛らしい振る舞いができたのだろうか。

――いや、無理。これはセレマウ様だから。うん、私には無理。

 少しでもそんなことを考えた自分を全否定しつつ、ルティーナは浮かんだ考えをおくびにも出さずセレマウの次の言葉を待っていた。

「ちょっとだけ、外でていい?」

 ルティーナより小柄な彼女が、上目遣いで小さく首を傾げてお願いしてくるのだから、彼女はずるいと思う。

 そもそも自分よりも上の立場なのだから、命令されればルティーナはそれに従うしかないのだ。

 だが、セレマウはそうはしない。

 ルティーナにも、ナナキにも、自分のわがままを言いたい時は必ず許可を取る。

――陛下とは、全然違うなぁ……。

 リトゥルム王国の王城にいるであろう、女王アーファ・リトゥルムは大人顔負けの冷静さと冷徹さを備えた少女だ。黙っていればお人形のように可愛らしい金髪碧眼の美少女なのに、基本的には命令か毒舌な言葉を吐くのだから、今目の前にいるセルナス皇国の統治者たるセレマウとアーファが親友関係というのがルティーナには理解できなかった。

「どうしましょうかねぇ……」

「えーっ」

 絶対に言うことを聞いてくれるだろうという目論見でやってきたセレマウに、少しだけいじわるしたくなったルティーナは悪い笑顔を浮かべ、簡単には許可を出さない。

 わざとだというのに、軽く涙目になったセレマウがわたわたと狼狽えだすのだから、可愛いものだ。

「冗談ですよ。でも、パジャマ姿はダメですよ?」

「えー、このパジャマがボクと離れたくないって言ってても?」

「そのパジャマは外には出たくないよう、って言ってるのが聞こえませんか?」

「むむ……たしかに、言ってるかも?」

「ほら、そうでしょう? 私のサイズなので、少し大きいかもしれませんが、今お召し物を用意しますから、少しお待ちくださいね」

「ん、わかったっ」

 5か月前は、まさかここまで彼女を好きになるとは思わなかった。


 だが、セレマウの優しさや思いやり、純粋さに触れるうちに、ルティーナは彼女に魅了されてしまった。

 まだセレマウと呼び捨てにして呼ぶことはできないが、セレマウもルティーナを信頼してくれているのだろう。

 セレマウを自分の私服――とはいっても皇国からもらったものだが――の薄紫の法衣に着替えさせ、ルティーナは軍服のまま部屋を後にするのだった。



「ナナキには声をかけなくてよろしいのですか?」

「うん、ナナキは明日、人が会いに来るから今日はミュラー家に戻ったんだよ~」

「あら、そうだったのですか」

 人が会いに来る、とはおそらく彼女の恋人のルー・レドウィンのことだろう。

 不思議な縁で出会った二人は、不思議な縁で戦場を共にし、恋仲になったという。

 普段は冷静で落ち着き払った彼女が、恋人の前では恥ずかしがったりするのだから、恋とは不思議なものだとルティーナは思う。

「ルティーナは、ルーさんとは一緒に戦ったことはないの?」

 ルー・レドウィンが先だってアーファが皇国に潜入した計画の折、ゼロとともにアーファを守り、戦場でも一定以上の功績が認められたためブラウリッターに昇格したという話は聞いていたが、ブラウリッターに昇格後すぐに南部中立都市同盟への潜入任務を続けていたルティーナはルーと任務を共にしたことはない。

「ありませんね。私はずっと、南部同盟に潜入していましたから」

 団長含めたった10人しかいないブラウリッターなのに、ほとんど話したことがない仲間がいるという不思議さに自分でも苦笑いしながらルティーナは答える。

 そんな会話をしながら塔の階下へ進む階段を降りて行くが、やはりこの時間にすれ違う者はいないようだ。

「でもルーさんといる時のナナキは、いい顔してますよね」

 セレマウの警護役に就任してからの5か月で、何度かセレマウのお供として王都に戻ったのだが、その度にルーがナナキに会いに来るので、彼女らが一緒にいるところは何回か目にしている。

 当たり障りない挨拶を交わした程度しか記憶にないが、その時のナナキはいい笑顔を見せるのだ。それはルティーナにとっても、不思議と温かい気持ちになるものだった。

「そうだね~。……ルティーナは、好きな人とかいないの?」

 何気ないセレマウの質問に、どう答えたものかルティーナは返答に困った。

 セルナス皇国の法皇とは、生涯を神のために未婚で過ごすことが決まっている。自由な恋愛のできない彼女と、この手の話をするのは少し気が引けるのだ。

 それにそもそもルティーナには好きな人など――

「ユフィとゼロさんとか、ナナキとルーさんとか、みんな幸せそうでボクも嬉しいなぁ」

 不意に彼女が口にしたゼロの名に、ルティーナの表情が一瞬固まる。

「好きかどうかは分かりませんが、団長は尊敬できる人だと思っていますよ」

 そして気が付くと彼女はそんなことを言ってしまっていた。

 彼女の言葉に何を感じたか分からないが、珍しくセレマウが何かを言いかけたまま「あー」と言葉を濁す。

「た、たしかにゼロさんはすごい人だよね~。うん、あんなに綺麗な顔して、あんなに強くて、優しいとかさ、ちょっと反則って感じ?」

 そして言いよどんだまま、少しだけ早口でそう言うのだった。

「ボクもこんな立場じゃなかったら、好きになってたかもしれないな~」

「“も”? べ、べつに私は団長を尊敬しているだけで、す、好きなどと思っているわけではありませんよ!」

 しまった、という顔を浮かべるセレマウと、頬を赤らめつつ、はっとした表情で首を振るルティーナ。

「………………」

「………………」

 そうして少し間を置き、階段を降りる足を止めて二人は顔を見合わせて笑いだす。

「そうですね、自覚していなかったけれども、今口にして分かりました。私は、団長のことが好きだったんだと思います。団長のご両親のように、戦場で背中を預け合う二人になりたかったんです」

 再び階段を下り出しながら、ルティーナは吐き出すように自分の胸に浮かんだ言葉を吐き出しだす。

「そっか、ゼロさんのご両親は戦場で出会ったんだったね」

「ええ、それはもう有名なお話ですよ。私が住んでいた王国西部でも有名だったくらいですから」

「ほほう」

 階段を降り切って、しーんと静まり返った礼拝堂を抜け、衛兵に向けてしーっと口元に指をあてながら門を開けさせると、二人はひんやりとした空気が心地よい塔の外へと到着する。

「ユフィさんとお会いしたことはありませんけど、羨ましいですね」

 ゆったりと歩きながら、ずっと胸につかえていた言葉を解放する。

 初めてゼロを見たあの日、初めて任務を共にしたあの日。ゼロと話した回数は多くないが、それはルティーナにとって大切な思い出だった。

 宝物を取り出して眺めるように、その時を思い出しながら語るルティーナの横顔を、セレマウはじっと見つめる。

「な、なにかついていますか?」

 セレマウの視線に気づいたルティーナが自分の顔に触れる。だが次の瞬間、セレマウはいたずらを思いついたような、子どものような笑みを浮かべる。

「あの二人はお似合いだからなぁ。割って入るには、頑張らないとねっ」

「な、なにを仰るんですかっ」

「ユフィはボクの親友だから、幸せになってほしい。でも、今はもうボクはルティーナにも幸せになってほしいと思うもんっ」

 セレマウの言葉に、ルティーナは言葉を失う。この言葉は彼女の真意だろう。

 だが、その言葉をそのまま受け止めることはルティーナにはできなかった。

「団長のお気持ちがユフィさんにあるのならば、私は邪魔はできませんよ」

 諭すような口調で、ルティーナがそう言うと、セレマウはわざとらしく面白くなさそうな表情を浮かべる。

「えー、そういうの三角関係っていうんでしょ? ちょっと面白そうじゃない?」

「人の気持ちで遊ばないでくださいっ」

「あ! じゃあボクもゼロさんを好きになればいいかな!?」

「何が“じゃあ”なんですか、何が……」

 セレマウといると、あれこそ難しく考えるのが馬鹿馬鹿しくなってくる。

 だが、ずっと胸につかえていた自分の気持ちを言葉にして、ルティーナの心は少しだけ軽くなった気がしてくる。

――ちょっとくらいは、いいかなぁ……。

 いつ会えるかも分からないのだが、憧れのブラウリッター団長、ゼロ・アリオーシュのことを思い出し、ルティーナはそんなことを思うのだった。


次話より場面転換。王国で過ごすあの二人が登場です。


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