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ルティーナという少女

第二話は、第二幕の中心キャラクターであるルティーナについての紹介の話です。

「は、はじめまして。ルティーナ・フィセールと申します」

 セレマウと初めて出会った日のルティーナは緊張していた。

 彼女でなくても緊張するだろう、相手は半年ほど前まで交戦していた国の統治者だったのだ。

 自らが仕える君主と同等の身分にある者を前にして、緊張しないなどあり得るものか。


 だが実はルティーナとて、その身分は低くない。

 彼女の生家であるフィセール家は王国西部を治める公爵家であり、61年前の英雄王イシュラハブによる国家統合の折、早期に軍門に下ることを表明し、現在の所領を守りぬいた、由緒ある一族なのだから。


 とは言っても、フィセール家の治める王国西部は、リトゥルム王国の王都を含む中北部・アリオーシュ家が領主となった東部・グレムディア家が治める南部と比べれば、領地は小さく、土地も貧しく、経済的にも裕福ではない上に、抱える騎士団も弱い。

 さらに常に領地の西側にある山脈を超えて、カナン大陸西部の大部分を支配する大陸最大の国家、大グレンデン帝国が侵攻してくるのではないかという不安にも常に怯えている。


 一言で言えば、最弱の領主家に違いないだろう。


 彼女の父である現領主は、最弱であることを自覚しつつも、強くなろうとせず、家名を保つため王都の貴族たちにこびへつらうことで現状維持を続ける、そんな領主だった。

 当然、王都の貴族たちには言われたい放題なのは彼女も知っている。

 領主である父には彼なりの考えがあるのだろうが、そんなフィセール公爵家が、彼女は嫌いだった。


 今年で17歳になるルティーナが西部の騎士団ではなく、王都の騎士団入団を目指したのは今から3年前。14歳の頃だった。

 経済的に貧しい西部では農民の反乱がしばしば起きるのだが、あの時もそんな反乱が発生し、西部の騎士団だけでは鎮圧は難しく、彼女の父は王都へ救援を要請した。


 その鎮圧部隊の中に、彼女の運命を変えた少年は加わっていた。


 リトゥルム王国の中でも武人として名高いのは、王家の盾と呼ばれ、王国七騎士団の総団長たるロートリッター団長を世襲するアルウェイ侯爵家や、最大規模の騎士団であるゲルプリッター団長を世襲するコールグレイ大公家、南部を治めるグレムディア公爵家、そして王家の剣と呼ばれるアリオーシュ伯爵、現公爵家だ。

 特に当時のアリオーシュ家は別格であり、王国最強騎士団であるシュヴァルツリッターの団長ウォービル・アリオーシュと、1年前の反乱で帰らぬ人となってしまったが、当時は女性騎士の最高峰たるヴァイスリッター団長ゼリレア・アリオーシュの二人の英雄がアリオーシュ家の騎士としてその名を王国中、いや大陸中に轟かせていた。

 その二人の英雄の息子が、あの西部の反乱鎮圧部隊に参加していたのだが、その戦いが彼にとっての初陣だったとルティーナが知ったのは、だいぶ後になってからのことだった。


 二人の英雄の息子、ゼロ・アリオーシュの姿をルティーナが捉えることができたのはほぼ奇跡だった。

 あの時起きた反乱は、小さな町一つを人質にとる形で領主のフィセール家に減税や免税、待遇改善の要求をしたものだった。彼らの言い分も、今の彼女は理解できる。

 西部の生活は厳しく、農作物の収穫も少ない。観光地もなく、収入は本当に少なかったのだ。

 フィセール家がそんな人々を踏み台に贅沢をしていたというわけではないが、衣食住、いずれも貴族としては十分な思いをさせてもらっていたのは間違いないだろう。

 しかし、暴力を行使して要求を求めるのはテロリズムであり、決して許されるものではない。町の住人たちを人質にとって行われた反乱に、まだ世間知らずだったルティーナは文句の一つでも言おうと従者を伴って近づいたのだ。

 だが、王都から駆けつけてくれた騎士団が町全体を人質に取られている状況に苦慮している中、ルティーナが反乱軍に文句を言うことなどできるわけなく、彼女は野次馬として王国軍のそばで成り行きを見守ることしかできなかった。


 ここからどうするのだろうかと、当時のルティーナは王国騎士たちを眺めていた。

 そんな時に、幼い女の子を脅しながら要求をしてくる反乱軍の一人を見た仮面をつけた少年が、ふらっと隊列を外れていくのに気づけたのは、本当に偶然だった。

 王国騎士たちも、野次馬たちも人質を脅す反乱軍をなだめることに精一杯で、仮面をかぶった少年が一人で町の裏手に回っていくのには気づいていなかっただろう。

 ごった返す野次馬に巻き込まれた従者たちを置き去りに、こっそりと仮面の少年のあとをつけていったルティーナは、彼が単身で町に侵入し、堂々と反乱軍の首魁が陣取っていた屋敷を強襲した姿を見てしまったのだ。


 わずか数分で、仮面の少年は左手に反乱軍の首魁の首を持って屋敷から出てきた。

 その時は初めて見る人の死に、ショックを受けたルティーナは気を失い、気づいた頃には自室のベッドの上だったのだが、落ち着いて記憶を辿ったとき、たった一人で反乱を鎮圧させた仮面の少年に、彼女は憧れた。


 王国西部は貧しく、弱い。

 そう諦めていた彼女だったが、たった一人で反乱を鎮めた彼の行動から、自分にも何か変えられるかもしれない、そう思ったのだ。


 彼のように、強くなりたい。

 ルティーナはそう思い、死ぬ気で騎士としての訓練をはじめ、15歳になる年、両親の反対を押し切って単身王都に上がり、王国七騎士団の一つであるゲルプリッターに入団した。

 だが志をもって王国騎士となってからの日々は、順風満帆とはいかなかった。


 ゲルプリッターは大半が平民出身の騎士団だが、騎士団の登竜門たる騎士団でもあり、例外を除けば貴族出身者であろうとゲルプリッターに入団することになる。

 数百人に上る同期の騎士団員たちの中で功を上げるのは簡単なことではなかった。

とはいえ、貴族階級の者と平民出身者は同等の扱いを受けることはなく、貴族階級の者はやはりある程度特別扱いを受ける。

 特別扱いを受ける大半が王都の貴族家出身の中、西部から王都の騎士団に入団したルティーナに対する周囲の目は、表面上は公爵家という身分に対する敬意を示していたが、内心は西部の田舎貴族が、という差別的なものだった。

 彼女自身に罪はないが、王国内でフィセール家の評判は良くない。

 身を以てそれを知ることになったルティーナは、それでも志を捨てることはなかった。

 全ての視線に耐えながら、黙々と訓練と皇国軍撃退のための出陣任務を果たし続け、いつの日かあの少年のように強くなるため、日々を過ごしていた。


 西部では珍しくない緑色の髪も王都では珍しく、フィセール公爵家出身ということも彼女に注目をもたらすきっかけとなったのだろうが、8か月ほど努力を続けた彼女に、ある日再び奇跡が起きた。

 再度発生した西部の反乱鎮圧のメンバーに、彼女は抜擢されたのだ。

 指揮官は当時16歳にしてブラウリッター団長を拝命していたゼロ・アリオーシュ。

 西部の反乱鎮圧に彼女が抜擢されたのは、ゲルプリッター団長のシュヴァイン・コールグレイの善意だったのか悪意だったのかは、彼がすでに故人となったため分からないが、それは彼女にとって僥倖だったのは間違いない。


 そして反乱鎮圧での活躍を認められたルティーナは、ゼロの目に留まり、ブラウリッターへの昇格が打診された。

 憧れの存在は仮面をつけた姿で記憶していたが、仮面を外してルティーナに昇格の話を伝えてきた時のことを、仮面の下のあまりにかっこよすぎるあの素顔を、彼女は一生忘れないだろう。

 今思い出しただけでも頬が熱くなり、鼓動が速くなるのだから。


 彼女に元々剣の才能があったのも事実だろうが、こうして彼女はブラウリッターに昇格し、尊敬するゼロの命に従い、ブラウリッター副団長指揮の下行われている南部中立都市同盟への潜入任務に赴くこととなったのである。


 憧れのゼロが東部で起きた反乱鎮圧の戦いで意識不明となっているという話を聞いた時はあまりのショックに倒れそうになったものだが、王都に呼び戻された時、彼にユフィ・ナターシャという恋人ができたという話を聞いた時もまた気を失いそうになったのは誰にも言えない秘密だ。

 そして奇しくもそのユフィ・ナターシャの代わりに自分が法皇の警護役を仰せつかるとは、どんな皮肉だと思いつつ、彼女はセレマウの元へとやってきたのである。


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