友のためにできること
セレマウの部屋の扉がノックされる少し前。
ゼロを呼んでくると言って部屋を出たユフィは、少しだけ安堵していた。
今日が中枢会議の日だったとは知らなかったが、何とか彼女の悲しみを支えることができた。
悲しみはしばらく消えないだろうが、何日も一人で泣かせなくて済んだことに、彼女は安堵したのだ。
久しぶりに戻ってきた皇国首都は、彼女の記憶とほとんど変わっていなかった。
変わったことといえば、法衣を着ていない人々が街中に増えたことだろう。王国との交流は着実に進んでおり、両国の人々が行き来を始めていることを実感した。
彼女が普段過ごしている王国東部まではまだあまり皇国の人々は訪れていないが、もう少し時が経てばそちらにも皇国の民が来るようになるのだろうか、そんな期待も湧いてくる光景だった。
「半年か……私が甘えてた分、支えてあげなきゃな」
彼女が王国東部で過ごし始めたのは、ゼロが意識を取り戻さない間、何かしら彼と繋がるものと関わりたいと思い、彼の家族を支えたいと思ったからだ。
それに加えて1年前に起きた反乱で、首謀者のクウェイラート・ウェブモートが使っていた魔法はカナン大陸には存在しなかった魔法であり、その魔法についての記録もあるかもしれないと、魔導書の調査をウォービルが行うと聞き、自分に何か手伝えればと思ったのもある。
ゼロが意識を取り戻さない間、ユフィはずっと心に穴が開いているような、心が迷子になっているような状態だった。そんな彼女をセレマウはずっと心配してくれていた。
だからこそセレマウはユフィをアリオーシュ家へ送り出してくれたのだろう。
彼の家族を支え、魔導書の調査を行っている間は目の前のことに集中することで、少しだけ不安や寂しさを紛らわせることができたのだが、先ほどのセレマウの姿を見て、彼女に寂しい思いをさせてしまっていたことを痛感した。
ユフィはセレマウが大好きだ。
それは誰にも負けないと断言できるくらい、大好きなのだ。
彼女はセルナス皇国の統治者で、主従関係と言えばそうなのだが、その関係を超えた関係が自分たちにはあると思っている。
親友と、呼べる間柄だと思っている。
だが、大切な親友に寂しい思いをさせてしまっていたことにユフィは気が付いていなかった。
自分の心を優先し、ゼロが戻ってきてからも彼と過ごす日々が幸せ過ぎて、セレマウのことを忘れてしまっていた。
そんな自分を悔いる。
セレマウには幸せになってほしい。
その気持ちを再確認して、ユフィは約束の塔の通路を進み、階段を下りて一つ下の階、10階にある自分のために用意され続けている部屋へと向かうのだった。
「ゼロ、セレマウが会いたいっていうから、一緒に行ってくれる?」
ユフィが不在の間も掃除は行われていたようで、白色で統一された家具の多い部屋はきちんと整理されていた。その室内で白色の椅子に腰かけて、本を読みながら待っていたゼロに彼女は声をかける。
「もちろん。……法皇様は、もう知ってた?」
彼女の部屋で一人待機していたゼロは本当にやることがなかったのだろう、彼が読んでいたのはユフィの部屋にあった魔導書の一つのようだ。
その魔導書はユフィが考案した魔導式を書き溜めたものであり、世界に一冊しかないものだったのだが、果たしてゼロに理解できただろうかとユフィは少しだけ考えてしまう。
「うん。ちょうど今さっき知ったところだったみたい」
「そっか。間に合ってよかったね」
ユフィの法衣の胸元がかなり濡れていることに気づいたゼロは、一番悲しい時にユフィがセレマウを慰めることができたことを理解したようだった。
「うん。でも、セレマウがすごい頑張ってたのに、私はゼロといれることに満足して、寂しい思いさせちゃってた」
「ふむ……」
「しばらくは、私セレマウのそばにいていいかな?」
ゼロと離れることを覚悟して、ユフィは真剣な眼差しで彼にそう尋ねる。
ゼロと離れるのは寂しい。だが、今は親友を優先したい。
意を決して、彼女はそう尋ねた。
「俺も残るよ」
「え?」
予想外の答えにユフィは驚いた表情を浮かべる。ゼロには王国騎士としての立場がある。もし女王であるアーファが召集をかければ、即座に応じる義務があるのだ。
ゼロが一緒にいてくれるのは嬉しいが、おいそれと簡単に皇国に滞在してもいいものだろうかとユフィは心配する。
だが。
「この国には手合わせ願いたい人がいるしね。訓練の一環って言えば、陛下も納得してくれるっしょ」
いたずらを思いついた子どものような笑みを浮かべるゼロに、ユフィもつられて笑ってしまった。
「なるほど……お父様にお願いしてみるね?」
具体的にゼロが名前を出したわけではないが、ユフィは彼が手合わせしたいと思う人物を正確に当てて見せた。彼女の父、皇国軍最高軍事顧問であるエドガー・ナターシャはゼロの父である王国最強騎士であるウォービルと互角の実力者だ。
確かに彼と訓練を行えば、ゼロはまだまだ強くなる余地があるだろう。
「ああ、よろしく」
ユフィの言葉に満足そうな表情を浮かべるゼロを見て、ユフィはセレマウのそばにいながらゼロとも一緒にいれることに安堵したようだ。
「安心して、ユフィは法皇様を支えてあげて」
「うん、ありがと……。そうだ、ゼロもさ、セレマウのこと、名前で呼んであげてくれない?」
「え?」
先ほど「法皇なんかになったせいで」と言っていたセレマウを思い出し、ユフィはゼロに一つお願い事をする。
特に今は、彼女に法皇という言葉を聞かせたくない。そう思ったからこそのお願いだった。
「ゼロだったら名前で呼んでも大丈夫だと思うからさ。……だめ?」
「さすがに呼び捨てはできないぞ?」
「ほんとは呼び捨てにしてあげてほしいけど、ナナキみたいに様付けでも大丈夫だよ」
「ん、わかった。やってみる」
「ありがとね」
ゼロは優しい。1年前、ユフィが名前で呼んでと言ったらすぐにそうしてくれたことを思い出し、彼女は懐かしさとともに温かい気持ちになっていた。
「じゃ、いこっ」
ゼロの手を取り、ユフィはセレマウの部屋へと戻る道を歩き始めた。




