傷心の法皇
中枢会議を終え、参列を終えた者たちが全員退室したあとも、セレマウは依然として法皇モードの表情を保ち続けている。
何と声をかければよいか分からず、ルティーナとナナキはただ黙って彼女のそばにいるしかできなかった。
ルティーナは王国西部を治める父親が好きではないが、彼はまだ存命だし、ナナキの父親もまだ存命だ。祖父母ならまだ天命を全うした、と考えることもできるが、東公が病気に臥せっていたなどの話は聞いたこともなく、北公はまだ分からない、などと言っていたが、東公が暗殺されたのであろうことは、想像するに難くなかった。
東公は皇国内でも平和な東部を治めるに相応しい、平和的で穏健な人物であり、表面上皇国の統治をコライテッド公爵の好きにさせていたセレマウへレーンを通して苦言を呈していたが、本来は娘であるセレマウを責めたくはないのだと、セレマウはこっそりレーンから聞いたことがあった。
同盟を締結させた報告をした時なども、会議を通さずに決めるとは何事かと表面上は伝えてきたのが、会議後レーンから「よくやったと仰っていましたよ」と伝えてもらっていた。
セレマウも、法皇としての立場があるため東公を父として扱うことはしてこなかったが、内心ではずっと会いたいと思っていた。
それなのに、彼女は父の最期を看取ることもなく、いきなり訃報を受けたのである。
今彼女が何を思っているのか、ルティーナもナナキも、セレマウの心中を察するだけで胸が張り裂けそうになっていた。
「……ユ……に会い……い」
「え?」
謁見の間の座席に座ったまま、囁くような小声でぽつりと呟いた言葉を、二人は聞き取れず聞き返す。
「ユフィに会いたいよぅ……!」
その言葉は、彼女の心のリミッターを外す。
彼女の心の底からあふれ出た、セレマウが最も信頼する、大好きで大切な、少女の名。
その名を口にするセレマウへ、ルティーナとナナキはかける言葉を持たなかった。
それと同時に、自分ではその代わりを務められないことが悲しくなる。
堰を切ったように大粒の涙を流し続けるセレマウを、二人は心配そうに眺めるしかできなかった。
「呼んだかしら?」
「え?」
この部屋にはセレマウとルティーナとナナキの3人しかいない。そう思っていたセレマウの両脇に立つ二人は驚きの声を上げる。
ルティーナにとっては初めて見る姿だったが、久しぶりに見た相変わらず美しい彼女を前に、ナナキも何故だか涙が込み上げてくるのだった。
彼女は、穏やかな笑みを浮かべ謁見の間の入口に立っていた。
――この人が、団長の……。
その美しさに、同性ながらルティーナは目を奪われる。
――綺麗な人だなぁ……。
歩くだけの動作が、それはそれは優雅な振る舞いに見えてくることを不思議にも思えず、ルティーナは複雑な気持ちで近づいてくるユフィを見つめ続けていた。
「がんばったね。つらかったね。ずっと会いに来なくて、ごめんね」
ゆったりとセレマウのそばまで近づいたユフィは、席に座ったままの彼女をそっと抱きしめる。
「泣いていいんだよ。誰もセレマウを責めたりしないから。今は、思い切り泣いていいんだよ」
「ユ、ユフィ……うわあああああん!」
どうして彼女がここにいるのか分からなかったが、奇跡的なタイミングで訪れてくれた彼女に、ルティーナとナナキは胸の内で感謝を告げる。
先ほどよりも激しく嗚咽を漏らしながら、セレマウはユフィの着る薄紫の法衣を濡らしていく。
泣きじゃくるセレマウの姿に、思わずユフィもその目に涙を浮かべていた。
「ボクの……ボクのせいだ……! 父さまが殺されたのは、ボクが、ボクが法皇なんかになったから……!」
先ほどまでの冷たさや、怒りを感じさせた表情は消え去り、幼い少女のように泣き続けるセレマウの背中を、ユフィは優しく撫で続ける。
「ううん、違うよ。セレマウのせいじゃないよ。セレマウが法皇になってくれたから、戦争が終わったんだよ。平和になったんだよ。セレマウは何も悪くないんだよ」
優しい言葉で、セレマウを慰め続けるユフィを、ルティーナは黙って見つめ続けていた。
「ん、ごめんね。悲しいのと、ユフィに会えて嬉しいのと、でもやっぱり悲しいのと、ボクもうよくわかんなくなっちゃった」
ひとしきり泣き続けたセレマウが落ち着いたのは、泣き始めてから30分程が経過してからだった。
「ごめんね、すごい濡れちゃったね」
セレマウの自室に移動した4人は、テーブルを囲んで座っていた。
ユフィの法衣の胸元が誰の目にも明らかなほど濡れて湿っている様子に、泣きはらした目のセレマウはしょんぼりした様子で謝罪する。
「そんなの気にしないでいいよ。私こそ、ずっと会いに来なくてごめんね」
二人で謝りあう姿を、ナナキは懐かしそうに眺める。少し前まではいつも3人だったな、と思い出が甦るようだった。
「でも、どうしてユフィがここにいるの?」
「あ、うん、まぁ私だけじゃないんだけど……」
セレマウの何気ない質問は、ナナキとルティーナも気になっていたものだった。あのタイミングで訪れるなど、奇跡としか思えなかったのだ。
語尾を濁したユフィの言葉に、セレマウが何かを察する。
「あ、もしかしてゼロさんも一緒?」
「うん。私の部屋で待っててもらってるんだけど、呼んでくる?」
「うん! せっかく来てもらってるんなら、会いたいな」
そう言ってから、はっとして、ちらっと視線を送ってくるセレマウに、ルティーナは気が付いていた。
先ほどから話題に上がるゼロの名を聞いて、彼女の鼓動が速くなる。
「ん。ちょっと待っててね」
そう言い席を立ち、セレマウの部屋から出ていくユフィ。
「ボクが会いたいから呼んでもらっちゃったけど、ごめんね、会いたくなかったら、席を外しても大丈夫だよ?」
ユフィがゼロを呼びに行くや否や、まだ悲しみでいっぱいであろうに気遣ってくるセレマウの優しさに、ルティーナは穏やかに微笑んだ。
「大丈夫ですよ。ユフィさんが、あんなにも綺麗な人で驚きましたが、彼女といる団長の姿にも、慣れないといけませんからね」
話の流れが見えないナナキは、少しだけ不思議そうな顔をしていたが、ルティーナの答えにセレマウは「そっか」と笑ってくれた。
――強い子だな……。
中枢会議で見た、セレマウの怒りの姿は初めてだったが、あの怒りは今はどこへいったのだろうと不思議になる。
怒りも悲しみも、まだまだ胸に多く残ってるのではないかと思うのだが、その様子をまるで見せずに自分へ気遣ってくるセレマウは、本当に強い子だと認識を改める。
ならば、自分も正面からユフィとならぶゼロと向き合うのが筋だと、ルティーナは決心していた。
想像するだけで、胸は痛む。
だがセレマウの胸の痛みなどの比ではない。
そうして、新たな来客を告げるノックの音が、室内に響き渡った。
ゆっくりと部屋の扉が開いていく。




