中枢会議
セルナス皇国編スタートです。
「……何だと?」
シレンが王国東部を訪れた5日後。
セルナス皇国首都、約束の塔11階の謁見の間にて、豪華な法衣に身を包んだ者たちが、長方形のテーブルを囲んでいた。
今日は2か月に一度定例で開催される中枢会議の日。
会議、とは言うもののリトゥルム王国との戦争が終わったいま、基本は東部・北部・南部を治める御三家当主たちの現状報告と、中央貴族を代表してナターシャ公爵家当主のエドガー・ナターシャが国内の治安状態や王国との関係性についての報告のみで終わることが多い。
1時間ほど嫌みらしい言い方をしてくる御三家当主たちの話に耐えれば終わる苦痛の時間、というのがセレマウの認識だった。
セレマウが法皇になって以来、セレマウの生家である東部は御三家とセレマウの関係を考慮してか、当主であるセレマウの父は一度たりとも直接は参加せず、代理の者を立てているのだが、その代理の者が発した言葉にセレマウ、いや、法皇セルナス・ホーヴェルレッセン89世はその表情を青褪めさせていた。
法皇の両脇に立つルティーナとナナキも、その報告に絶句する。
御三家の面々やエドガーは既にその話を知っていたのか、表情に影を落としつつも、彼女ほど驚いた様子は見せていなかった。
「東公が、死んだ? それは何の冗談だ?」
「法皇様、この場で冗談を言うものがありましょうか。東部に対して失礼ですぞ」
中枢会議に参加する時のセレマウは、普段のふにゃふにゃした雰囲気とは全くの別人になる。ナナキがお仕事モードや法皇モードと呼んでいたこの姿を、4か月前、初めての中枢会議で見た時にはルティーナは目が飛び出るかと思うほど驚いたものだった。
法皇モードになったセレマウは、文字通り別人としか思えないほど冷たい目を浮かべ、全てを見通しているような威厳を発する存在となる。
普段のふにゃふにゃして甘えてくるような姿は完全に消えうせ、セルナス皇国の統治者として呼ぶに相応しい振る舞いをするのだ。
だが、どんな時も冷静で何を言われても感情を表さずに会議を進める彼女が、はっきりと感情を見せる場面は、ルティーナだけでなく、ナナキですら初めてだった。
感情を露わにした法皇へ苦言を呈したのは北部を治める北公ニコラス・ノース・ホーエンヴェハイム。カナン大陸北部にある、人間が住むことができないとされる極寒の大地に隣接する領土を治める、セレマウを快く思っていない御三家の代表格であり、セレマウにとっては好きにはなれないが、どうにか和解したいと望む存在だ。
年齢は40代半ば頃だろうが、整髪料できっちりと撫でつけた金髪と細い目が特徴的な、神経質そうな印象を受ける男性である。
「……非礼を詫びる。レーン殿、東公はいつ死んだのだ?」
北公の一言を煩わしく思いつつも、問い詰めたい感情を押し殺し法皇は言葉を紡ぐ。
東部の東公代理であるレーンはセレマウが東部にいた頃からイース・ホーエンヴェハイム家に仕える家老であり、12歳までを東部で過ごした彼女もよく知る人物だった。
セレマウの父であり、東公を務めていたフリードリヒとは親友の間柄だった東部の騎士でもあり、少しずつ黒髪に白髪が混じってきてはいるが、頼もしさを感じさせる精悍な顔つきは今なお健在の男性だ。
「は。当主様は……2週間ほど前、ご家族と領内を巡視をなさった後、お屋敷に戻られ……お食事の時間に現れない当主様を心配して呼びに行ったメイドが、自室にて亡くなっている姿を発見した次第です。すぐに医師に死因を探らせましたが、どうやら遅効性の毒によるものと思われる、とのことでした」
「毒殺、だと……?」
その表情に怒りのような感情を浮かべながら、法皇はレーンに聞き返す。
「毒殺など確かでないことを言うものではありませんよ。殺されたのか、自害したのか、分からないではありませんか」
だが、聞き返す法皇の言葉に、北公がまた口を挟む。彼女の感情を逆なでさせようとするその目論見を理解していても、苛立ちが抑えきれない法皇は、睨むような目線を北公へ向けてしまう。
普段は絶対にしないその目つきに、ルティーナとナナキは心を痛めていた。
「なぜ東公が自害などせねばならぬというのだ!?」
感情を抑えきれず、法皇が声を荒げる。
「自害と確定したわけでもありませんし、私にはわかりません。法皇様にとって親愛なる皇国の民が亡くなってお心が痛むお気持ち、お察しします」
無論彼は東公がセレマウの父親であることを知っている。だがまるで感情など込めずに、白々しくも気持ちを察するなどと宣う北公を、法皇は悪鬼のごとき表情で睨みつけていた。
「しかし、領内を巡視された日であれば、いつどのような者と交流されたか分かったものではありませんな」
一触即発の法皇と北公の様子を黙って眺めていた謁見の間で最もふくよかな金髪の男性が会話に割って入る。
彼は西公リチャード・ウェイス・ホーエンヴェハイム。皇国西部を治める御三家当主であり、北公ほどではないが、どちらかといえば北公よりの立場だとセレマウが思っている者だ。
「確かに、王国との同盟がなされてより王国の商隊を皇国内でも頻繁に見るようになりましたからな。よからぬことを考える者が紛れ込んだやもしれませんな」
「王国の者が東公を毒殺したとでも申すか!?」
「そのように申したつもりではありませんが、自害でないのならば、その可能性もある、という意味での発言にございます」
北公の発言に、法皇が再び激昂する。普段はあんなにも心優しい少女をここまで苦しめられる北公という存在が、ルティーナもナナキも大嫌いだった。
だが彼を誅する理由はなく、セレマウはそれを望んでいないことも分かっている。黙って耐えるしかない法皇の両脇に立つ二人の少女は、悔しさに拳を固く握りしめていた。
「いずれにせよ、東部には調査を進めていただきたい」
謁見の間の雰囲気が悪い方向に進んでいる状況を受け、西公同様傍観に徹していたエドガーが話を進めようと発言する。その言葉にレーンは力強く頷いていた。
「東公の葬儀の許可を頂けますか?」
「無論だ。手厚く行っていただきたい」
「御意にございます」
エドガーが話を進めてくれたおかげで少しだけ冷静になった法皇は、レーンからの進言に即座に許可を出す。
法皇となり、家族の関係が絶たれたとはいえ、彼女にとって東公は12年間愛を注いでもらった父親に違いないのだ。
法皇という立場でなければ、この場でその死を悲しんで泣き出したいくらいなのだから。
「次期東公即位儀式は、葬儀の15日後に執り行う予定です」
「……次期東公は、セシル・イース・ホーエンヴェハイムか?」
「ええ、東公のご子息のセシル様に就任していただく予定です」
分かり切っていた事実の確認だったが、予想通りの返答を受け、法皇の眉間に一瞬だけしわが寄ったのに、気づいた者はいただろうか。
「葬儀にも、即位の儀にも私も参加させてもらう。準備が整い次第沙汰せよ」
「法皇様にお越しいただけるとは、東公も浮かばれましょう。御意にございます」
東公の息子、ということはセレマウにとっての兄弟に当たる存在だが、彼女が今名を上げたセシルとはセレマウの7歳年下の弟で、まだ9歳の少年だ。
セレマウが彼と過ごしたのはわずか5年足らずだったか、愛らしい表情で遊んで欲しそうに近寄ってくる姿は今でも覚えている。それはセレマウにとって、忘れることのできない家族と過ごした幸せな記憶だった。
そんな幼い少年を、権謀渦巻く政治の場に引き上げねばならないことを忌々しく思いながら、セレマウはレーンへと自分の意向を伝えるのだった。
その後は当たり障りもない北部と西部の報告と、リトゥルム王国とセルナス皇国の中間点にあるバハナ平原に建設中の平和の象徴の進捗状況、王国の商隊が皇国内を訪れたことにより発生した数件のトラブルの報告などを受け、セレマウにとっての苦痛の時間は終わるのだった。
参列者たちが退席した後も、セレマウは席を立てず、彼女の両脇に立つ二人の少女たちは、心配そうに彼女を見つめることしかできなかった。
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