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 キャルルが、シロナのロゴスにかけてもらった魔法は毒抵抗だった。

 詳細に検分したマレフィカが感心していう。


「へー、キャルルくん良かったねー。これ五日は持つよ、油断して刺されても大丈夫だ」


「五日も? やっぱり凄い人なんだなぁ」

 アドラーも本当に驚いた。


 効果は良くあるものでも、持続期間が別格――生き物は魔法が解けやすい。

 ライデンの盾と呼ばれるロゴスの実力は本物であった。


「改めてお礼といきたいが、これではな……」


 東西南北の四角から出発した128の冒険者ギルドが、続々と四層の中央に集結し始めていた。


 どの団も、団旗を中心にして集まる。

 白地や黒地はもちろん赤青緑などのカラフルな生地に、鷲や竜などの動物から剣や盾に酒盃まで、様々な意匠をあしらった団の象徴。


「うちも旗を出すか」

 アドラーも荷物から取り出し掲げることにした。


 ギムレットとの戦いで危うく取られそうになった”太陽を掴む鷲”の団旗。

 地平線から昇る赤い半円に、翼を広げた鷲が止まる紋章が描かれている。


「これは宿り木じゃないにゃ。太陽を大空に引き上げる神話の鷲をあらわしてるのにゃ!」


 太陽と鷲団の歴史はおよそ六百年にもなる。

 その始まりから守り猫を勤める”猫と冒険の女神”が偉そうに解説した。


 アドラーは目立つ旗の下で皆の戻りを待つ。


 ここには、獅子をモチーフにした”宮殿に住まう獅子”の旗も何本かある。

 だがライデン支部のものはない、予選を落ちたのだ。


 ギムレットとグレーシャ、それと共に主力メンバーの大半が辞めた。

 太陽と鷲から揃って移籍して、立ち上げから大ギルドとして活動しようとした目論見は、完全に潰えていた。



「ただいまー!」

 目印の団旗を見つけて、ブランカとダルタスが帰ってきた。


「あれ、ミュスレアは?」

 アドラーが聞くと、ブランカは足元を指さした。


「もう五層まで行ったのか。まあ、仕方ないか」


 四層の中央に空いた穴から五層に降りるが、手付かずの層は危険度が跳ね上がる。


 まず五十人ほどの精鋭で威力偵察するのが常であった。

 ギルド同士の対抗戦ではあるが、中に入れば冒険者達は協力する。


 それでも毎年数人の死者が出るが、これを数十人に増やすほど冒険者はバカではない。


「おい、ブランカ。お前どれだけ倒した?」


 キャルルが胸元の魔法カードを覗き込み、ブランカが小さな胸を張った。


「げっ、もう千点超えてるじゃん! くそっ差がついた!」

「けけけ、お子様には負けないよー!」


 背が伸びたブランカが、見下ろしながら言った。

 アドラーは、目の届く範囲から離れるのをキャルルには許可しない。


「兄ちゃん、ボクも目玉狩り以外をやらせてよー」


 目玉の愛称を持つバトイデア――空飛ぶエイのような魔物――以外、キャルルは戦ってない。


「駄目だ。今回は、何時もより敵が強い。慎重にいく」


 アドラーは今回が四度目の対抗戦。

 この四層の敵が、前回よりも強いと気付いていた。


「けど、わたしの出番はないのよねー」

 ヒーラーのリューリアが暇そうに杖を振り回す。


 本戦に進むギルドは、何処も回復役の一人や二人は揃えている。

 怪我人なら他団の者も治癒してあげる意気込みだったが、駆け出しヒーラの出番はまだなかった。


「ダルタス、その傷治してあげよっか?」

「いや、いい。かすり傷だ」


「いーから、見せて!」

 ダルタスの傷は、木の枝に引っ掛けた程度のもの。

 オークにとっては怪我の内にも入らないが、リューリアが小さく魔法を唱えた。


 彼女にとって、これが今回の初仕事。


「見ろ、オークがゴブリンに魔法かけられてるぞ」

「亜人種とは珍しいな。尻尾のリザードまで連れてきて」


 大きなダルタスに小さなリューリアが魔法をかけるのを、からかった者がいた。

 本戦の参戦者は四千人近く、中には口が悪いのが冒険者らしいと思い込む若者もいる。


 アドラーはいちいち言い返したりはしないが、若い冒険者達は調子に乗った。


「子連れでこんなとこに来るとはなあ」

「まともな人が集まらないからって、亜人種で穴埋めか?」


 図星を突かれて、アドラーは少し悲しくなった。

 いい加減に消えろとアドラーが立ち上がりかけた時、青い流星が視界を横切った。


「どーん!!」

 子供っぽい掛け声で冒険者に飛び蹴りを入れたのは、青のエスネ。


「ああん? てめー何処のもんだ? うちの妹たちに文句あんのか、こらぁ?」

 使い慣れた冒険者言葉で、残った一人の襟首をねじ上げたのはミュスレア。


「な、なんだお前ら!? 俺はパリスの竜剣戦士団の者だぞ!?」

「あっ? 知るか、そんな雑魚ギルド。私はライデンのエスネだ。喧嘩なら何時でも買うぞ?」


 普段は騎士然としたエスネも、朝から昼過ぎまでの連戦ですっかり冒険者モードになっていた。


「名乗っていいのか? ライデンのミュスレアだ。てめーのギルド、五分で潰してやろうか?」


 周りの冒険者たちがざわつき、誰かがぽつりと言った。

「死んだな、あいつら」


 冒険者の街ライデン、そこで誰でも知ってるなら、ミケドニア帝国の冒険者の半分は知っている。

 ライデンの三大鬼姫は、ここに来るほどの者なら名前は分かる。


「えっ!? あーーえっと……すいません……でした」


「お、お姉ちゃん! エスネさんも、わたしは平気ですから!」

 ゴブリン呼ばわりされたリューリアが二人を止めた。


 ――この世界のゴブリンは、草地や乾燥地に根付く種族で邪悪でも何でもないが。


 片手でつま先立ちにされていた若者がやっと解放された。

 もう一人は、腰の骨にひびが入って転がっていた。


「エスネさんったら、ここまでしなくても!」

「ごめんごめん。戦闘直後でちょっと気が立ってた、のである」


 あのエスネに釘を刺し、自分を罵った怪我人にも優しく回復魔法をかける、とてもかわいいエルフ娘は直ぐに噂になる。

 リューリアの二度目の仕事は、腰の骨にひびが入った重傷者であった。



「で、どうだった? 下の様子」

 アドラーはミュスレアに五層のことを聞いた。


「何時もと変わらない、と言いたいけどちょっと強い。五十二人で偵察して六人も負傷したの。エスネが全隊に周知するから、それまで様子見かな」

「そうか。やっぱり活動期かなあ」


 魔物が出てくるのは生きてるダンジョン。

 閉じかけのダンジョンもあれば、活発なものもある。

 保護対象を抱えたアドラーには、考えものであった。


「ちょっと着替える。鎧外すの手伝ってくれる?」


 汗まみれのミュスレアが両手をあげて、アドラーが留め具を外す。

 鎧を外した長女は、下の服まで勢いよく脱いだ。


 上半身が胸を隠す下着だけになり、白い肌がアドラーの目の前で汗に光る。


「おおっ!?」

 アドラーが凝視していると、数秒で次女が飛んできて両手で目隠しをする。


「お、お、お、お姉ちゃん!!?」

「仕方ないよ、戦場だからね。ほら、周りも恥ずかしがってないだろ?」


 周囲の女冒険者も、着替え程度で恥ずかしがる様子はない。

 男たちも、なるべく意識してないふりをする。

 男女混合の部隊を上手く回すには、割り切った関係が必要だった。


「だ、だからって。えっ、ひょっとしてわたしも何時かこうなるの?」

「慣れよ、慣れ」


 ミュスレアが布巾で体を拭きながら答えた。

 家では肌を見せたりはしないのに、不思議なものである。


「えっ、わたしも慣れるの?」

 リューリアが絶望的な声をあげた。


「へーきへーき、リューねえの貧相な体なんて、誰も見ないよ」

 キャルルが、ここぞとばかりに姉を攻撃する。


 両手をアドラーの目に当てたままのリューリアは、少し迷ってからアドラーの首をひねった。


「ぐおっ!?」

 合掌ひねりの要領で、アドラーは地面に倒される。


 そしてキャルルは、姉の反撃から逃げ回ることになった。

 もちろん、数発の直撃をくらい半泣きにされる。


 地面に転がったアドラーは、見知った顔を発見していた。

 真新しい団旗と、こんな場所に似合わぬ落ち着いた女性を中心に十二人の若者。


「あれは、”鷲の幻影”団か」

 本戦初日の対戦相手。


「バスティ、おいで。挨拶しよう」

 アドラーは、黒猫の形をした女神を肩に乗せた。


「アドラー、あの女!」

「分かってるよ、バスティ。言われてないと分からなかったけど」


 初日の対戦相手は、一癖も二癖もありそうだった。


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