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93 一部完


 現在、アドラーの四勝でギムレットの五勝。

 最後の団長戦は二勝分の価値がある。


「グレーシャも、ぶん殴ってやりたかったなぁ」


 アドラーは、ギムレットをこの一戦で叩きのめすつもりだが、グレーシャは優雅に選手席に座っている。


「無理よ、アドラーは優しいもの。女の顔を殴れるとは思えないわ」

 ミュスレアが笑って答えて、物騒な一言を付け加えた。


「あの女は、何時かわたしがケリを付けてやるから」


 冒険者の世界は広いが、女冒険者の数は少ない。

 いずれ頂上決戦が行われる可能性もある……かもしれない。


「だから、今は目の前の試合を頑張ってね!」

 ミュスレアの瞳には、万全の信頼があった。


「兄ちゃん、後は任せた!」

「信じてるからね! 今日は沢山料理作るねっ!」

「だんちょー! 今日はご馳走だぞ」


 下の三人も、揃って声援を送る。


「わたしも期待してるぞー。オス同士の誇りを賭けた戦いは美しい!」

 マレフィカは、まだ変なテンションのままだった。


「団長頼む」

「うん、任せろ」


 ダルタスは一言だけ。

 自身は不覚を取ったが、オークの戦士達に認められる勇士が負けるなど、微塵も思っていない。


「バスティ、見ててくれよ」

「にゃ!」

 団の守り猫が、真っ直ぐにアドラーを見上げた。



「さてと。待たせたな、ギムレット」

「しつこい野郎だ。団の解散から五ヶ月か? お陰で色々と予定が狂った」


 アドラーとギムレットは、十五歩ほどの距離で向かい合う。

 二人の実力ならば、あと三歩も踏み込めば攻撃可能な距離。


「解散は、してない。俺が団長だ」

「伝統ある太陽を掴む鷲に、亜人種ばかり入れやがって。いっそ静かに終われば良いものを」


「捨てたのはお前だ。そして、仲間を売ったのものな」


 アドラーにとっては、瀕死のところを拾ってくれたミュスレア一家を危機に晒した事が、一番許せなかった。


「だから貴様は甘いのだ。上に立つ者が、全体の利益を考えなくてどうする?」


「隊長……団長とは、全員を守るものだ」

「……綺麗事を!」


 ギムレットが腰の剣を抜くと、刃には試合用の革が張られていなかった。


「アドラーよ、真剣で勝負だ! 怖気づいても良いぞ?」


 アドラーが審判を見ると、双方の同意があればと頷く。

 観客は血が見れるとあって盛り上がる、ここまで悲惨な決着が一つもない。

 せいぜい、ブランカが相手の胸甲を貫いた程度。


「良いだろう」と、アドラーが自分の竜牙刀を振った。

 ブランカの牙を媒介に、硬度も靭性も耐久も究極に強化された刀は、あっさりと革を消し飛ばした。


「死んでも、文句言うなよ?」

 ギムレットの言葉が始まりの合図となった。


 闘技場の中央で、お互いの剣が持つ魔力がぶつかり稲妻が走った。


 アドラーは、ギムレットの強さをよく知っている。

 剣技に優れた戦士で、指揮統率よりも個人の武勇を認められ団長になった。


 そしてギムレットは、武具マニアであった。

 彼の剣はエスネの物と同じく、持ち主の攻撃力を大幅に上昇させる。


 身に付けた防具やサークレットにタリスマンは、攻撃や防御を補助する魔法装備ばかり。


 攻撃力に二倍強のバフ、防御も二倍近くまで強化され、基礎の戦闘能力ではライデン市でもトップクラスの冒険者がギムレット。


 ただし――ライデンに一人の男がやってくるまではだが。


 全装の鎧を好まぬアドラーは、視界を遮られるのが嫌で兜も被らない。

 指揮官が視界を狭くするなど論外だから。


 アドラーの頬に浅く傷が入り、左の二の腕にも切り傷ができた。

 赤く流れる血に、観衆は拍手を送る。


 十数合のやり取りをして、体が温まったアドラーが、自己強化を一つ発動させて攻めた。


 ギムレットの鎧の左肩が吹き飛び、右胸の装甲も剥がれる。

 額のサークレットは刃に奪われ、盾で受け止めた左腕が折れた。


 ギムレットが予想外だったのは、アドラーの持つ武器。

 市販では最高級品の自分の剣を、遥かに上回るなど想定にない。


 鋭く踏み込んだアドラーが、頭を割ると見せかけて太ももを深く突いた。

 継戦能力を奪う、完璧な一撃だった。

 

「さてとギムレットよ、まだやるかい?」


 アドラーにとって、人のサイズを相手にするなど何でもないこと。

 遥かに巨大でタフな魔物を相手にする力を、最初から持っている。

 それに子供達の眼の前で斬殺する気は、最初からない。


「ほざくなっ!」

 ギムレットは応酬したが、右の太ももから流れ出る血は足元を浸し始めていた。


 追い詰められたギムレットが、膝を着いたまま折れた左腕を腰に伸ばす。


『飛び道具? いや魔法か。治癒だな』

 アドラーは、ギムレットがルールを破ったのを見た。


 自分の魔法でなく、他人の魔法――恐らくはグレーシャのもの――を受けていた。

 隠し持った水晶球で経由してるのであろう。


 痛むふりをしたギムレットが下を向いたまま、声を絞り出す。


「貴様、これほどの腕がありながら……。隠していたのか?」


 アドラーは時間稼ぎに乗った。


「いや、怪我をしていた。やっと八分まで治ったところだ、ミュスレア達のお蔭でな」


「ははっ。そうか、まだ上があるか……参るなぁ、手を貸してくれないか?」


 アドラーは、素直に二歩進む。

 そして同時に、この試合で初めて二重の強化を発動させる。


 絶対に避けきれぬ距離と速さで、ギムレットの突きが下からアドラーを襲う。

 見ていた誰もが、悲鳴さえ出せぬ速度で。


 一直線に喉を狙った一撃を、アドラーは正面から受ける。

 祖竜の力を借りた刀は、ギムレット自慢の剣を縦に真っ二つにしていた。


 剣身が二つに別れて落ち、鍔も切り裂いたアドラーの刀は、そのままギムレットの親指だけを落として止まった。


「俺が、魔法を使えるのを忘れたのか?」


 微々たる効果の強化を使える魔法剣士。

 それがギムレットが持っているアドラーの評価で、素直に敗北を認める訳にはいかなかった。


 ギムレットは腰の隠し袋から水晶球を取り出すと、切り落とされた親指を拾って修復にかかる。


「むっ!?」

 これには、審判のバルハルトでも気付く。


 失格を宣言しようとした審判を、アドラーは片手で制した。

 バルハルトは黙ったが、この時点でギムレットを見限った。


「どうするつもりだ?」

 純粋な疑問で、アドラーは尋ねる。

 ギムレットは自慢の剣を失ったのだ。


「くぅ……くそがっ! こ、拳で勝負だ! 素手ならば、強化魔法がなければ貴様には負けん!!」


 ギムレットの悪あがきに、アドラーは応じる。

 互いに鎧を捨て、アドラーは剣を審判に預けて魔法も切った。


 総団長バルハルトは、誇りを重んじる貴族で名士、今更何か仕掛ける心配はない。

 ただ己の役割を忠実に果たすのみ。


 素手になったアドラーを見たダルタスが選手席で言う。

「俺の団長は、殴りあいも強いぞ。例え強化せずともな。身を持って知っておるわ」



 最後は泥臭い殴り合いになったが、観客の多くは満足した。

 ライデン市でも最古の名門ギルドが、帝国最大のギルドチェーンを打ち負かしたのだ。

 ただし、賭けでは損をした者の方が多かったが。


「あーあ、何も殴り合いまでしなくても!」

 リューリアが湿布を貼り付ける、今日はもう魔力が切れていた。


「ほんと男の子ってバカねえ」

 ミュスレアが強めにアドラー背中を叩く。


「ああいう体のぶつかり合いも、悪くない。ひひひ」

 マレフィカは、すりこぎと鉢で魔女の塗り薬を作っていた。


「やっぱ兄ちゃんは強いな!」

「当たり前だ。オルタスの試練をくぐり抜けた者だぞ?」

 キャルルとダルタスは満足していた。


「こっちもにゃ!」

「ここも!」

 バスティとブランカが、新しいあざを見つける度に指でつつく。


「痛いっ! こらっ!」

 アドラーも、良いパンチを五発ほど貰った。

 ただし、ほぼ五倍にして返した。


 ヒーラーのグレーシャは戦いの途中で消えていた。

 治す者のないギムレットは治療院送りになったが、直ぐに行方が分からなくなった。


 二人揃って町を出たとの噂もあるが、真偽は不明。

 ただし、宮殿に住まう獅子ライデン支部の団長と副団長からは除名されることになった。



「さてと、夕御飯を作らないとね。みんな何が良い?」

 リューリアの言葉に、皆が口々に希望をだす。


「そんなにいっぺんに作れないわよ……。まあいいわ、キャルル、ブランカ、こっち来て手伝いなさい!」


 嫌がる二人を引き連れて次女は台所へ。


「こっちの傷も、だいぶ良くなった?」

 長女のミュスレアが、アドラーの上半身に残る大きな傷に指を当てて聞いた。


 へその横から肩を回って背中まで伸びる、この大陸に転移した時に体を引き裂いた傷。


「最近は、雨が降っても痛みがなくなったよ」

 この大怪我で、アドラーは死にかけた。


「あっそ。そりゃ良かったわね……。ありがとね、これからもこの町に住めるわ」

「いやいや。三人は、命の恩人だからね」


「もうそんな事、気にしなくてもいいのに」

「そうは言ってもさぁ……命の恩人だよ?」

 アドラーは繰り返す。


 何時までも恩義に殉じる、この義務的なところがミュスレアには気に食わないが、ギルドを引っ張る団長はそんな事には気付かない。


「まあ、全員揃って食卓を囲めるだけよしとしますかね」

 ミュスレアが結論を出した。


「ちょっとドリーさんにもエサをやってくるね」と、アドラーが立ち上がる。


 今日も明日もこれからも、七人と一匹の守り猫、それに一頭のロバの冒険者ギルドの日々は続く。



 一部完

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