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 次の試合は、ブランカの出番となった。


 アドラーには、何となくバルハルトの考えが読めた。

 先にリューリアとキャルルを出して、一方的にしたくないのだろう。


 バルハルトは、”宮殿に住まう獅子”の大幹部で、一つの支部の興廃など気にしなくて良い。


 その程度の事で、帝国の爵位を持ち、将軍としても戦場に出たバルハルトの地位や名誉は揺るがない。


「さて、ブランカ。調子に乗って場外に落ちたりするなよ? ちゃんと手加減するんだぞ?」

「はーい!」


 アドラーの短い注意に、ブランカは手を上げてから飛び出した。



「”斬新気鋭の天才魔法剣士”ライクルトン!」

 ブランカの相手は、そう紹介された。


「覚えてる?」と、アドラーは隣のミュスレアに聞いた。

 彼女は怪我の一つもなく、腰に手を当てて水を飲んでから答えた。


「確か地味な奴だったと思う。選ばれるほど強かった記憶はないわね」


 しかし、出てきたライクルトンは、赤と緑に染めた髪を逆立てた派手な奴だった。


「あんなの、いたっけ……?」

「顔は……見覚えある……かな?」


 二人は揃って首を傾けた。


 ブランカには、説明文がなかった。

 名前以外の正体が掴めなかったのだが、それがブランカには不満。


「おい、ハゲっ!」とバルハルトに呼びかけた。

 バルハルトは五十過ぎで、立派な髭と体格だが頭は薄い。


 兜を被る軍人や冒険者の職業病のようなもので、しかも育毛の魔法もない。


「なにかね、お嬢さん」

 ハゲと呼ばれても、豪快な笑顔でバルハルトは聞き返した。


「あたしはオーロス山で育った、白竜のブランカだぞ!」

「おお、それはすまんな。だが竜と言われてものう、お嬢さんは飛べるかね?」


「うっ、それはまだ……」

「それでは竜とは呼べぬなあ」


 むうっと唸ったブランカが、口を尖らせる。

 アドラーは、もう良いから始めて下さいと、審判のバルハルトに合図した。


 第六回戦。

 ブランカの相手となったライクルトンが、何故天才と言われたか、アドラーも理解した。


 ライクルトンは、腰に付けたランプから火の精霊を呼び出し、風の精霊と混ぜてブランカを襲わせる。

 同時に、素早いステップで後方に周りこんで剣で突きかかる。


 数度の攻撃は、精霊魔法と剣術を組み合わせた見事なもの。

 ライクルトンは、この半年で急成長して抜擢されたギムレットの隠し玉であった。


「とは言え、そこらの精霊がブランカに効くわけもない」

「精霊たち、もう怯えてるもの」

 アドラーもミュスレアも、解説しながら見る余裕がある。


 呼び出された火と風の精霊たちは、ブランカに近づくのを嫌がり始めている、正体に気付いたのだ。

 制御を失った精霊を無視して、ブランカは軽く距離を詰める。


 ライクルトンが振り下ろす剣を見て避けてから、長い尻尾で足を掴んで引きずり倒した。


「あまり強くないな。もう終わるか?」

 首根っこを捕まえて、地面に押さえつけながらブランカが聞いた。


 アドラーの目にも、ライクルトンが驚いているのが分かる。

 小柄な少女に見えるのに振りほどけないのだ。


「くそが、ほざけ! トカゲ風情がっ!」


 ライクルトンは、叫ぶと同時に魔法を使った。

 今度は法術魔法の爆炎系の呪文。


「なるほど、天才なわけだ」

 アドラーも少し驚く。

 精霊系と法術系、二種類を使えるとあっては天才の二つ名にも相応しい。


 炎に包まれたブランカに向け、ライクルトンは剣を突き刺す。

 魔力の動きを見ていたアドラーには、その威力や動きも推測出来た。


「付け焼き刃の呪文で、竜の持つ魔法防壁を打ち破れるはずもない」

 ブランカの身体まで、炎が届いてないのは分かっていた。


 炎から飛び出たブランカが剣の腹を左手の甲で弾いて避け、右手に力を溜めると、ライクルトンの鎧胸部に向けて竜の爪を突き出した。


「きゃあ!」と、観客席の女から悲鳴があがる。

 ブランカの右腕は鎧を簡単に貫き、手首まで埋もれた後、そのままライクルトンの体を持ち上げる。


 腕一本で貫き殺されたと誰もが思ったが、ブランカが引っこ抜いた右手は拳になっていた。


「待て!」と、バルハルトが止めた。

 胸を強打されたライクルトンは、呼吸困難になってのたうち回る。


 ライクルトンがぶら下げていた『身代わりの護符』を確かめたバルハルトが顔を上げていった。


「運が良いな。これが無ければ心臓を潰されて死んでいたぞ? 勝者は、”太陽を掴む鷲”のブランカ!」


 歓声も上がったが、どよめきの方が大きかった。

 尻尾のある銀髪のあどけない少女が、腰に付けた剣すら抜かずに一蹴したのだ。


 一般の観客も驚いたが、冒険者の方が強い衝撃を受けていた。


「やべーよ……俺、あの子にトカゲっ子って言って怒られたことある……」

「俺も、リザード族かって聞いて怒られた……」

「あとで謝りに行かないと……」


 アドラー達と普段から関わりのあった者の方が震えていた。

 それほどに強烈な勝利であった。


 そんな客席など意に介せず、ブランカは尻尾を左右に振って戻ってくる。


「手加減! したよ?」

「えらいえらい」と褒めた後で、アドラーは叱った。


「いいか、二度と他人にハゲっなんて言ったら駄目だぞ?」

 アドラーの真面目な視線に、ブランカはこくりと頷いた。


 よく知らない奴にブランカが勝っても、団の者は誰も驚いたりはしない。

 気分が乗らない時は日向で昼寝ばかりだが、動きたい気分の時は、ダルタスでさえ投げ飛ばす。


 バスティと団のマスコットの地位も争う、ギルドのエースアタッカーなのだから。


 そして次は、遂にダルタスの出番であった。

 出てくるのがクォーターエルフの美人姉妹に自称ドラゴン娘と、変わり種ばかりの太陽と鷲でも一段と異色。


 本物のオーク戦士の登場に、闘技場は色めき立つ。


「ダルタスさまー!」

「きゃあん、素敵よう!」

「逞しいわぁ、しびれちゃう!」


 一部の観客から、野太く熱烈な歓声が飛ぶ。

 いずれもマッチョの男ばかり。


 並の男より頭二つ高い長身に鋼の筋肉を持つダルタスは、ライデンに来て二ヶ月で、一部の男達から崇拝にも似た人気を集めている。


 アドラーとマレフィカには、その理由が分かったが黙っていた。

 乙女の心を持つマッチョにとって、ダルタスは理想の王子様なのだ。


 オークの勇士は、片手を上げて声援に応える。

 異種族差別の強い人族でも、このオークの大男に向かって罵る者は居ない。


 ダルタスにとって、多少暑いが酒も飯も美味いライデンは、意外に住み心地が良い街だった。


 ”南の怪人、オークの英雄”と紹介されたダルタスの相手は、かつての太陽と鷲でも不動のタンク役を勤めたマティーニ。


 身体の幅は常人の倍で背も200センチ近いマティーニだが、ダルタスと並ぶと小さく見える。

 巨漢二人の対決に、試合は大いに盛り上がる……はずだった……。



「団長、すまぬ! いっそここで腹を切って……!」

 ダルタスが大きな体を縮めて謝っていた。


「いや、そんなことするな……勝敗は武門の常だ……ははは……」

 アドラーも想定外、なんとダルタスが負けた。


 試合展開は一方的。

 斧を振り回すダルタスに、マティーニは大きな盾で受けるのみ。

 だがマティーニは、怪物を相手にするのに作戦を持っていた。


「オークの戦士よ、このままでは埒があかぬ! 素手で勝負といかないか?」


 マティーニの誘いに、ダルタスは当然乗った。

 もちろん素手でもダルタスは強い、むしろ鋼の気まぐれがなくなれば必勝とも言えた。


 肉の暴風と化したダルタスは一方的に追い込む。

 だがマティーニは数発ほど耐え、機会を伺うだけの耐久力を持っていた。


 それからマティーニは片膝を付き、ダルタスがそれを見て動きを止める。

 強者の余裕だったが、マティーニがわずかな隙を突いてダルタスの斧を拾い上げ、決められた箱まで走り叩き込んだ。

 見事なタッチダウンである。


 武器を奪われれば負け――明示されていたルール――に則り、ダルタスは敗北した。



「え、まじ? ひょっとしてボク次第?」

 ようやくキャルルが気付く。


 ギルドの興亡は、少年の細い肩にかかるのだった。


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