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『こいつらだと……半日仕事だし、銀貨10枚くらいかな?』
二年間の滞在で、アドラーもようやく物価や相場が分かってきた。
『いや、汚れ仕事だともっと高いか。いやいや、俺を始末するのはついでで、主な目的は3人の確保か。こんな奴らに捕まったら、ミュスレアさんがあんな目やこんな目に……いっそ、全員やってしまうか……』
混戦に持ち込み、六人目の武器を叩き落としたアドラーは考え直す。
「いやー借金を踏み倒すのに殺しは駄目でしょ」と。
この大陸には質の良い武器が沢山ある。
いわゆる伝説クラスの銘品は見たことないが、戦闘力を跳ね上げる程度の武具なら普通に売っている。
地球のマスケット銃に似た魔弾杖が、アドラーに向けられる。
銃身の内側にあたる部分に、ライフリングでなく加速の呪文を彫って弾を詰める。
あとはマナを供給してやれば、弾丸でも銛でも打ち出せる優れた武器だが……。
アドラーは弱点も知っている。
『内径の呪文にぴったり収まるサイズでないと、上手く加速しないんだよな。この武器』
つまり地球の先込め銃と同じく、筒先から弾丸を押し込むので連射が効かない。
アドラーの知識を総動員して、ドワーフ族にでも改造させれば更に威力は上がるだろうが、そこまでするつもりはない。
もし二つの大陸が出会った時、一方が圧倒的な武力を持っていると不幸になる。
アドラーはその事を知っていた。
『もしアドラクティアに戻れるなら……これらの武器を伝えておきたい。何と言っても、平穏なこちらの大陸は人口が一桁多いからな』
余計な事を考えながらも、アドラーは発射された加速体を魔弾杖の動きを見ながら避ける。
驚いた事に、撃ち出されたのは複数の弾丸だった。
『散弾!? こんな事も出来るのか……』
だがアドラーの体には届かない。
本日のアドラーは、柄の長い愛用の短剣――片刃で分厚く強化魔法のかかった掘り出し物――で、柄の内部に針や糸など小物も収納出来る。
さらに革の手袋とブーツ、服の下に薄い鎖帷子を着込んだ程度。
見送りに来ただけの軽装だが、上からかけた物理防御は尋常の物ではない。
「ぽむっ!」と筒から勢いよく飛び出す音が幾つか鳴ったが、乱戦の中での飛び道具は……同士討ちを招いただけだった。
「ぎゃあ!」と巻き込まれた男達が倒れ、「何をしておる!!」とシャイロックの叫びが続く。
『連携も指揮統率もなっちゃいないな』
十人まで倒れたところで、残りの四人が武器を投げた。
『ついでに士気も低い』
評価を終えたアドラーは、背を向けて逃げ出そうとしたシャイロックをあっさりと捕まえた。
「シャイロックさん、少しお話しましょうか?」
雇ったならず者、一人に銀貨で平均25枚。
カナン人の武器商人から借りた高価な魔弾杖などのレンタル料が銀貨300枚。
しめて金貨5枚と銀貨50枚が一瞬で無駄になった。
「ま、ま、ま、待て! わしを殺すとカナン人の組織が黙ってないぞ!?」
「借金を返せずに追われるのも、高利貸しを殺して追われるのも同じだと思いませんか? むしろ、その方がすっきりする」
首元に刃を突きつけられたシャイロックから脂汗が吹き出る。
短剣の上に頬の肉を乗せたまま、アドラーは聞いた。
「彼女らにも、追手を付けましたか?」
顔を真赤にしたシャイロックが首を横に振ると、うっすらと刃の跡が頬に残った。
「つ、付けてない! きさまを、いや、団長殿を始末した後に追いかければ良いと!」
しばらく黙って見つめたが、嘘ではなさそうだとアドラーは判断する。
シャイロックが、沈黙に耐えきれずに喋りだした。
「そ、それにしてもお強い! 流石は名門ギルドの団長を任されるだけはございますな! このシャイロック、ほとほと感服致しました。商人は人を見る目が大事と申しますが、まだまだ精進せねばと感じ入った次第でございまして、これならばギルドの借金など余裕で返済なされましょう! なんなら私めが依頼を……」
「ちょっと黙ってくれ」
「はい」
長口上を聞く気はないが、まだしっかりと借金を払わせるつもりの金貸しにアドラーは少し感心した。
実際、アドラーは踏み倒して逃げるつもりだったのだし。
「まだミュスレア達と連絡が付く。何か異常があれば即座に殺す」
アドラーの感情を押さえた台詞に、刃が食い込むのも厭わずにシャイロックは何度も頷いた。
連絡が付く――これは嘘ではない。
短文を相互に送れる魔法を込めた水晶球がある。
せいぜい五十キロ以内といったものだが、冒険者も隊同士の通信にこの連絡球を使う。
十四人のならず者に死者はない。
最も重傷な者は、魔弾杖での同士討ち。
これらを引き連れて、アドラーは今月末まで契約の残るギルドハウスへと引き上げた。
「医者……治癒師でも医術師でも呼んでやれ。払いはシャイロックだ」
一言告げると、無傷の者が一人出ていった。
ならず者どもの治療を見ながら、アドラーは手の中の水晶球に目をやる。
「ペオムの街に着いたよ!」
「良かった、変わりない?」
「ないよ!」
連絡球に浮かぶ文字を書いてるのはキャルルだろうか。
きちんと教育を受けた綺麗な字だった。
「ルブロンに着いたよ。これからタタバーニャまでの馬車に乗るね」
あっさり行き先まで書いてしまう不用心さが、アドラーにはとても愛おしかった。
三人はこれから東へ向かう、連絡が付くのもあと数時間。
そして最後に、別れの一文が来た。
「ありがとう。また会えることを祈って。精霊が貴方の道を照らしますように。 ミュスレア リューリア キャルル」
エルフの挨拶と三人の名前が送られてきた。
名前だけが不格好に歪んでいる、これはミュスレアの字に間違いない。
アドラーは何度も何度も読み返してから、文章を全て消去した。
彼女達の行き先を知るのはアドラーだけ。
半日の間、アドラーはシャイロックらを見張り続けて、時刻は夕暮れになっていた。
「シャイロックさん、あなたを殺しはしない」
露骨に安堵の表情を浮かべるシャイロックへ、続けて質問をぶつける。
「ギムレット達は何処へ行った? 素直に吐けば今すぐ解放しよう」
だが、返答は意外なものだった……。