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『ギルドのマイスターによるシュラハト』

 かつては職工ギルドの職人が、互いの技量を競うものであった。


 やがて馬借ギルドが新酒を運ぶ競争として取り入れ、あらゆる分野で実力を示し合う大会となり、冒険者ギルドにも広まった。


 一対一の個人戦を10回で、最終戦は団長同士の一騎打ちで二勝分。


 現在は”宮殿に住まう獅子”ライデン支部の、副団長グレーシャが圧勝して四勝目をあげたところ。


 負けたリューリアのところへ、アドラーが駆け寄った。


「な、なんてことを!」

 アドラーは絶句する。


 かわいいリューリアの目元には、グレーシャに殴られて薄くあざが出来ていた。


「リュー……こんな事に巻き込んで……」

「その先は言わないの! わたしは、みんな一緒にいたいから参加したの。これくらい平気よ!」


 リューリアは元気に立ち上がる。

 それから心配顔でやって来たミュスレアを見て少し悩み、両手を姉の方に広げた。


「お姉ちゃん、おんぶ」

 甘えた声を出した妹を、ミュスレアがしっかりと背負う。


「えへへ、久しぶり。お姉ちゃんの背中」

「リューリア、よく頑張ったわね。体も、痛いでしょ?」


「ちょっとだけ」

 服と鎖かたびらの上からでも、鞭を受けてはただでは済まない。

 運が良ければ赤い腫れ、悪ければ紫の跡が全身に付く。


 アドラーは見通しの甘かった自分に怒っていたが、それ以上の怒りを抱える人物が一人いた。


「次の試合を執り行う!」


 泥ゴーレムの残骸が片付いた闘技場では、早くもバルハルトが五回戦を開始を告げる。


「宮殿に住まう獅子からは、団の幹部にして”疾風乱舞の速剣”スパークル! 対するは、”半エルフ(エルフィッシュ)鬼姫(オーガ)”ミュスレア。なお、ミュスレア・リョースは、先程負けたリューリアの姉である!」


 集まった冒険者達にとって、注目の戦いだった。

 ギムレットの右腕と呼べる剣士のスパークルと、女冒険者で屈指のアタッカーと言われるミュスレア。


 副将戦にも相応しい一戦を、バルハルトはここに持って来た。

 闘技場に出ようとしたミュスレアを、マレフィカが呼び止める。


「ちょっと待って、奴らの使う個別強化の種類が解ったの。何処かの神殿で祈って選別したのね、多分”激情と争いの神”のものよ」


 ミュスレアは、魔女の方を見ていった。

 声はとても落ち着いている。


「ありがとう、大丈夫よ。絶対に勝つからね」

「あっ、待って! この魔法の特徴はね、効果は強いけど時間が……って、行っちゃった……」


 ミュスレアは話を聞かずに舞台に上がる。


『まさか……緊張してるのか?』

 アドラーは少しだけ不安になった。


 何時もの彼女は、良くも悪くも単純明快。

 怒っても嬉しくても悲しくても、すぐに顔に出る。


 愛する妹が傷ついて心中穏やかなはずもなく、怒りを周囲に振りまくのが自然に思われた。


「よう、ミュスレア。久しぶりだな」

 太陽と鷲でも幹部だったスパークルが話しかけたが、ミュスレアは答えない。


「俺は反対したんだぜ、一度は。けどまあ、ああするしかなかったんだ、許せよ」


 ミュスレアよりも頭一つ大きなスパークルはよく喋る。

 相手が反応しないと見るや、さらにまくし立てた。


「へへっ、お前が店に並べば俺が常連になってやったんだがな。今からでも遅くない、俺の女になるか? どうせ居場所もなくなるんだ」


 普段なら絶対に言い返すミュスレアも黙ったままで、スパークルにはそれが怯えに見えた。


「戦いを辞退しても良いぞ? 俺が本当にやりたいのはアドラーだ。あいつ、どさくさで俺のことを殴りやがった!」

 スパークルは、四ヶ月前にアドラーに殴られたことを覚えていた。


「お前ごときが、わたしの団長に敵うはずがない」

 うっすらと笑ったミュスレアが言い返したのは、これだけだった。


「始め!」の合図がかかり、双方が同時に剣を抜く。


 アドラーも二人を見つめる。

 ミュスレアに固さはなく、今日はエルフ王から分捕ったミスリル混じりの槍でなく使い慣れた剣を持つ。


 動きが優先のミュスレアは、体の中央部を守る鎧に長いブーツ。

 夏ということもあってか、白い太ももが見える軽装だった。


 一方のスパークルは、全身を覆うプレートメイル。


『あれが”激情と争いの神”の神授魔法か。防御に三割ってとこだな、良い効果だ』とアドラーも確認する。


 自身が持つ魔法によるバフは禁じられていない。

 足繁く神殿に通い祈って供物を捧げ、特定の神から加護を受けることは良くある。


 ただし豊穣や安産や治癒や職能の神に比べて、戦闘系の神は揃って気まぐれ。


 望みの効果が付くことはほとんどない。

 攻撃強化が欲しいのに防御強化が付いて、泣く泣くパーティ内での役割を変えるなども良く起きる。


 ”宮殿に住まう獅子”、通称レオ・パレスの財力とコネを生かし、ギムレット達は個別の強化魔法を獲得していた。

 リューリア渾身の体当たりが、グレーシャにあっさり受け止められたのもそのせい。


 マレフィカが、全員に解説する。

「”激情と争いの神”はなぁー、良い強化が付く可能性が一番高いと言われる。ただし、その名の通り効果が恐ろしく短い。激怒の一瞬、火事場の馬鹿力」


「具体的には?」

「まあ、この砂時計の半分から落ちるまでだなー」


 マレフィカは何処からともなく砂時計を取り出す。

 時間にして十分から十五分といったところ、だが一対一の戦いなら充分である。


「それでスパークルの動きも良いのか……」

 アドラーは砂時計から闘技場に目を戻す。


 視線の先では、激情の神の加護を受けた剣士が、妹が傷つき激怒した姉にタコ殴りにされていた。

 温厚な人が怒ると怖いとよく言われるが、怒るはずの人が怒ってないのはもっと怖いと、アドラーは知った。


 最初の数分は、高い技術の応酬で観客も見惚れるほどだった。

 だが直ぐにミュスレアの速度と強さが圧倒し始めた。


 彼女は、元々素質だけで戦うタイプだったが、今はアドラーの副官格として考えることが増えた。


 ブランカに剣を教えてやり、試合好きのダルタスの相手もして、時にはアドラーから正統派の技術も習う。


「完全に役者が違うか……。それにしても、本気で怒ると黙るんだね、ミュスレアさん。今後は気をつけよう……」

「ボクも……」


 アドラーとキャルルが、寄り添って震えるほどであった。


 ミュスレアの剣は、プレートメイルを着込んだスパークルの僅かな隙間を的確に撃つ。

 相手の剣も鋭いが、かする気配もない。


 めきっと鈍い音が闘技場に響いた。


「あー……あれは、痛い」

 アドラーも思わず片目をつむる。


 スパークルの剣を丁寧に受け流したミュスレアが、懐に入って剣の柄で顔の真ん中を叩き上げた。

 前歯と鼻が折れ、大量の血が吹き出る。


「降参するか? 今なら許してやるぞ」


 大きく呼吸して息を整えたミュスレアが聞いた。


「ほ、ほざけっ!」

 スパークルが大きく剣を振り回す。

 追い詰められたあがきの様だが、狙いは別にある。


 避けたミュスレアを左腕で捕まえるつもり、体格差を活かして肉弾戦に持ち込む気かとアドラーは見て取った。


 もちろん、ミュスレアも読んでいた。

 左手の親指を掴むと勢いを利用して大きく投げ飛ばし、プレートメイルが闘技場で高い音を立てた。


「く、くそがっ!」

 強い防御バフのかかったスパークルは直ぐに立とうとしたが、今日のミュスレアには何時もの優しさがない。


 うつ伏せで晒された無防備な膝の裏を、骨を砕く勢いで踏み抜く。

 そして剣を大きく振り上げると、振り下ろす勢いを交えて顔面を剣で痛打した。


「ゴルフかよ……」とアドラーは思った。


 それでも優しい長女は、刃を横にして使い革も張ってある。

 即死することはないが、スパークルの鼻は完全に潰れて白目を剥いた。


「あー、これは駄目じゃな。勝者はミュスレア嬢じゃ!」

 バルハルトは勝利を宣言しながら、手招きで衛生兵を呼んだ。


 美しいエルフの圧勝劇に、会場からは大歓声。

 何事もなかったように下がるミュスレアを、アドラーは両手を広げて迎えようとしたが、先に三つの影が飛びだした。


 リューリアとキャルルとブランカが、長女にまとわり付く。

 三つの頭を順番に撫でながら、ミュスレアはいった。


「これで一勝ね。絶対に勝って、みんなで暮らすのよ!」と。


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