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 アドラーは、両手いっぱいの荷物を抱えて歩いていた。

 七人と一匹分の買い出しはとても多い。


「アドラーとダルタス、ついて来てくれる?」

 台所担当のリューリアの指名に、二人は素直に従った。


 小規模ギルド――成長期が三人と一匹、大食いのオークが一人――のエンゲル係数は高い。

 毎日の食事が給料代わりで、ほとんど丁稚奉公。


『すまないなあ』と、アドラーも思うのだが、今は皆に甘えていた。

 もちろん、こんな冒険者ギルドに入りたがる物好きはまったくいない。


 ただ、文句を言う団員もいない。

 一人なら幾らでも大儲け出来そうなマレフィカでさえ、ギルドの為にせっせと魔法道具を作っている。


「気にするな、お前達ほど面白い集団は大陸中を探しても他にない。魔法使いとは、自分の好奇心の為に生きるのさ。あと、人体実験の被験者を募集中だぞ」


 こんな感じでギルドに馴染んだ。


 本格的な夏になり、リューリアは明るい亜麻色の髪をポニーテールにしていた。

 歩く度に揺れる尻尾の数歩後ろを、アドラーとダルタスが大荷物を抱えて付いていく。


 人目を引く若いエルフ族に声をかけた者があった。

 クォーターエルフの3姉弟は、ライデンの生まれで知り合いも多いが、市民ではない。

 異種族というだけで、ずっと不安定な立場にあった。


「よう、ねえちゃん?」


 声をかけた若者の第一声で、アドラーは臨戦態勢に入る。

 隣のダルタスの筋肉がみなぎるのが見なくとも分かる程、神経を研ぎ澄ます。


「エルフだ、珍しい!」

「美人じゃん、ちょい遊ばね?」

「なあ、エルフに無駄毛がないってマジ? ちょっと見せてよ?」

「こっち来いよ。亜種族が人に逆らったら、どうなるか分かるしょ」


 リューリアに群がった四人の若者を『殺す!』とアドラーは決心した。

 地球の現代感覚を持って温厚なアドラーにも、許せないことはある。


 無謀な若者達は、その一線を軽々と超えた。

 クォーターエルフの少女は、大きな声で「困ります!」と言った。


 街の中で注目を浴びれば、恥ずかしくても誰かが助けてくれることもある。

 幼い頃から身に付けた護身術。


 大声を出したリューリアを若者が囲み、触りそうになった瞬間、アドラーとダルタスが同時に蹴りをぶち込む予定であった。


 だがその一瞬前に、別の集団が若者達を捕まえた。

「おっと坊や達、お兄さんと遊ぼうか?」


「い、いてっ! 離せよ!?」

 派手な服を着た若者達がどれほど暴れても、捕まえた腕はびくともしない。


「その子、冒険者。俺たち冒険者、分かるね?」

 新しく現れた男たちは三人だが、問答無用で四人の若者達を引きずっていく。


 通りすがりの冒険者は、アドラーに向かって言う――もちろんアドラーとダルタスに気付いていた。


「三日後のシュラハト、楽しみにしてるよ。お前らに賭けたんだ、大穴狙いでな。おらっ、こっち来いガキども!」


 それだけ言うと、若者達を連れて路地裏に消えていった。


「リュー、大丈夫?」

 ぽかんとしたリューリアに、アドラーは聞いた。


「全然平気よ。慣れてるもの」

 リューリアは、本当に何でもないわと笑う。


「けど二人とも、暴力は駄目よ? 傷つけたら大変なことになるんだから」


「手足を砕く程度で……」

「二度と近づかない程度に……」


 ダルタス、アドラーの順に物騒な予定を伝える。


「もう、乱暴なんだから! さっきの人たちも、無茶しなければ良いけど」


 リューリアは、助けてくれた冒険者が消えた路地を見つめる。

 彼女は、弟以外には本当に優しい。


『ギルドのマイスターによるシュラハト』通称ギルド会戦に向け、アドラー達への注目は高まっていた。

 先ほどのように、こっちが知らなくてもあっちが知ってるという事も増えた。


 なお、リューリアに絡んだ若者達は、とある冒険者ギルドの新人になった。


「オークの化け物と、太陽と鷲の団長から助けてやったんだ。恩の返し方、分かるよなあ? あん?」


 屈強な冒険者に脅され……説得された若者は、髪を丸刈りにして荷物持ちから始めることになる。


 冒険者ギルドとは、居場所のない者やふらふらしている若者の受け皿でもある。

 このライデン市では、冒険者の評判は悪くないのだ。



 巨大な闘技場に、二万を超える観衆が集まっていた。


 近隣のコボルト村から来た者もいる、アドラーに冒険者は諦めろと言われたアガランも見に来ていた。

 銀色水晶団やシロナの祝祭団の者達も陣取る。


 諸侯や貴族などは、椅子付きの有料席に。

 リヴォニア伯国のエルマー王子や、スヴァルトの外務参事に昇進したファゴットも来ていた。

 キャルルとリューリアには、学校の友人を中心とした個別の応援団。


「有料席だけで銀貨三万枚の売り上げだとさ、バルハルトのやつ、大儲けじゃねえか!」


 アドラーは愚痴る。

 さらに出店やパンフレットの売り上げ、それらはバルハルトとライデン市の折半。


 金貨百枚とシード権を供出したバルハルトが今回の仕切り。

 盛り上げ上手のバルハルトは、ギルド会戦をお祭りへと仕立て上げていた。


 似合わぬ蝶ネクタイを付けた総団長バルハルトが出てくる。


「諸君、ようこそ参られた!」

 マイクも無しに響き渡る司令官の持つ胴間声。


「此度の冒険者ギルドによるシュラハトは、116年ぶりの開催とあって、帝室からも臨席を賜ることになった!」


 誰が来たかは言わなかったが、ミケドニア帝国のアグリシア家からも皇族が来ていた。


 観客の半分ほどが、男は帽子を取り女は軽く膝を曲げる。

 残りの半分は騒ぎ続けたが、ここは自主の気風が強い自由都市ライデン、これでも大歓迎と言ったところ。


 バルハルトは規則の説明に続いて、三回戦までを”宮殿に住まう獅子”の不戦勝とすると告げた。


「”宮殿に住まう獅子”ライデン支部と、”太陽を掴む鷲”の戦いは、四回戦からとなる! 先に六勝分を獲得した方が勝ち。団長同士の最終戦は二勝分とする!」


 宮殿に住まう獅子専属の、レオ・パレス軍楽団がドラムロールを始めた。


「最初の戦いはこの二名で行う! ヒーラー同士の戦いである。”ライデン市の冒険者最高の美女にして癒やしの聖女”グレーシャ、そして”癒やしの歌声”リューリア!」


 選手紹介を聞いていたアドラーは大きくバランスを崩す。

 グレーシャの二つ名が彼女が選んだかのように出鱈目なのと、誰にも話してないリューリアの特殊能力がバレていたことで。


『何処で仕入れたのやら……バルハルトは侮れんなあ……』


 やっと体勢を立て直したアドラーの目の前で、闘技場にゴーレムが二体出現する。


 遂に、ギムレットに借りを返す機会がやってきた。


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