86
冒険者の昼下がり、ギルドハウスで覚悟を決めたアドラーが少年に声をかけた。
「キャル、ちょっと剣を見てやろうか?」
「えっいいの? 兄ちゃん!」
ミュスレアがちらりとアドラーを見たが、何も言わない。
これまでのアドラーは、キャルルに戦い方を教えるのに積極的ではなかった。
リューリアと一緒に安全な所に置いて全力で守る、本格的な冒険者に育てる気などなかった。
長女のミュスレアも同様。
剣なんて覚えたって軍人か用心棒か冒険者にしかなれない。
末の弟には、手に職を付けて真っ当な道に進んで欲しいと願い、アドラーもそれは十分に分かっていた。
だがミュスレアは反対せず、アドラーも考えを少し変えていた。
「いいぞ。また勝手に無茶をされても困るからな」
自分の実力を理解して、自分の身を守れるようになって損はないと、アドラーは思ったのだ。
喜び勇んで飛び出したキャルルは、長い木の棒を手にした。
エルフの剣と同じくらい長い。
「却下」
アドラーは、木の棒を取り上げて折った。
「ああっ! ボクの剣が!」
キャルルがこの長い棒で、ブランカやダルタスを相手にちゃんばらをしてたのは、アドラーも見ていた。
しかし、使いこなすにはもっと背が伸びないと無理。
「こっちを使え」と、折った木の棒の半分を渡す。
「こんな短いの……」
「嫌なら止めるか?」
「いや、やる! いえ、やります!」
キャルルは、やる気だけはあった。
アドラーが武器に触れたのは十歳くらいの頃、戦乱の大陸だったので仕方がない。
十三の時にはもう軍に居たし、数年後には実戦に出た。
そんなアドラーにとって、キャルルの剣を読むのは簡単だった。
「そっちじゃないぞ。あー、こっちもハズレ」
キャルルよりずっと細い木の枝で、木の棒を右へ左へ受け流す。
あっという間に少年の息が上がる。
「はぁはぁ……なんで、当たらないの……?」
振ったらアドラーが居ない、突いたら剣の先だけ流される。
キャルルは、アドラーの周りを走り回るだけだった。
「情けないわねえ。もう息があがって」
横で見ていたリューリアが、大きなため息を付く。
「まあ仕方ない。俺から見れば、キャルの動きたい方向が分かる。動き出す前から何となく分かる。あとは、動いたちょっと後に避けるだけだ」
アドラーは細い枝を振り上げて、軽く振り下ろした。
「あいてっ!」
一歩右に動いたキャルルの頭に命中する。
「相手の動きを読むのは経験だ。そして、相手に動きを読ませないのが技術。この二つを習得すれば、人でも魔物でも同じ様にあしらえる」
アドラーは本格的にキャルルを鍛えるつもりだったが、見ていたリューリアが口を挟む。
「キャルル相手なら、それくらいわたしにも出来るわよ」と。
「なんだとっ!」
常に頭を抑えられている弟も、これには怒る。
「リュー、これは一朝一夕には……」と言おうとしたアドラーに、リューリアが右手を差し出した。
枝を寄越せというのだ。
「まあ見ててっ!」
リューリアは自信満々でキャルルに近づくと、ぺしんと頭を叩いた。
右に左に避けようとする弟の頭を、的確に捉え続ける。
「お姉ちゃん! 分かった、分かったから!」
年頃のキャルルが『お姉ちゃん』と呼ぶのは、降伏の証。
「どーよ? 十五年も姉をやってれば動きくらい読めるわよ」
「そういうものなの?」
アドラーには不思議であった。
背はまだ追いついてないが、キャルルの身体能力は次女より高いくらいだが。
「そういうものなのよ。弟は一生姉に敵わないの、キャルル分かった?」
リューリアは満足げに弟の頭を見下ろしていた。
だが、姉の特殊能力は弟専用で魔物には通じない。
やはり武器は持たせない方が良いと、アドラーは決心する。
この日からキャルルは、一生懸命に素振りなどの基礎練習をするようになった。
そろそろ勝てると思っていた三つ上の姉に、手も足も出なかったのが余程堪えたようだった。
帝国最大のギルド”宮殿に住まう獅子”、通称レオ・パレス。
120の支部を持ち構成員は三千人を超え、その内の30支部を束ねるのが東方総団長のバルハルト。
この貫禄ある冒険者からアドラーに届いた手紙には、ギルド会戦の要項がぎっしりと書かれていた。
アドラーが勝てば、バルハルトとギムレットから金貨百枚ずつ。
合計二百枚も貰える上に、次の大規模ダンジョン探索のシード権まで手に入る。
負ければ、ギルドを廃業して文無しで逃げ出す他ない。
十人が一対一で十戦、これは事前に決まっていたが、その詳細も伝えられた。
「外から魔法での助力はなし。まあ仕方がないか」
アドラーは、手紙を皆に読み聞かせる。
アドラーの強化魔法は絶大無比で特殊、これが使えればキャルルでも勝つ可能性がある。
「武器は革を被せて刃が効かぬようにする。殺し合いではないからな。それに、身代わりの護符を人数分用意してくれるそうだ」
その名の通り、致命的な攻撃を一度だけ防ぐ魔法の護符。
これが壊れれば負け。
他にも、武器を奪われたら負け、双方が同時に動けなくなったら引き分けなど細かいルールが定められていた。
「それで、これが問題なんだけど……魔法使い専用とヒーラー専用の戦いが設定されてる……」
これにはアドラーも困る。
マレフィカは良い、彼女は戦闘向きでなくとも血統の魔女、持って生まれた魔力の総量も知識も桁外れ。
並の戦士なら完封することも可能。
「わたしも出ようか?」
リューリアが手を挙げた。
「いやー、けど多分これ、相手がグレーシャだよなあ……」
先の副団長グレーシャ。
ヒーラーとしての能力は、見た目に似合わずライデン市でも屈指。
その上、鞭も使いこなすサディスティックな女冒険者。
将来的にライバルとなりかねない、若くかわいいリューリアを見れば敢然と潰しにかかるだろう。
「や、やめて置いた方がいいかなーって、お姉ちゃんは思うなあ……」
ミュスレアでさえビビる。
「あっそう。じゃあやるわ、エントリーしておいて」
リューリアは反抗期なのか、姉の忠告を無視した。
「リュ、リューリア!?」
ミュスレアはやはり止めたがった。
「平気よ、平気。ヒーラー同士なら、戦いにはならないでしょ?」
リューリアは楽天的に答え、ミュスレアも渋々ながら許可する。
七人のエントリーが決まったとこで、バスティが聞いた。
「守り猫同士の対決はないのかにゃ? ぼっこぼこにしてやるにゃん!」
中身が女神の猫を出すのは反則じみていたが、キャットファイトの予定はなかった。
「さてみんな、ギルドの興亡はこの一戦にある。これに勝てれば、俺達のギルドは安泰だ! 相手に大怪我させない程度に頑張ってくれ!」
キャルルとリューリア以外は、並外れた戦闘力を持つ”太陽を掴む鷲”団。
いよいよ、ギルド会戦の日が迫ろうとしていた。




