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冒険者の昼下がり、ギルドハウスで覚悟を決めたアドラーが少年に声をかけた。


「キャル、ちょっと剣を見てやろうか?」

「えっいいの? 兄ちゃん!」


 ミュスレアがちらりとアドラーを見たが、何も言わない。

 これまでのアドラーは、キャルルに戦い方を教えるのに積極的ではなかった。

 リューリアと一緒に安全な所に置いて全力で守る、本格的な冒険者に育てる気などなかった。


 長女のミュスレアも同様。

 剣なんて覚えたって軍人か用心棒か冒険者にしかなれない。


 末の弟には、手に職を付けて真っ当な道に進んで欲しいと願い、アドラーもそれは十分に分かっていた。


 だがミュスレアは反対せず、アドラーも考えを少し変えていた。


「いいぞ。また勝手に無茶をされても困るからな」

 自分の実力を理解して、自分の身を守れるようになって損はないと、アドラーは思ったのだ。


 喜び勇んで飛び出したキャルルは、長い木の棒を手にした。

 エルフの剣と同じくらい長い。


「却下」

 アドラーは、木の棒を取り上げて折った。

「ああっ! ボクの剣が!」


 キャルルがこの長い棒で、ブランカやダルタスを相手にちゃんばらをしてたのは、アドラーも見ていた。

 しかし、使いこなすにはもっと背が伸びないと無理。


「こっちを使え」と、折った木の棒の半分を渡す。


「こんな短いの……」

「嫌なら止めるか?」


「いや、やる! いえ、やります!」

 キャルルは、やる気だけはあった。


 アドラーが武器に触れたのは十歳くらいの頃、戦乱の大陸だったので仕方がない。

 十三の時にはもう軍に居たし、数年後には実戦に出た。

 そんなアドラーにとって、キャルルの剣を読むのは簡単だった。


「そっちじゃないぞ。あー、こっちもハズレ」


 キャルルよりずっと細い木の枝で、木の棒を右へ左へ受け流す。

 あっという間に少年の息が上がる。


「はぁはぁ……なんで、当たらないの……?」


 振ったらアドラーが居ない、突いたら剣の先だけ流される。

 キャルルは、アドラーの周りを走り回るだけだった。


「情けないわねえ。もう息があがって」

 横で見ていたリューリアが、大きなため息を付く。


「まあ仕方ない。俺から見れば、キャルの動きたい方向が分かる。動き出す前から何となく分かる。あとは、動いたちょっと後に避けるだけだ」


 アドラーは細い枝を振り上げて、軽く振り下ろした。


「あいてっ!」

 一歩右に動いたキャルルの頭に命中する。


「相手の動きを読むのは経験だ。そして、相手に動きを読ませないのが技術。この二つを習得すれば、人でも魔物でも同じ様にあしらえる」


 アドラーは本格的にキャルルを鍛えるつもりだったが、見ていたリューリアが口を挟む。


「キャルル相手なら、それくらいわたしにも出来るわよ」と。


「なんだとっ!」

 常に頭を抑えられている弟も、これには怒る。


「リュー、これは一朝一夕には……」と言おうとしたアドラーに、リューリアが右手を差し出した。

 枝を寄越せというのだ。


「まあ見ててっ!」


 リューリアは自信満々でキャルルに近づくと、ぺしんと頭を叩いた。

 右に左に避けようとする弟の頭を、的確に捉え続ける。


「お姉ちゃん! 分かった、分かったから!」

 年頃のキャルルが『お姉ちゃん』と呼ぶのは、降伏の証。


「どーよ? 十五年も姉をやってれば動きくらい読めるわよ」

「そういうものなの?」


 アドラーには不思議であった。

 背はまだ追いついてないが、キャルルの身体能力は次女より高いくらいだが。


「そういうものなのよ。弟は一生姉に敵わないの、キャルル分かった?」

 リューリアは満足げに弟の頭を見下ろしていた。


 だが、姉の特殊能力は弟専用で魔物には通じない。

 やはり武器は持たせない方が良いと、アドラーは決心する。


 この日からキャルルは、一生懸命に素振りなどの基礎練習をするようになった。

 そろそろ勝てると思っていた三つ上の姉に、手も足も出なかったのが余程堪えたようだった。



 帝国最大のギルド”宮殿に住まう獅子”、通称レオ・パレス。

 120の支部を持ち構成員は三千人を超え、その内の30支部を束ねるのが東方総団長のバルハルト。


 この貫禄ある冒険者からアドラーに届いた手紙には、ギルド会戦の要項がぎっしりと書かれていた。


 アドラーが勝てば、バルハルトとギムレットから金貨百枚ずつ。

 合計二百枚も貰える上に、次の大規模ダンジョン探索のシード権まで手に入る。

 負ければ、ギルドを廃業して文無しで逃げ出す他ない。


 十人が一対一で十戦、これは事前に決まっていたが、その詳細も伝えられた。


「外から魔法での助力はなし。まあ仕方がないか」

 アドラーは、手紙を皆に読み聞かせる。


 アドラーの強化魔法は絶大無比で特殊、これが使えればキャルルでも勝つ可能性がある。


「武器は革を被せて刃が効かぬようにする。殺し合いではないからな。それに、身代わりの護符を人数分用意してくれるそうだ」


 その名の通り、致命的な攻撃を一度だけ防ぐ魔法の護符。

 これが壊れれば負け。


 他にも、武器を奪われたら負け、双方が同時に動けなくなったら引き分けなど細かいルールが定められていた。


「それで、これが問題なんだけど……魔法使い専用とヒーラー専用の戦いが設定されてる……」


 これにはアドラーも困る。

 マレフィカは良い、彼女は戦闘向きでなくとも血統の魔女、持って生まれた魔力の総量も知識も桁外れ。

 並の戦士なら完封することも可能。


「わたしも出ようか?」

 リューリアが手を挙げた。


「いやー、けど多分これ、相手がグレーシャだよなあ……」


 先の副団長グレーシャ。

 ヒーラーとしての能力は、見た目に似合わずライデン市でも屈指。

 その上、鞭も使いこなすサディスティックな女冒険者。


 将来的にライバルとなりかねない、若くかわいいリューリアを見れば敢然と潰しにかかるだろう。


「や、やめて置いた方がいいかなーって、お姉ちゃんは思うなあ……」

 ミュスレアでさえビビる。


「あっそう。じゃあやるわ、エントリーしておいて」

 リューリアは反抗期なのか、姉の忠告を無視した。


「リュ、リューリア!?」

 ミュスレアはやはり止めたがった。


「平気よ、平気。ヒーラー同士なら、戦いにはならないでしょ?」

 リューリアは楽天的に答え、ミュスレアも渋々ながら許可する。


 七人のエントリーが決まったとこで、バスティが聞いた。

「守り猫同士の対決はないのかにゃ? ぼっこぼこにしてやるにゃん!」


 中身が女神の猫を出すのは反則じみていたが、キャットファイトの予定はなかった。


「さてみんな、ギルドの興亡はこの一戦にある。これに勝てれば、俺達のギルドは安泰だ! 相手に大怪我させない程度に頑張ってくれ!」


 キャルルとリューリア以外は、並外れた戦闘力を持つ”太陽を掴む鷲”団。

 いよいよ、ギルド会戦の日が迫ろうとしていた。


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