7人と一匹のギルド
湖沼地帯の冒険から帰ってきたアドラーの所へ、合同クエストのお誘いがやって来た。
少人数だが実力があると認められた証拠であったが……。
「けど、スライム退治なんだよね」
キャルルが不満そうに訴えた。
「キャル、お前はスライム倒したことないだろ?」
アドラーもまだ三回目。
「俺も初めてだ」
ダルタスがぶんっと斧を振り回す。
「ま、そんな得物は要らないのだが。はい、これ」
アドラーは、灰と砕いた石灰を混ぜた袋を二人に渡す。
本日は、ライデンの地下水道の定期掃除。
ライデン市中の冒険者ギルドから、男ばかりがのそのそと集まって来る。
スライムの中には、衣服を溶かすものがいる。
地下水道で軟体生物に乾燥剤をかけて回るのは、伝統的に男の仕事。
「つまんないのー。けどまあ、姉ちゃんらに付いてくよりは良いか」
ミュスレア達は、レヴィオン公国の女子修道院からのクエストに行っている。
男子禁制の依頼で、キャルルなら入れてもらえるかも知れないが、少年は全力で嫌がった。
修道女の群れに放り込まれるなど、恐怖でしかない。
「よう、アドラー」と、あちこちのギルドの面々が声をかける。
やはり注目は、オークのダルタス。
「お前さんがダルタスか。よろしくな」と挨拶する者もいる。
珍しさもあるが、いよいよ一ヶ月半後に迫った『ギルドのマイスターによるシュラハト』通称ギルド会戦に向けて様子を見に来たのだ。
アドラーとミュスレアの名は通っている。
小柄なハーフリザードの少女――ブランカのこと――が、ヤバイとの噂もある。
「ふーん、強そうだな」
「もちろんだ。団長には及ばぬがな」
身長230センチを超えるダルタスがにやっと笑うと迫力が出る。
「ありゃ半端ねーぞ」
「けどまだ4人だ」
「俺もう、ギムレットに賭けちまったよ」
ライデンの男達は、116年ぶりのギルド会戦の賭けの予想に夢中だった。
「あのさー、ボクも出るんだけど?」
キャルルが、背中の宝剣を見せつけるように男達に話しかける。
「おっ、そうか。頑張れよ」
「しかしアドラーも、人数が足りんな……」
当たり前だが、キャルルは出るだけだと思われている。
ギムレットの配下、そのトップ10ともなれば、何処の冒険者ギルドでも幹部級の実力がある。
しかも、ミケドニア帝国で最大最強ギルド”宮殿に住まう獅子”の訓練施設で、特訓を受けているとの噂。
今のところは、アドラーが5倍でギムレットが1.2倍と大差が付いていた……。
スライムの駆除はあっさりと終わった。
冒険者ギルドによる社会貢献活動みたいなもので、数人の服がボロボロになっただけで済んだ。
ミュスレア達四人もギルドハウスに帰ってくる。
「アドラー、ちょっと聞いてよ。修道院に出る亡霊だって言うから覚悟して行ったのにさ、修道女の一人が男と逢い引きしてただけだったのよ」
ミュスレアはやれやれといった表情。
「神に仕える身で最低よね。キャルル、あんたはそんなだらしない大人になったら駄目よ?」
リューリアの言葉には棘がある。
アドラーが裸のエスネを抱えてるのを見て以来、ずっとこの調子だった。
「う、うん……」
キャルルは適当に頷いた。
ただ十年ほど後には、ライデンの冒険者で屈指の色男に育つキャルルに、この忠告は効果がなかった。
一個連隊ほどの女性に追われる羽目になったキャルルは、ライデン市を飛び出して旅に出る。
優秀な師匠にエルフの宝剣を携えた若き冒険者は各地に伝説を残すが、それはまた別の物語。
七人とバスティの揃った夕食時に、宅配便がやって来た。
ギルドともなれば、荷物や手紙を戸別に届けて貰える。
手紙が一つに、大きな荷物が一つ。
「これはバルハルトからで、こっちはリザードのペペ族から? なんだろ、お礼かな?」
荷物を持ち上げたアドラーに、マレフィカが反応した。
「来たか!」と。
急いで開いた小包の中には、魚の干物と乾燥させた植物と手紙が一通。
「なになに」とアドラーが手紙を読み上げた。
――拝啓 太陽を掴む鷲の皆様、お元気でお過ごしでしょうか。
先日は、大変お世話になりました――から始まる手紙はとても丁寧だった。
「えーっと、お礼に特産の干物と、お約束していたアオイロマンゲツソウを送ります、だって」
女性陣が色めき立つ。
アオイロマンゲツソウは、熱病の薬になるが煮出すだけで茎も葉も残る。
マレフィカが、残り物で良いから腐らぬように天日に干して送ってくれと頼んでいた。
「こんなに大量に来るとはなー。量産して売っちゃう?」
森の魔女は、笑顔でドライフラワーに頬ずりする。
春と花の神が目覚めたことで、リザード族は大量のアオイロマンゲツソウを収穫出来ていた。
ギルドを襲った年に一度の悪魔――税金――は、オカバンゴ・デルタの自称悪魔と、エルフの飲み薬のお陰で撃退できた。
百二十本の瓶に詰められたエルフの痩せ薬は、ほとんどをライデン市の結婚式場が買い占めた。
この痩せ薬、効果は絶大。
腕や足や腹を引き締めるのみならず、顔までほっそりで逆に胸が大きく持ち上がる。
ただし、効果があるのは生涯に一度きり。
ドレスを着た門出、結婚式にぴったりの薬であった。
太陽を掴む鷲の女性陣や、受付嬢のテレーザやエスネにも一本づつ配られた。
ミュスレアとテレーザとエスネは、同じ言葉をこぼしたが、アドラーは愛想笑いをするしかなかった。
それは「この薬……わたしが使う機会あるのかな……」だった。
百二十本のエルフの痩せ薬は、金貨百二十枚に化けた。
暴利とも言える高額であったが、買い占めた結婚式場は、豪商や貴族までやってくるミケドニアでも一番人気の式場となる。
アドラーは、団長になって最大の危機を乗り越える。
『ギルドのマイスターによるシュラハト』――ギムレットとの戦いまで、遂に一ヶ月を切っていた。




