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「一服するかね? バナナの葉だ」
「すいやせん。いただきます」
一眠りしたアドラーは、取り調べを受けていた。
リザード族の差し出したパイプを貰う。
「アドラーさん、困るんだよね実際。例年と違うことが起きて、ピリピリしてるんですよ」
「本当にすいません」
アドラーは平謝り。
取り調べに来た若いリザード族は、とてもまともだった。
冒険者のガイドをしたことがあるらしく、共通語を話せて開明的。
遅れた野蛮人扱いされるリザード族の面影はない。
若者の名前はハプシェ。
アドラーから事情を聞きながら、何かとアドバイスまでしてくれる。
彼らも、こんな事を問題にしたくないのだ。
「魔物の大集団が東へ走り去った。何十体かが村に目を付けたが 、何とか退けた。その前から、この一帯には病気が流行っていて、村の長老達はたたりだと恐れている。そんなとこに、あんたらが現れたんだ……」
ハプシェの説明を聞いてアドラーは感謝する。
その場で叩き殺されなかったのは、若いリザード達が押さえてくれたからだ。
「それでな、長老やシャーマン達は騒ぐんだ」
「なんて?」
ハプシェは、ちらりとエスネを見ていった。
「生贄を差し出すべきだと、ね」
アドラーもちらりとエスネを見て答えた。
「若くて金髪の女を?」
「リザード族は、髪の毛がないからな」
アドラーとハプシェは、声を揃えて笑ってしまった。
古代より、神への生贄と言えばヒトかエルフの娘と決まっている。
何故だが知らぬがそうなのだ。
「ア、アドラー、私はこの身を犠牲に戦う覚悟はあるが、いけにえはちょっと……」
自分の話だと理解したエスネも混ざってくる。
ハプシェは、理知的な光のある瞳をエスネに向けた。
「我々も困るんです、今どき生贄なんて。そこで、シャーマンや長老とも話しました。神に捧げて、応えが無ければ解放すると言うことで決着が付いたのですが、ご協力頂けませんか?」
ハプシェは裏取引を求めてくる。
「神の応答とは?」
アドラーが聞く。
焼けた釘を押し付けて火傷にならない、縛って水に沈めて浮かんでこなければなど、野蛮な地球のような風習は受け入れられない。
「祭壇の上に捧げます。それで神が反応しなければ解放と。あれを、見てもらえますか?」
ハプシェは、小屋の窓から見える湖を指さす。
湖水の中央に、遥か古代の塔状の遺跡が見えた。
「あれが神の家に続く橋と呼ばれているものです。我らの神はあそこに降臨する、との言い伝えです。ただまあ、一万二千周期の間、何も起きてない傾いた塔ですけどね……」
アドラーとエスネは、一度相談した。
そして、祭壇に登って何の反応も無ければ四人を開放するとの条件で合意した。
出来レースである。
これで村のシャーマンの面目も立ち、一滴の血も流さずに解決するはず。
アドラーとハプシェは、がっちりと握手した。
「ふっ……このエスネ、大役を見事務めて見せよう!」
委員長もノリノリだった。
日が沈んでから、儀式が始まった。
食事まで出してくれ、エスネは身を清める為にリザード族の女どもにつれて行かれた。
ハボットは小屋の中だが、アドラーは同席を認められた。
もちろん縄や枷もなしで。
多くの松明と太鼓に笛、男と女がリズムに合わせて踊り、村はお祭り騒ぎ。
「いやー、最近は暗い出来事ばかりで。これどうぞ、木の実を潰したお酒です。人族の口に合うか分かりませんが」
ハプシェが杯を勧めて、アドラーは受け取って飲んだ。
梅酒のような味がした。
『病気も流行ってると言ってたな……。解放されたら、リューを連れて正式に訪れようか』
アドラーは先の事を考えるくらい余裕だった。
いよいよ、祭りの主演が登場する。
「ま、待て! 待つが良い! こ、この格好で出るのか!!?」
エスネの声がして、本日の生贄役が出てきた。
全身を色鮮やかな花や果実で飾り、塗料で肌に模様を描かれたエスネは、全裸だった。
リザード族の男どもが歓声を上げ、つられてアドラーもガッツポーズをする。
アドラーを叱るクォーターエルフの姉妹はいない。
山頂と腰回りだけは絶妙に装飾で隠されているが、この姿を映像に収めて売りさばけば大富豪間違いなし。
ライデン市で一番人気の女冒険者の裸体がそこにはあった。
「いやー、冒険って本当にいいものですなあ!」
思わぬ役得に、アドラーの酒も進む。
ニヤつくアドラーを女騎士がきつく睨んだが、直ぐに頬を赤く染めてうつむいた。
祭りは、最高潮であった。
諦めたエスネは祭壇を大人しく登る。
エスネが遠くにそびえる古代遺跡の塔と正対して座り、シャーマンが長い儀式を始めた。
当たり前だが、何も起こらない。
この辺りには死んでるダンジョンしかなく、神が住む建物などなくなっている。
「かつては居たにしても、とっくに何処かへ移住してるよなあ」
アドラーはバスティを思い出していた。
神さまだって、人やそれぞれの種族に混ざって暮らす方が良いのだ。
一時間ほどの儀式が終わる。
エスネにとっては恥辱の時間だったろうが、成し遂げた彼女は今回の主役。
この後は、丁寧にお風呂で磨かれて好きなだけ食事をもらい、この村で一番良い水鳥の羽毛のベッドで眠るだけ……だったが。
突然、湖の塔が生き返った。
石組みに沿って青い光が走り、頂上で集約すると天に向って光線を放つ。
「なんだっ!?」
「なぜ今になって!?」
「ま、まさか!」
今さら神が応えるとは思っていなかったリザード族の方が慌てていた。
アドラーは、真っ先に祭壇の上にいた。
「あ、あれは……?」
エスネの青い瞳が、塔から登る青い光を見つめていた。
「……エスネさん、ひょっとして聖女の子孫かなにかで?」
青のエスネがふるふると首を横に振る。
「このままだと、本当に生贄ですよっと」
アドラーは、小脇に裸身の上に花と果実を付けたエスネを抱える。
シャーマンの周囲に、リザード族の男達が集まり始めていた……。
――古代遺跡が蘇る数時間前。
ミュスレアの指揮の下、残りの面々は崩れかけの神殿に居た。
周囲と建物の内部を探り、マレフィカが結界をかけ、焚き火を起こし食事にする。
太陽と鷲の面々も、シロナの団員も落ち着いていた。
団長と副団長のことを信頼していたし、ミュスレアはエスネと並び称される冒険者で、指揮下に収まるのに誰も文句はない。
安全になった廃神殿の奥では、キャルルがささやかな探検を初めていた。
他の皆の注意は、万が一の敵襲に備えて神殿の外にある。
「ブランカ、バスティ、こっちきて!」
キャルルが子供なら潜れる隙間を見つけて、白竜と黒猫を呼んだ。
「入ってみよう!」と、キャルルは主張する。
「やめとくにゃー」
バスティは反対したが、ブランカは乗っかった。
子供はとても好奇心旺盛で、ブランカには怖いと思うことがない。
唯一恐れるのは、リューリアに叱られてのご飯抜きくらい。
「仕方ないにゃあ」
バスティも、二人に続いて隙間に潜り込む。
大人たちは忙しく、結界の中で子供たちが勝手に冒険を始めても、誰も気付いていなかった。




