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 十九人とロバと猫の集団は、湿地帯をふらふらと進む。

 当たり前だが、歩ける場所は限られる。


「そりゃ大きな町が出来ないわけだなあ」


 雨のない乾季と大量の水が流れ込む湿潤季。

 人が住むにはいささか厳しい。


 アドラー達は、リザード族の集落を目指していた。

 魔物の後を追うにも、足跡が判別出来なかったのだ。


「しかし、ところどころに遺跡があるんだな」

 大声でのアドラーの独り言に、シロナ団の若者が答えてくれた。


「この辺りはめっちゃ多いですよ。石の古代文明ですね。環状列石から石積台状遺跡、地下墳墓にオベリスクまで、何でもあるんですが、水が土を緩めるので沈んで崩れるんですよ。たぶん、大昔はこんな気候ではなかった証拠ですね。リザード族のモノでもなく、名前も記録も残ってない。それでですね、ここからが俺の考えなんですが……」


 どうやら、この冒険者が好きな話を振ったようだった。


 冒険者には、文系の学者肌の者が混じることがある。

 民俗学や考古学は、冒険者ギルドに入って実地に赴くのが一番だった。


 アドラーも、前世でなりたかったのは動物博士。

 まだこの世界の博物史に名を残すことを諦めていない。


 ちなみに、理系の者は魔法に進む。

 これは錬金術時代の地球と変わらない。


 突然、「静かにしろ」と別の者が古代文明好きを黙らせた。

 話がうざくなったわけではない、先頭を歩いていた者が止まれの合図を出していた。


 今はシロナ団の者が先頭に立ち、手でアドラーとエスネを呼ぶ。

 中腰のまま様子を見に行くアドラー達を、ハボットが憎々しげに見つめていた。


 先頭の二人と並んでアドラーも腹ばいになり、低い丘から顔を出す。

「何を見つけた?」とエスネが聞いた。


「あれです。大乱闘ですな」

「ナフーヌが……食われてるだと……」


 アドラーも目を疑った。

 丘に沿って見下ろすと、沼の岸辺でナフーヌが地元のモンスターに襲われている。


 ワニの手足をマッチョにした怪物、セベクの群れがナフーヌを捕食していた。

 セベクは陸上でも素早く、大きさは六メートルを超え、普通の個体でも魔物と張り合う獰猛な獣。


「アドラー、どう思う?」

 腹ばいのままで、エスネが尋ねた。


「指揮系統を失ってるみたいだ……食われてる方が。セベクに任せて避けましょう」

「うむ、私も同意だ」


 アドラー達は、大きく迂回することにした。



 リザードのペペ族の集落に着いた頃には、日が沈みかかっていた。


「村に入れてもらえないと困るな。交渉してくるから、待っててくれ」

 アドラーは自分の剣を預け、荷車から予備の剣を数本取り出した。


 本物のリザード族は、ブランカほどかわいくない。

 爬虫類のような顔付きに、水中に適した滑らかな肌で、水かきも尻尾もあるが卵でなく子を産む。


「怪しいものじゃない、冒険者だー。村で一晩を過ごしたい、村長はいるかー?」


 アドラーは、両手で剣の鞘を掴んで、敵意の無いことを示す。

 この予備の剣は、そのまま贈り物にする。

 塩と金属は、何処の地域のどんな種族でも価値がある。


 ペペ族は、アドラー達を受け入れた。

 しかし何やら困ったことがあると、村長に呼び出される。


「旅のお方、実はですな。見知らぬ魔物が村の周りをうろついておりまして……」

「大丈夫です。始末する為に来ました」


 アドラーは食い気味に答えた。


「それはありがたい! それともう一つありまして」

「なんでしょうか」


 アドラーは嫌な予感がした。


「村の子供たちに熱病が流行ってましな。魔物のせいで薬になる植物を取りに行けないのです」

「……その植物とは?」


「丸く青い花を咲かせる植物です」

「そうきたかー」


 アドラーは軽く天を仰いだ。

 だが、一緒に話を聞いていたミュスレアとエスネは、がっくりと膝をつく。


「……村長、丁度手持ちにその花があるので、差し上げます」


 旅の者であるアドラーは、村長に申し出る。

 ミュスレアとエスネは半泣きだったが、反対はしなかった。


「仕方ないわ……子供の病気と聞いたらね……」

「くっ! このような試練が待ち受けているとは……」


 二人の美女は、お互いに慰めあう。

 理由さえ知らなければ、とても美しい光景だなとアドラーは思った。


 アオイロマンゲツソウを煎じて、子供たちに飲ませる。


「わたしが見てるわ。病気も少しは分かるから」


 一時は街の治療院で働くつもりだったリューリアが、ペペ族の子供たちの看病を買って出た。


「癒やしの女神パナシアよ、リューリア・リョースが祈ります。苦しむ幼子を救う慈愛を、あなたに代わって施すことをお許しください」


 神術治療の決まり文句を唱えて、リューリアは手のひらに魔法を集めた。

 リザード族の子の頭を膝に乗せて、優しくおでこに手をあてる。


 熱と痛みが引いたのか、その子は穏やかに眠り始めた。

「お姉ちゃん、僕も!」「わたしも!」と子供達が寄ってくる。


「順番よ、順番。まだ余り上手ではないけどね」

 リューリアの台詞の後半は、見ていたアドラー達にあてたもの。


「いい子じゃないの、あなたと違って」

「わたしに似てとても良い子なんだ」


 エスネがミュスレアに軽口を叩いて、姉は自慢そうに答えた。


 リザードのペペ族は、リューリアの姿を見て出来る限りの歓待をしてくれた。

 一夜の宿だけでなく、魚を中心にしたご馳走まで出す。


「美味いな、これ」

 魚料理の種類は多く、アドラーの舌に合った。


 熱病の子供達を隔離した小屋からは、エルフの子守歌が聞こえてきた。

 エルフが歌と音楽を好むのは有名で、リューリアが子供らにせがまれて歌いだしたのだ。


 ちらりと小屋を見たアドラーは、すぐに手元の焼き魚に視線を戻して、また小屋を見た。


「マ、マレフィカ! あれ見て! 小屋の方!」

「なんだー? 急に……って!」


 アドラーとマレフィカが立ち上がり、病院代わりの小屋の戸を開く。


「きゃっ、なによ二人共。いきなりっ!」

 びっくりしたリューリアが、歌うのをやめた。


「リュー、もう一回歌って」

「どうしてよ、わたしの歌声に聞き惚れたの?」


 リューリアは恥ずかしがったが、真剣な表情のアドラーに促されて歌い直す。


「どう? マレフィカ?」

「へーこりゃ凄い。増幅した範囲魔法か、滅多に見られるものじゃない」


 リューリアには、歌に乗せて治癒魔法を広める力があった。


 子供達の熱病は、急速に良くなる。

 適切な薬と、クォーターエルフの少女の歌声で。


 ペペ族は大喜びで、「この御恩は決して忘れません」とまで言いだす。

 アドラーは何の要求もなかったが、マレフィカが村長に頼み事をした。


「何を頼んだの?」

「内緒だよー。上手くいったら教えてあげる」

 血統の魔女は怪しく笑う。



 翌日、アドラー達は更に湿地の奥へ進む。

 ペペ族が漁を休んで船を出してくれる。


 新種の魔物――ナフーヌ――の残存集団は、東へ向かっていた。

 アドラーはこの後を追う。


 次のリザード族の村へ着いたが、多少は慎重に行かねばとアドラーは考えていた。


 ペペ族は人の勢力圏に近く、冒険者にも慣れていた。


「またちょっと行ってくる」

 交渉に出ようとしたアドラーを、引き止めた者があった。


「ごほんっ! 今回は自分に任せてもらいましょう! ”シロナの祝祭”の方が、名が通っておりますからな!」


 ハボットだった。


 アドラーはエスネを見たが、『すまないな』といった表情をされたので、この男に任せることにした。


 リザード族は、それほど好戦的な種族ではない。

 怒らせなければ、取引や交渉を守るタイプ。


 ハボットともう一人が、村の入口へ近付く。

 見張りに止められるところまでは、アドラーと同じ。


 その数分後、アドラーは呟いた。

「……何やってんだよ……」


 ハボットが、剣を抜いてリザード族に突きつけていた。

 直ぐに多数の村人が集まり、ハボットはあえなく捕まる。


「えー……今日は道を戻って野宿します! ダメ?」

 アドラーは宣言したが、騎士のように凛々しいエスネの困り顔を見つけてしまう。


 アドラーは、剣を外してミュスレアに放り投げた。


「ちょっと行ってくる……」

 指揮権を預かったのはアドラーで、ここで見捨てて逃げるわけにもいかない……。

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