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 アドラー達は急いで怪我人を運ぶ。


 先頭をブランカ、殿をダルタス、リューリアが荷台の上で怪我人を看る。

 三日三晩看病し続けていたキャリーは、ミュスレアが背負う。


「行くぞ、街に着くまで歩き続ける。日が沈んでもだ!」


 オカバンゴ・デルタは季節で出来る沼沢地。

 暗くなると地面か沼かも見分けが付かないが、ブランカの目と鼻は正確に道を選び出す。


「す、凄いな彼女。リザード族かい?」


 マークスが、この辺りに広く住むリザード族と間違えた。


「しっ! それを言うと怒るんだ。あの子は……ドラゴン族、みたいなもんだ」

 アドラーは控えめに答えた。


 闇夜を白い尻尾で振り分けながら、ブランカが先導する。

 魔物を避けているのか魔物が避けているのか、どちらか分からないが戦いはなかった。


 たぶん両方だろうと、アドラーは思う。

 今のブランカは、まったく気配を隠していない。

 いずれ大陸を守護する圧倒的な存在感は、野生の方が感じ取れるはずだった。



 湖沼地帯の玄関口になる、小さな街ハボローネ。

 辺境にぽつんとある町だが、常に冒険者が行き交うので繁盛している。


 深夜の到着だったが、幸いにも優秀な治癒術士が起きていた。

 一ヶ月もすれば、失った手足も再生するだろう。


「疲れてるとは思うが、何があったか話してくれないか。早めに知っておきたい」


 アドラーは”鷲の翼を持つ猫”の団長に頼んだ。

 マークスも長の役目を果たすべく了承したが。


「その前に、礼を言わせてくれ。本当にありがとう、もう駄目だと思っていたのに、全員で生きて戻れるとは……!」


 マークスは涙を零しながらアドラーに抱きついた。


「おい、待て。お前臭うぞ、何日風呂に入ってない?」

「あー……もう四日は体も拭いてない」


 男の冒険者同士には定番のやり取りなのだが、ミュスレアに背負われていたキャリーは赤面した。


「平気よ。ぜんっぜん臭わないから」

「ありがとうございます、ミュスレア様……」


 強く美しく、それでいて男に媚びないミュスレアは、ライデンの女冒険者から絶大な支持がある。


 声も出さずに夜の原野を歩き続け、ようやく一息付けたところだったが、新たな冒険者の一団がハボローネに到着する。


 先頭はライデンのトップギルド、”シロナの祝祭”団の副団長、青のエスネ。


 女騎士のような出で立ちと口調、それに面倒見の良い性格で信者が多い、ライデンの女冒険者の代表格。


「無事であったか! さすがはアドラー殿だな!」

 エスネは、アドラー達を見て凛々しい顔を緩ませる。


 エスネに続くのは、十五人ほどの”シロナの祝祭”団の面々。

 ハボローネまで重装備の強行軍、それでも疲れた素振りを見せないのは流石のトップギルド。


「……ギルド本部から?」

 アドラーが尋ねた。


「そうだ。人の街から二日の距離、捨て置けぬとの判断だ」

 堂々とした態度でエスネが答える。


「今から、詳しい事情を聞くのだけど」

「おお! では同席させて貰えるか? ハボット、一緒に来い。残りの者は、一度見回りしてから宿に戻れ!」


 エスネは、返事も聞かずにきびきびとした指示を出す。


「お知り合いですか?」


 有名人――青のエスネを知らないライデンの冒険者は居ない――の登場に、マークスが恐る恐るアドラーに聞いた。


「委員長には、以前に手間をかけてな……」


「委員長?」

「俺はそう呼んでる」


「……ぴったりですね」

 以後、ライデンの男冒険者の間ではこの呼び名が定着する。


 余計なこそこそ話をするアドラーに、ハボットと呼ばれた男が近づいた。

 彼はこの一団の副長格である。


「うおっほん!」

 ハボットは咳払いをしてアドラーを睨む。


 年長で髭を蓄えた立派な身なりの冒険者に、アドラーは口を閉じた。


「あー、我々が来るのですから、少し自重なさった方が良かったのでは?」


 ハボットは、キャルルやリューリアを見ながら言った。


「そんな! 彼らが駆けつけてくれたから……!」


 マークスが訂正しようとしたが、アドラーは手で制止して答えた。


「おっしゃる通りです。シロナの皆さんが来ると知ってれば、無理はしませんでした。まだ経験の浅い者を連れて行ったのは、団長として未熟でした」


 意外にも下手に出たアドラーにハボットは驚き、「ふむ。分かってるならよろしい」と、話を打ち切ろうとした。


 そこへエスネが余計なことを言う。

「なんだハボット、知らぬのか? アドラー殿は名うての魔法剣士だぞ。鉄十字のランク持ちだ」


「あーいえいえ! とんでもありません!」

 アドラーは全力で否定したが、ハボットの目つきは更にきつくなった。


『ギルドの姫ならば、言動に気を付けて欲しいなあ。迂闊によそ者を褒めるなど……』と、心の底からアドラーは思う。



 だが、エスネは実力も備えた姫である。

 マークスからの情報も、的確に処理する。


「やはり討伐するか。総数がわからぬのは不安だが、アドラー殿はどう思う?」

 委員長のエスネは他人の意見を聞く器量があった。


「おほんっ! 太陽と鷲が無事に戻れたなら、我らでも充分でしょう。残りの五百とやらを追い詰めるべきです! 我々だけで!」


 ハボットは、アドラーに喋る隙を与えない。


「俺たちは……」

「アドラー殿は、このままマークス殿を連れてお戻りになるがよろしいかと」


 やはり隙がない。


「ハボット、少し待て。ところで、貴公はどうしてここに?」

 エスネが質問の形でアドラーに喋らせた。


「アオイロマンゲツソウを求めて……」

「採取クエストですか」


 ハボットが鼻で笑う。

 実力のある団は、その手のクエストは卒業するもの。


「素材集めか。マークス殿の話を聞く限り、中止した方が……」

 エスネも、これには賛同しない。


「……ちょっと、エスネ。こっち来て」

「なに?」


 同席していたミュスレアが、エスネを呼んだ。

 全体の二割程度しかいない女冒険者、その三大巨頭の二人は、当然ながら馴染みはある。


「えっとね……でね、エルフのね……クスリ……上手くいけば……」


 部屋の隅で、ミュスレアは重大なことをエスネに伝えた。

 エスネの顔付き、いや目の色が変わる。


「それは仕方ない! アドラー殿、わたしも全力でお手伝いしよう! 痩せ薬……いや、地域の安全の為に我が団は助力を惜しまぬ!」


 体力仕事の女冒険者にとって、体型の維持は大問題。

 幾ら引き締まってても、男と間違えられるシルエットは嫌なのだ。

 また、引退してからも食が落ちずに直ぐに太ると言われている。


 ライデン市最強の女剣士は、ハボットの反対を一刀両断してアドラーへの助力を申し出た。


 もちろん真の目的は、リザード族などへ警告を届けながらの、敵集団の探索と撃滅になる。

 だがその道々で、レアな植物を集めたとしても、誰が責めようか。


「ははは……ありがたい……申し出です……」


 女性のダイエットにかける情熱は、今ひとつアドラーに伝わっていなかった。


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