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ライデン市には182の冒険者ギルドがある。
ギルドが安定して稼ぐには三十人以上の団員が欲しい。
だが十人以下のギルドも、二十ほどある。
アドラーの”太陽を掴む鷲”もその一つ。
”太陽を掴む鷲”は、それでもライデン市で最古参の名門ギルド。
ミュスレアとアドラーは、名前も売れた実力者との評判がある。
何の評価も実績もないギルドも存在する。
マークス・ハミルが率いる、”鷲の翼を持つ猫”団もその一つ。
「くそっ、なんだこいつら!? 何処から出てきた!?」
マークス達は、殺されかかっていた。
気の合う仲間で始め、二年ほど他団の手伝いや小規模クエストをこなして、装備と実力を上げてきた”鷲の翼を持つ猫”団。
「マークス! ジェフリーもやられた、腕が、腕がなくなっちまった!」
副団長のハリソンが悲鳴をあげる。
「ど、何処かで、お、落ち着いて治療しないと死んじゃう!!」
団のヒーラー、キャリーも混乱状態。
「引け、引くんだ! さっき見た岩まで戻れ!」
マークスが最後尾に立ち、必死で仲間を守る。
この時期、豊かな動植物が活動する湖沼地帯。
ミケドニアの国境に近いこの地域は、オカバンゴ・デルタと呼ばれる。
新設や小規模な冒険者ギルドにとって、格好の稼ぎ場だった。
「なんだ……こいつら……? どんどん増える……」
マークスが勉強熱心ならば、知っていたかも知れない。
一ヶ月ほど前に、アドラーによってギルド本部に報告されたナフーヌと呼ばれる、昆虫型の集団モンスターを。
七人しか居ない”鷲の翼を持つ猫”は、三人が戦闘不能になりながらも、大きな岩の割れ目に逃げ込んだ。
卵型の巨石が二つに割れて、横になって何とか入り込める狭い隙間に。
「囲まれた……」
ナフーヌの数は、あっという間に千近くになっていた。
「マークス……団長、わ、私たちどうなるの……?」
マークスの幼馴染のキャリーが、泣きながら尋ねる。
ようやく、涙が出る余裕が出来たのだ。
「助けを呼ぶ。キャリーは、手当てを頼む!」
団長の命令に、キャリーは死にかけの三人の延命を始めた。
腕を失った者、足が千切れそうな者、肺に穴が空いた者、魔法をかけ続けても三日と持たない。
マークスは、冒険者の七つ道具の一つを取り出した。
緊急連絡伝書鳩。
木造りの籠の中で十日も我慢してくれ、隠密の魔法をかけられて、故郷のギルド本部まで一直線に飛ぶ伝書鳩。
マークス達にとって、これが最後の希望。
「頼む、ライデンまで無事に飛んでくれよ」
マークスが鳩を放つ。
隠密魔法が発動した勇敢な鳥は、あっという間に見えなくなった。
緊急連絡伝書鳩は、迷うことなく一直線にライデン市ギルド本部へ辿り着く。
鳩を受け取った担当は、手紙に付いた血に驚き、手紙を開いてまた驚く。
担当者は急いで階下に駆け下り、受付の責任者に声をかけた。
「テレーザさん! 鷲の翼を持つ猫から緊急です!」
「あらあら大変。ちょっと待ってね」
テレーザが”鷲の翼を持つ猫”の提出した、クエスト行程表を調べる。
「湖沼地帯……オカバンゴ・デルタか。三日前にアドラーさん達が向かったところね……丁度いいわ!」
テレーザは早速アドラーの道のりも確認して、連絡球を使った中継伝達を頼む。
ギルド本部が高い登録料を取るには訳がある。
冒険者を助けることが出来るのは冒険者だけ――という古い格言がある。
辺鄙な辺境に行く冒険者に、普通の助けは来ない。
相互支援を約束した同盟ギルド制度もあるが、弱小ギルドでは相手が見つからない。
代わりに、ギルド本部が適切な対応を取る。
「どうしましょう? アドラーさん達で充分かしら?」
手紙には、数百体の新種モンスターに襲われたとあった。
テレーザは、ライデン市のトップギルドにも本部クエストを出す準備を始めた。
マークス達は、三日間を生き延びていた。
狭く深い岩の割れ目でじっと耐えた。
ナフーヌの集団は、包囲したまま動かない。
数は五百ほどに減ったが。
「マークス、誰か来る!」
岩に登って望遠鏡――七つ道具の一つ――で、見張っていた団員が報告した。
「助けか?」
「いや……違うな。小さな荷車に、七人かな? 子供も居る……」
「逃げろと伝えろ! 来るなと!」
マークスは、勇敢な冒険者だった。
「ああ、駄目だ! 魔物どもに気付かれた……!」
絶望的な報告が下りてくる。
マークスと動ける団員が剣を掴む。
この広い湿地帯でマークス達を見つけるなど不可能に近い。
ならばここで戦って死ぬべきかと、思ったのだ。
「キャリーと怪我人以外は出るぞ。せめて俺たちが引きつけて、逃げる時間を稼ごう」
異論は出なかった。
マークス達は、岩の隙間から飛び出す準備をした。
そして、外を伺うと、信じられないものを見た。
「うーん、なんでこうなるかなあ……」
アドラーは、うなだれていた。
湖沼地帯に入る直前に受け取った伝言を見て、『まさか』とは思ったのだが。
「本当にあいつらか。数が少ないのが救いだな」
ぶつくさと文句を言いながら、右側にミュスレア、左にダルタスと指示する。
「ブランカとマレフィカは、ドリーさんとみんなを守る。キャル、勝手に飛び出すなよ、これは団長命令だ」
今回はキャルルも素直にうなずく。
「ダルタス、思い切り暴れて良いぞ」
「承知した」
荷車の上空でホウキに乗った魔女が、魔力を集め始めた。
「ひひひ、少し減らしてやろう。こういう魔法は使ったことないんだけどなー」
マレフィカの不慣れな攻撃魔法は、単純に高温の炎をばらまくだけだが、一瞬で五十体ほどのナフーヌが消滅する。
「よし、行くぞ!」
三人が残りの四百五十体に向けて、足を早めた。
マークスが見たのは、強力な炎の魔法が魔物の群れを薙ぎ払ったところから。
そして、斧を持った巨大な男と、槍を持った美女、剣を抜いた普通の男がたった三人で群れに飲み込まれる光景だった。
それから十数秒後、マークスはぽつりと漏らした。
「な、なんだあいつら……?」
戦斧が数メートルはある魔物を跳ね上げ、女の槍は凄まじい速度で荒れ狂う。
真ん中の男が剣を振るう度に、一体が真っ二つになる。
ほんの十五分ほどで、男は歩みを止める事も無くマークスの近くへ来た。
「おーい、生きてるか? 大丈夫か?」
緊張感の無い声で、マークスはわれに帰った。
「怪我人! 怪我人がいるんだ、助けてくれ! 重傷なんだ!」
「分かった。うちにもヒーラーがいるが、直ぐに運ぼう。荷車まで、歩けるか?」
冒険者ギルドは、”鷲”の紋章を好む。
ライデン市で最古の鷲、”太陽を掴む鷲”をマークスも当然知っていた。
「これが名門と呼ばれるギルドの実力か……」
マークスは、二ヶ月後のギルド会戦で、アドラー達に賭けようと決めた。




