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 アドラーは、ファゴットの屋敷へと急ぐ。

「余り心配はしてないけどね」と自分を安心させながら。


 マレフィカはホウキで空を飛べるし、バスティはああ見えても女神。

 ただ周辺の屋敷は、戦利品狙いの傭兵に荒らされていた。

 

「……なんだこれ? バリア?」

 ファゴットの家に着いたアドラーは、屋敷全体を強い魔力が守っているのを見つけた。


「やあ、やっと迎えに来たか。家の周りを傭兵がうろつくものでなー。入れないようにしてやった」


 中からマレフィカが出てきて、アドラーもやっと胸をなで下ろす。


「無事で良かった……あーっと、放置しててごめんね?」

「気にするな、そっちも大変だったのだろう? じっくりと実験が出来たから問題ないぞ」


 小柄でグラマーな血統の魔女は、のんびりと笑う。

 魔法に関する知識と実力は、アドラーなど足元にも及ばぬはずで、まだまだ底が知れない。


「ところでバスティは?」

「うん? 会ってないのか? 黒猫なら王宮に居るぞ。王と王子と一緒になー」


 マレフィカが驚きの情報を伝えた。


「え?」

「な、なんですとっ!?」


 ファゴットがエルクから転がり落ちるほど驚く。


「ほ、本当ですか!?」

 そのまま這っていき、マレフィカのスカートの裾を掴んで見上げる。


「は、離せよー。王宮の木の中に匿われてるそうだぞ、二人と一匹は」

 魔女はスカートを取り戻しながら教えた。


「あ、あの、アドラー殿! わたしはお先に!」

「ああ、行け行け」


 返事は待たずにエルクに飛び乗ったファゴットが全力で駆け出す。


「……これにて一件落着、かな?」

 アドラーはマレフィカを見たが、魔女は怪しく笑った。


「もう一つあるぞ。これだ」

 マレフィカが不味そうな飲み物を取り出す。


「ひょっとして?」

「そうだ、王子の解毒薬だ。苦いが、効き目はばっちりだ」


 アドラーも釣られて笑う。

 初夏のスヴァルト国の気候は穏やかで、地上での戦いなど押し流すような蒼天だった。


「あとは、みんなでライデンに帰るだけか……いや、待てよ」


 アドラーは思い出した。

 サイアミーズ軍、二個軍団が出撃準備を整えていたことを。



 馬の後ろにマレフィカを乗せたアドラーが王宮に着くと、王陛下と王子殿下、それにバスティが木の中から助け出されたところだった。


 宮殿の中庭で三千年は過ごしている老木は、エルフ王の頼みをこころよく引き受けたそうだ。


「やれやれ。わたしの中で隠れんぼとは、そなたが子供の頃以来だな」

 既に精霊化した老木は、アドラー達にも聞こえるように喋った。


「すまぬな。他に思い付かなかったのだよ」

 老王は長い友人に礼を言ったあと、集まった皆を労う。


「お祖父様! お兄様!」

 シュクレティア姫が二人に飛びつく。


 バスティから警告を受けた老王は、孫である王子を連れて窓から中庭に飛び出た。

 頼まれた老木は、大きな口を開いて二人と一匹を匿った。

 人には見つけられぬはずである。


「バスティ、お疲れ様」

「にゃー、長いこと待ったぞ」


 アドラーの手から肩に乗った女神は、長い寿命のほんの六日間の文句を言った。

 ギルドの守り猫になってから、これだけ放って置かれたのは初めてなのだと。



 バスティの首輪に付けた水晶球は、大量の画像が記録出来て、マレフィカとも通信できる優れもの。


 これを元にして反乱の関係者を炙り出す……が。


「よいか、ほどほどにせよ。ほどほどだぞ」

 老王は、王令によって反逆者と傭兵達への恩赦を命じた。


 エルフ族の小国が、大逆とはいえ多数の人族を処刑するのは憚られることであった。

 この大陸では、人族以外の立場はとても弱い。


 もちろん、アドラー達のような人族の協力者の存在も大きかった。


 落ち着いた後に、王宮内の大浴場でくつろぐアドラーとキャルルの元へ、全裸の老王がやってきた。


「そのまま、そのまま」

 どう反応して良いものか迷ったアドラーを、湯船に押し止める。


 きちんとかけ湯をしてから、王はアドラーと向き合う位置に浸かる。

 老いたエルフの体は、幾つもの戦傷があり歴戦の勇士だと雄弁に語る。


「これはな、オークとの戦争じゃ。こっちは人族との争いじゃ。これは森のダイアウルフに挑んだ時のもの。それでこれが、浮気した女に刺されたものじゃ」


 王は一つ一つの傷を、アドラーとキャルルに自慢した。


「すげーな、じいちゃん。触って良い?」

 キャルルが興味を持ったようで、老王も笑って受け入れる。


「ふぅ、老いて忠臣に裏切られるは、余の不明。あれの遅くに出来た息子を、我が国に仕えさせなかった理由が、今となっては良く分かる」


 王がカーバ宰相の話をする。


「その頃から反逆するつもりだったと?」

 アドラーは聞いた。


「違うのじゃよ……。この国の出世立身は、エルフの寿命に合わせておる。奴が四十を過ぎて授かった息子が、ここでの地位に得るまでに、カーバの寿命が尽きる。カーバほど有能な者は、そうそうおらんでな……。人族の寿命に合わせて引き上げてやれば、奴も安心して引退して死ねたであろうな」


 王の出した結論はこうであり、アドラーは口を出さなかった。


「ま、そこは見直すとしてだ。そなたには改めて礼を言わせて貰う。人とエルフとの決定的な対立は、そなたによって防がれた」


 王は深々と頭を下げる。

 アドラーと老王が、二人きりになるのはこれが初めてだった。


「じいちゃん、ボクは? これでも苦労したんだよ、あのわがまま娘に代わってさ」


「おうおう、キャルル殿にも礼を言うぞ。本当にありがとう。何か、欲しい物があるか?」


「剣が欲しい!」

「よし、王家秘蔵の逸品をやろう! 山の底で万年の時を経た金剛岩をも砕く剣じゃ!」


「まじで? やったー!」

 王は安請け合いをして、キャルルは飛んで喜んだ。


「さて、おーい。お嬢さんらも、何か欲しい物があるかね?」


 エルフの老人は、女湯にも声をかけた。


「えっ、なに?」

「きゃっ……お姉ちゃん、何かくれるって!」

「う、美味い物でも良いのか?」

「うちは神だからにゃー、物欲はにゃー」

「エ、エルフの魔導書!」


 仕切り越しに五人の返事が飛んでくる。


「うーむ、良いのう。我が家には、最近若い娘がおらんからのう……。アドラー団長、どうじゃ一緒に覗かぬか?」


 王は、とんでもない誘いをした。


「やめてください! 怒らせたら怖いんですから! これからずっと言われてしまいます」


 アドラーは少し前に、ミュスレア達にスヴァルト国に残れると告げた。

 世話は王家が見てくれる。

 キャルルと姉妹の顔を見た王は、「ひょっとするかものう」と喜んで受け入れると言ってくれたのだが……。


「なんで? わたしはライデン生まれだし。アドラーも残らないんでしょ?」

「そうそう。私がいないと誰がご飯作るの?」

「姉ちゃんらは置いて行って良いけど、ボクは帰るよ。やっと団に入れたのにさ」


 三人とも、あっさり断った。


 このところのアドラーは、団長業が楽しくなってきていた。

 バスティとブランカとの約束もあり、マレフィカは自分の森がある。


 まだ”太陽を掴む鷲”を捨てる気のないアドラーに、全員が付いていくと宣言した。


 ただし、三人はスヴァルト国の戸籍を貰った。

 アドラーよりずっと長く生きるクォーターエルフにとって、居場所の保証があるのは喜ばしいことだった。



 そして。

「うむ。俺も頑張るつもりだ、団長」

「なんだと!? ダルタス、お前ずっと付いてくる気か?」


「今更なんだ。俺の体を賭けた勝負に勝ったではないか」

「変な言い方をするな!」


 ダルタスは、当然のように入団を申請した。


「ひひひ、オークとヒト物も悪くない」

 マレフィカが怪しく笑う。


「だが、別にずっと付いて来いとは……」

 アドラーは、ここでギムレット達とのギルド会戦を思い出した。

 このオークが奴らに負けるとは到底思えない。


「飯はあるが、給料は期待するな?」

「構わんぞ。己の認めた強者に尽くすは、オークの誉れだ」


 こうして、アドラーの団は七人と一匹になった。



 最後の問題であったサイアミーズの軍隊は、来なかった。

 その理由は直ぐに知れ渡る。


 ミケドニア帝国とアビシニア連邦による、南方海域での緊急の海軍共同演習。

 その原因は、大運河に対する破壊工作。


「つまり、ブランカ。お前のあれだ」

「もう一発ぶっ放すか?」


「やめなさい!」


 ドラゴンブレスによる運河の崩落は、未知の魔法だと断定された。

 そして両大国は、これ以上の破壊が起きる前に周辺国――ほぼサイアミーズを名指し――へ圧力をかけることにしたのだ。


 サイアミーズの国土はほとんどが内陸で、軍艦は五十隻余り。

 ミケドニアは百六十隻を持ち、島国のアビシニアは二百八十隻も揃える。


 輸送艦を出してクーデターの支援など、不可能になっていた。


「あとは、この国が何とかするだろう」


 賢き老王は健在で、王子は毒から回復に向かっている。

 アドラーは、今度こそみんなでライデンに戻ると決めたのだった。


次話から新章になります

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