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 アドラーは道に沿ってのんびりと近付く。


『大砲二門を中心に指揮所。杖兵を前と後ろに並べて、敵襲も警戒。その外は槍か。さらに二重の防御柵で全員を囲う』


 丁寧な陣形で、慣れた連中だと分かる。

 勢い任せで防御無視の雑な傭兵ならば、一気に走り寄せるのも可能だったが。


 城館の周囲は、森も木もない。

 五百メートル程離れた森の中を、オークとエルフはじっくり進んでいた。


「止まれ! なんだ、お前?」


 傭兵が早速アドラーを見つけた。

 警戒した後に、人族だと分かって緊張が解けたのが声から分かる。


「通りすがりの冒険者だ。何をやってるんだ?」


 アドラーは止まらずに進む。

 数人の傭兵が、魔弾杖を肩に構えた。


『ふーん、銃と同じ使い方か。反動はほとんどないが、狙いを付けるためかな』


 細かく観察しながら、アドラーは更に近付く。

「それ、何ですか?」と、知らぬふりをしながら。


「あっそうか、知らんか。誰か弓も持ってこい!」

 見張りの傭兵は、律儀にも脅しの武器を取り替えるつもりのようだ。


 アドラーは防御柵まで近付くと、傭兵たちの目の前で柵を引き抜いて放り投げ始めた。


「きさまっ!? なにをするか!!」

「ちょっと、屋敷の中の人に用事があるんですよ」


 ふざけた返事に、警告なしで数人の傭兵が同時に弾丸を発射した。


 弾を加速させる前に魔法が起動する。

 アドラーはそれを見てから地面に伏せ、体のあったところを弾が通り過ぎてから、剣を抜いた。


「こいつ、敵だ! 排除しろ!」

「そうだよ。エルフに雇われた、冒険者だ!」


 全開で強化したアドラーが地面を蹴り、数人の魔弾杖を切り落とす。

 空気の弾ける高い音がしたが、傭兵達が制止する。


「やめろ! 同士討ちになるぞ!」

「敵は一人だ、剣で討ち取れ!」


 杖を置いて、剣を抜くものが増えた。

 飛び道具は、向かってくる敵には強いが混戦には向かない。


「それを、待ってたんだなっと!」

 冒険者七つ道具の一つ、呼び笛を高らかにアドラーが吹き鳴らす。


 右手の森からはエルフ、左手の森からはオークが現れた。


「突撃せよ! 姫様を救い出せ!」

「行け! ぶち殺せ!」


 裏門を攻める五百の内、三百は城館を向いていたが、残りは側面と後方をしっかり固めていた。


 だが、後方では既にアドラーが暴れまわっている。

 エルフとオークが走り寄る僅かな間に、傭兵団は槍で壁を作る。


「流石だな、よく訓練されている。だが、オークはそれでは止まらんよ」


 雇われた傭兵団の質は高かった。

 この陰謀のもたらす利益を考えれば当然であったが。


 しかし戦闘種族のオークの中でも精鋭、選び抜かれた二百の戦士は、枯れ草にでも踏み込むかのように槍兵に突入する。


 一瞬で防御線が崩れ、傭兵団を蹂躙し始めた。


 振り上げたオークの斧が人を空へ跳ね上げ、振り下ろせば頭を砕いた。

 オークの槍に突かれた者は、鎧が防いでも数十歩の距離を転がる。


「敵に構うな、進め!」

 エルフの護衛隊長が先頭で駆け抜ける。

 裏門の正面に陣取った部隊を後ろから蹴散らして城館にたどり着く。


「姫様は、姫様はご無事であるか!?」


 城壁の上に向けて怒鳴った護衛隊長を迎え入れるために、穴だらけの扉が僅かに動いた。


 アドラーは一人で部隊の中央へ進む。

「貴様が指揮官か。すまんが、戦争を始めたのはそちらだ」


 馬に飛び乗ろうとした指揮官の首を一閃で落とした。

 今回のアドラーに、手加減するつもりはない。

 ミュスレアや子供達には、見せたくない姿だった。


「ダルタス、何処だ!」

「はっ、ここに」


「よし、崩れた敵は追うな。戦士を集結させろ。城壁に沿って進み、正門の部隊も潰す」


 ほんの十分足らず。

 オークにとっては物足りぬ準備運動で、五百の傭兵は壊滅していた。


 オーク達は、血に酔うこともなく即座に集る。

「お前らに強化魔法をかける。二百ならギリギリだな。ただし、俺の声が届く範囲までだ。その外に出たら……自力で戦え!」


「おうっ!」

 アドラーよりも頭二つは大きい戦士達の声が揃った。


 <<特殊強化・特大>>

 この特別な神授魔法は、命令を聞くだけでなく、アドラー個人への信頼の度合いによっても効果が増減する。


 ブランカは、ごく初期を除いて直ぐに三倍のバフを受けるようになった。

 アドラーのことを大好きで信頼しているキャルルは、最初から上限。

 リューリアも、このところ急速に信頼を上げている。

 

『ミュスレアさん……最近は、上限超えてる気がするんだよなあ。何か変化があったのだろうか? まあ気のせいだろうけど』


 アドラーの見たところ、ダルタスは既に上限に近い。

 他のオーク戦士は、まだばらつきがあるが全体的に高い。


「ふーむ、オークは単純だなあ」

「何か言いまして?」


 副官の位置に収まったダルタスが尋ねる。


「いや、褒めたんだよ。オークの強さを」

「ありがたき幸せ!」


 アドラーとダルタスを先頭に城壁を回り、正面を攻めていた八百の傭兵団に突撃した。


 この八百も戦慣れした連中で、防御体勢を整えて待っていたが、水平に向けた飛び道具には城壁からエルフの弓が降り注ぐ。

 残り少なくなった矢を全て打ち尽くしての援護だった。


 防御柵も槍も砕き、二度目に突撃も成功した。

 この機を逃すまいと、正門が開きエルフ族も打って出た。


 二足種族最強のオーク、しかも最精鋭と、怒りに燃えたエルフ族。

 白兵戦となっては、銃剣もない魔弾杖では戦うことすら出来ない。

 例え剣を抜いても結果は変わらなかったが。


「追撃は要らん。ただし捕虜と武器は集めろ」

 オークに命令を伝え、アドラーは城館へ入る。


 珍しくもオークとエルフが抱き合う姿が、あちこちで見ることが出来た。

 戦場跡には、二百以上の傭兵の死体が転がる。

 こちらの死者は十もない完勝だった。


「王女は無事か?」

 護衛隊長を見つけて聞く。


「おお、アドラー様! お陰様で……」

 エルフでは珍しく髭を生やした隊長がアドラーを案内する。


 王女は、館の中央、負傷兵が並ぶ大食堂に居た。

 広間の真ん中で手を組んで床に跪き、神に祈る様子に見えたが……。


「これは、結界? いやただの結界ではないな……」

 アドラーも初めて見る魔法だった。


「殿下の血脈、王家に受け継がれるお力です。この中では、徐々に傷が癒えます」

「それは、凄いな……」


 王家や貴族は、当然ながら優れた祖先を持つ。

 その子孫が優れた力を持つことがあるのも、この世界では通じる理屈だった。


 祈る王女が目を開き、緑の瞳がアドラーを見つめた。

 以前の、わがまま姫の気配はもうなかった。


「殿下、こちらが救援軍を指揮なさったアドラー殿です」


「先日もお会いしましたね。王に代わり、お礼申し上げます。これだけ早くに援軍など、もう諦めておりました」


 今の姫はキャルルとは似ても似つかぬ、落ち着いた気品があった。


「オークが、味方してくれました」

 アドラーも思わず頭を下げたのだったが。


「はぁ? オーク!? あんな奴らに助けてもらったの? 屈辱! 一生ものの屈辱じゃないの! これから三百年、笑われて過ごせっていうの!?」


 本性は変わってなかった。


「姫様! なんという事を!」

 護衛隊長が泣きそうになりながら、主家の娘を諌める。

 必死の説明と説得によって、シュクレティア姫もようやくオークに感謝する気になった。


「べ、べつにわたしが頼んだ訳じゃないんだけど! 多くの兵の命が助かったわ、ありがと!」


「……姫に頼まれた気がするのだが?」

 替え玉事件を知らぬオークが、ぽつりと呟いた。


 さらに翌日、準備を整えたオークの軍勢五千が一斉に国境を超えた。

 これ以上は、少数で多数に挑む気などアドラーにはない。


 首都を支配する傭兵軍を、圧倒的な戦力で押し潰すつもりであった。


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