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 アドラーに用意された寝室の扉をリューリアが開ける。

 泥酔した団長は、ミュスレアとブランカに担がれたまま。


 扉に挟まれていた紙が、リューリアの前にひらりと落ちた。


「あら、何かしら?」

 拾い上げた次女の横を、長女が酒臭い荷物を担いで通り抜けた。


「ふう、流石に重いわねえ。きゃっ!」

 アドラーに引きずられ、ミュスレアまでベッドに倒れ込む。


「もーアドラーったら。あっ、ちょっと何処を触ってるのよ」

 ミュスレアも酔っていた。


「お姉ちゃん! なにをやってるの!?」


 思春期のリューリアがだらしない大人を怒鳴りつつ、手元の紙に視線を戻す。

 とても重要なことが書いてある気がしたのだ。


「鷲へ、獅子は黄金鳥の雛を狙う……って、大事じゃないの!」


 文章は暗号という程でもない。

 鷲とは、だらしなく寝ている”太陽を掴む鷲”の団長だと直ぐに分かる。


 傭兵団は獅子をモチーフにする伝統がある。

 ”王宮に住まう獅子”団も、かつて傭兵団だった名残。


「黄金鳥はスヴァルト王家の紋章! 起きて、アドラー起きて―! ちょっと、お姉ちゃんまで寝ないでよ!」


 リューリアの叫びは、オークの強い酒に邪魔されアドラーの脳まで届かない。


「……お兄ちゃん、起きて? ちっ、駄目か。ブランカ、噛んでも殴っても良いから団長を起こして!」


「はいなっ!」

 ブランカが素直に従う。

 彼女にとって、食事をくれるリューリアは群れのアルファ雌だった。


 だらしない大人――アドラーとミュスレア――を竜に任せて、リューリアは廊下に飛び出る。


 姫の為に用意された部屋へ行き、ノックする。

 すぐに中から侍女が扉を開ける。


「あらリューリア様、こんな時間に何事ですか? 姫様はもう寝台にお入りですが」


 オークを騙すのに侍女くらいは用意する。

 この集落にいる間は、キャルルを本物の姫のように扱う。


「お姉さま? 何かご用ですか?」


 声を聞きつけて、キャルルが出てくる。

 長い付け髪と衣装がなくとも、まだお姫様モードのまま。


「キャルル、こっちへ。それから、ファゴットさんと護衛隊長も呼んで、大至急よ!」


 リューリアの剣幕に、侍女たちも何かを察したのか駆け足で部屋を出る。

 アドラーが必要な情報を全て共有したことが生きていた。


 傭兵団は、手薄になった首都タリスを直接狙う。

 シュクレティア姫の護衛に戦力を割いて、首都には弓兵が千と騎兵が二百しか居ない。


 老王と病床の王子を捕らえるか始末する、次いでシュクレティア姫を片付ければ、邪魔者はいなくなる。


 その姫の護衛は、今は弓兵が二百五十と騎兵が百五十しかいない。

 オークの集落まで連れてきた残り半分は、泥酔して眠りこけている。


 キャルル姫を襲うにも、シュクレティア姫を襲うにも好都合。


「どっちにしろ、わたし達は逃げ出すしかないわ。いいことキャルル、お姉ちゃんから離れたら駄目よ」


 幼い頃のように自分をお姉ちゃんと呼んだリューリアは、弟の手をしっかりと握る。

 今の彼女には、半径二日の距離で頼りになる大人は誰もいない。


「もーなんで飲んじゃうのよ! お姉ちゃんも、アドラーも!」


 お酒を飲む理由が分からないリューリアが心の底から怒り、そこへ侍女が駆け込んで来て告げた。


「館の周囲にオークが! 武装しています!」


 シャイロックがオークに流した情報が、早々に効き目を出す。

 キャルルが姉の手を強く握ってしがみついた。

 クォーターエルフの姉弟は、絶対絶命の危機にあった。


「リュ、リューねえ……」

「なんて顔してるの、男の子でしょ!」


 湧き上がる不安を弟のために押し返し、リューリアは強く叱る。


「みんなのとこに行くわよ。あなた達は隠れなさい、目的はこの子だもの」


 侍女に命令してからリューリアは部屋を出た。

 アドラーさえ起きてくれればの期待が、リューリアにはある。

 もちろんキャルルも、全幅の信頼をアドラーに持っている。


「ブランカ! どう、起きた?」


 幼き白の祖竜は、ゆっくりと首を横に振った。

 アドラーは幸せな夢を見ながら眠りこけていた。


「姉ちゃん! 姉ちゃん、起きて! お願い!」


 長女に縋り付いたキャルルの声で、ミュスレアが目を覚ます。

 酒の神に、姉の本能が勝った。


「あー、うん? どうしたの二人共、泣きそうな顔して」

「あのね、たぶん替え玉がバレた。オークが来る!」


「なんですって!?」

 急に立ち上がったミュスレアが、酒に足を取られてよろめく。

 これではとても戦えないとリューリアは判断した。


「ブランカ、これを持ってあんただけ逃げなさい。いいこと、戦っては駄目よ? 朝になって、団長が起きたら持ってきて」


「わかった。そうする」

 アドラーの剣を受け取ったブランカは、オーク仕様の高い天井に飛びつくと素早く屋根裏に消えた。


 ファゴット達が来る前に、オークがやってくる。

 三姉弟は生きた心地がしなかったが、アドラーに寄り添って抵抗せずに捕まることにした。


「その短い髪、やはり偽物か?」

 キャルルの頭を見たオークが声をかけた。


「いきなり何ですの? 無礼ですわよ。私、普段から付け毛ですのよ!」


 キャルルの演技にオーク達は集まって相談して、直ぐに答えが出た。


「うちの族長達も、酔って寝ておる。取り調べは明日だ。だが牢には入ってもらうぞ?」


 恐ろしい顔をした巨大なオークどもが、三姉弟を取り囲む。


「ちょっと待て」と、一人のオークが言った。

 びくりと震えたキャルルを見てからにやりと笑う。


「まだ夜は冷えるでな、毛布を持ってけ。それと水もたっぷりな。飲むと喉が乾くからな」


 意外にもオークは紳士だった。

 目を覚まさぬアドラーを軽々と担いだオーク達は、四人を同じ牢屋に閉じ込めた。


「何か欲しいものがあったら言えよな」とまで告げて。


「……拍子抜けね。あんたも寝なさい、明日はどうせ大変よ」


 転がるアドラーに肩まで毛布をかけたリューリアは、もう眠り初めた長女とキャルルを挟んで毛布にくるまった。


 官僚団と護衛のはずのエルフの弓兵と騎兵は、酔った所を全員が捕まっていた。

 幸いなことに、この夜は、一人の怪我人すら出なかった。


 アドラーが目覚めるまで、あと六時間の出来事である。


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