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道中、遂にキャルルと姫様が顔を合わせた。
二人の姉もアドラーも、楽しみにしていたイベントだ。
「ふーん……あんたがキャルル? って、男の子じゃないの!?」
シュクレティア姫は、早速爆発した。
「なんで? なんで、私の代役が男の子なの? 屈辱なんだけど!」
「こっちの方が屈辱だよ」
並んで立つキャルルが、ニコリともせずに言い返した。
「なにか言ったかしら? よく見たらそんなに似てないし。耳も短いし、貧乏くさいし。こんなのバレるに決まってるじゃないの」
シュクレティア姫は、なかなか良い性格をしていた。
「うるせーな、ブス」
キャルルは、同じ顔をした女の子に遠慮なく言い放った。
普段から姉と喧嘩する時は、ブスが弟の武器である。
ただしげんこつと引き換えの捨て身の技だったが。
「な、なんですって!? もう一度言ってみなさいよ!」
「何度でも言ってやるよ、ブスブスブース!」
「この無礼者! 同じ顔をしてるのに!!」
「ボク、男だもん。顔なんてどうでも良いし!」
侍女頭が、アドラー達のところへやって来る。
姫様らしからぬ口喧嘩は、気にしてないようだった。
「この度は、遠路はるばるのご足労を願い、ありがとうございます。姫様は……お生まれになった直後に父君を亡くし、わたくしどもも甘やかしたもので……」
スヴァルトは、余り礼儀にうるさくなく、庶民的な王家だった。
住む人も穏やかで、冬の寒さは厳しいが代わりに温泉がある。
「良い国ですね。会談の成功に尽力いたします」
アドラーはお世辞でなく心から述べた。
ミュスレアとリューリアは、弟にそっくりな姫様に興味津々だった。
許可を貰って近付くと、こちらにはシュクレティア姫も丁寧に挨拶をする。
「あーあ、わたしも弟なんかより妹が欲しかったなぁ」と、リューリアが酷いことを聞こえるように言った。
シュクレティア姫の兄、現在の王太子はリャーデルといった。
『名付けの法則が一緒だな……』と、アドラーは思った。
エルフは、一族によっては二つ目の文字に特徴的な母音を使う。
ミュスレアとシュクレティア、キャルルとリャーデル。
だがそれだけでは、何の証拠にもならない。
アドラーは複雑だった。
クォーターエルフの三姉弟が苦労するのは見たくない。
両親亡き後の彼女らが、魔女の籠もる森の外れに住んでいたから、アドラーは死なずに済んだ。
もし別れる事になっても、彼女らには平穏に暮らして欲しいのだが……。
五百のエルフ弓兵と三百のフュルドウェル騎兵の半分に守られ、アドラー達は無事にオークの集落に着いた。
実務と調整の為の官僚団は、五日も前に到着して交渉を重ねている。
王族であるシュクレティア姫が祝宴に顔を見せて『オークとエルフの新しき時代の為に』とスピーチすれば、万事が上手くいく予定である。
「それにしてもデカイわね……オークってのは」
アドラーと二人で見学に出たミュスレアが呟いた。
オークの女は背が高いと言える範囲だが、男達は山のように大きい。
成人男性は、平均で220センチはある。
腕も丸太のように太く、胸板は鎧など要らぬくらい厚い。
アドラーが所属したアドラクティアの連合軍でも、オークが最高の戦士だった。
『ただし、プライドが高く従わせるにはコツが要るのと、個体数が多くないのが弱点』だとアドラーは知っている。
しかし、一度味方になればこれ程頼りになる種族もない。
オークは特に、死守やしんがりと言った命令を伝統的に最上の評価としている。
『隊長、そんな顔をするな。我が認めた強者の命令で死ねる、これほどの誉れはない。さらばだ、戦士の園で会おう』
アドラーが覚えている、オーク族で最高の戦士の記憶はこれが最後。
このオークが一人で塔の入り口を守り、アドラー達は中へ突入した。
「懐かしい雰囲気だ」
集落を見たアドラーは思わず笑みがこぼれる。
「アドラーは、オークと会ったことがあるの?」
ミュスレアが不思議そうに聞いた。
「ああ。一緒に戦ったこともある」
「へぇ……わたし、アドラーの事って知らないことばかりね」
「ついさっき、思い出したんだよ」
「そうなんだー……。ねえ、ライデンに帰ったら、その話聞かせてね?」
アドラーの顔を、下からミュスレアが覗き込む。
まだ三人だけでこの国に残り平和に暮らせる可能性があると、アドラーは告げていなかった。
歓迎会の最初の夜、オーク族が事件を起こした。
とても彼ららしい理由だったが。
「えー、この度の会見にあたって、執拗に反対した者があったので、前祝いにスヴァルトの姫殿下の前で処刑いたします!」
宴の乾杯の直後、オーク族の一人が立ち上がって宣言した。
エルフ族はざわめき、キャルル姫は一瞬にして顔が真っ青になる。
『おっこのパターンか。北も南も、オークのやることは同じだなあ』
オークは血など恐れないと、見せつけたいのだ。
「族長の息子、ダルタスをこれへ!」
長の決定に逆らった息子の処刑、エルフへのインパクトにこれ以上のものはない。
優秀な戦士だが、オークはちょっぴり野蛮だ。
引きずり出されたダルタスという名のオークは、立派な体格だった。
アドラーでもなくても見ただけで分かる、地上の誰も敵わぬような筋肉の持ち主。
「おやめ下さい!」と騒ぐエルフの官僚など、オークは気にも止めない。
キャルルが、アドラーを見つめていた。
『兄ちゃん、何とかして!』と訴えるかわいい瞳に、アドラーは応えることにした。
「お待ち下さい!」
アドラーは、オーク語で喋った。
「そなたオークの言葉が話せるのか?」
「少しながら」
族長が問うて、アドラーがオーク式のお辞儀を交えた挨拶を返す。
「これは我が部族の問題であるぞ」
「しかしながら、今宵は女子供もおります。血を見せるのは戦士の恥かと」
意外なことにオーク族は、非戦闘員を殺すのを嫌い、女子供は戦いの外に置く。
「エルフとの和平、その障害であるが?」
族長は、オークの習俗を知るアドラーと話すのが気に入ったようだった。
「ならば、戦斧の舞いを拝見しとうございます。オークの勇ましさを見るに、あれ以上のものはございません」
思い切り持ち上げたアドラーの言葉に、列席のオーク達が膝を叩いて賛意を示した。
「ほうほう、よく知っておられる。ならばお見せしよう! おい、そいつは牢に戻せ」
ダルタスとやらは、引きずられて退場した。
若いオークが二人進み出て、演舞と思えぬ速度で斧をぶつけ合う。
時折、火花が散る激しい舞いを披露する。
怪我人が出ることもあるが、処刑よりは遥かにましな見世物だった。
オークの族長が手招きでアドラーを呼んだ。
「酒盃を受けられよ、そなたは……」
「アドラーと申します」
名を覚えた族長が、巨大な杯になみなみと酒を注ぐ。
寒い地方に住むオークの酒は強い、口から火が出るほどだったが、アドラーは一気に飲み干す。
宴は一層盛り上がった。
「ういーっす。いやー世界がぐーるぐる」
アドラーは完全に酔い潰れていた。
寒冷地に住むオークの酒は一際強く、また酒豪揃い。
献杯と返杯、礼儀の上で付き合っただけでヒト族など潰れてしまう。
「もう、しっかりしてよ……」
「だんちょー、酒臭い」
ミュスレアとブランカが、立てぬギルドの長を何とか担いでいた。
初日の夜は、何事もなく終わった……かに思われたが、シャイロックの伝言を携えた使者が、夜を継いで集落へ到着していた。
一人はアドラーの元へ来たが、もう一人はオークの元へ行った。
抜け目のない商人は、サイアミーズとアドラーだけでなく、オークとも繋がりを作ろうとしたのだった。




