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 アドラーは襲撃に備えていたが、心配は無用だった。


「フュルドウェルか!」

 エルクに乗ったエルフの騎兵が、二十騎ほどやってきて守る。


 エルフ族は、平均してヒト族よりも頭一つ背が高い。

 男は二メートル前後の長身ばかりで、女性も細くて背丈がある。

 ミュスレアのように胸が大きく見えるタイプはあまりいない。


 ヒト族は馬やラクダに乗り、ドワーフ族はイノシシに乗るし、リザード族は戦亀。

 狼に乗ったゴブリンライダーもある。


 その中でもダントツの戦闘力を誇るのが、エルフのフュルドウェル騎兵。


「我が国の最高戦力です。首都に駐留する五百騎のうち、三百騎を同行させます。これで安全ですよ!」


 ファゴットが鼻も高々に自慢した。


「これが三百もあれば、オークの一軍でさえ蹴散らすだろうな」

 アドラーも同意する。


 オークには、騎兵というものがない。

 エルフよりも更に頭一つ高い、ヒト亜種の中でも最大種族で分厚い肉体を持つ。


 乗れる動物は、オリファント――象の怪物――くらいなもの。

 極圏に近い寒い大地で、毛長牛を飼って暮らす遊牧種族。


 ただし、個体の戦闘能力はヒトの数倍と言われ、戦いも死も恐れぬ気高き戦士でもある。



 何事もなく、王女の車列と合流した。

 数十両の馬車に三百のフュルドウェル、さらの五百のエルフ弓兵が先発している。


「いっそ、これで傭兵団とやらを押し潰してやりましょうか! がはは!」

 ファゴットの自信は増すばかりだった。


 スヴァルト国の兵士は、エルフ族ばかり。

 しかも騎兵と弓兵のみという精鋭揃いで……非常にバランスが悪い。


 五百の騎兵と、兵士一千五百が首都タリスに駐屯。

 四千五百が南の国境地帯を広く固める。

 更に二千人程の傭兵団とも契約して、国境警備に使っている。


 五百のフュルドウェル騎兵、六千のエルフ弓兵、二千の傭兵歩兵が全戦力。


「百万のエルフ族では、これが精一杯です。戦時……となれば、街や村々から兵を募りますが、避けたいところです」


 オークの集落への訪問団に加わったファゴットも、踏ん張りどころ。


 メガラニカ大陸で、最大の陸軍国家サイアミーズ王国。

 常備の24個軍団は兵士だけで十四万四千、更に数万の傭兵とも契約する。


 この超大国と戦うのは、スヴァルト国にとって滅亡と同じ。

 幸いな事は、直接の陸続きではない、この一点のみ。


「心配するな。いざとなれば、傭兵の二千くらい俺が何とかしてやる」

「さっすが兄ちゃん!」


 アドラーの台詞に、キャルルだけが乗った。


「……はぁ、期待してます……よ」


 ファゴットも威勢の一つだと思ったようだが、アドラーは違う。


 ――昨夜のこと。


「ミュスレア達が安心して暮らせる場所が欲しい。平和で、飢えることも、売られる心配もない土地だ」


「貴方の下が一番安全では? …………それで私になにを?」


 アドラーは、短い付き合いの大使に初めて本音を語っていた。


「スヴァルトが平和のままなら、この国に住む許可が欲しい。三人だけだ、検討してくれないか?」


 旅行や商売ならともかくとして、この世界では、住む国を移すのは現代人の感覚よりも遥かにハードルが高い。


 出て行く方も、受け入れる方も良い顔をしない。

 そうやって奴隷や農奴や職人が勝手に移住すれば、国自体が成り立たないからだ。


 市民権の付与は、王家の重要な専任事項である。


「それを私が約束すれば……?」

「全力でこの国を守ろう」


 ――たった一人に何が出来ますか?――と、ファゴットは思ったはずだが口に出さなかった。


 それだけで、こいついい奴だなとアドラーは思った。


「分かりました、奏上致します。もし無理でも、我が家の縁者として受け入れましょう。もちろん、彼女らには自由を。いや、生活が成り立つまで助けます」


 アドラーは心からの礼を言った。

 ――この条件は命を賭ける価値がある――アドラーだけには。



 二千の傭兵を蹴散らす、これは戦いを前にした威勢ではなく、アドラーの本気だった。


『とはいえ……厄介な武器を持ってるんだよなぁ』

 シャイロックを締め上げた時に得た情報がある。

 傭兵団は、最新の兵器を供与されていた。


 魔弾杖と呼ばれる飛び道具。

 弾丸も加速魔法を起動するマナを込めた魔珠もありったけ。


『戦争による利益、スヴァルトに対する支配、そして新兵器の戦術テスト。なるほど、強硬な作戦をするわけだ』


 サイアミーズ国の露骨な行動には、理由が三つもあった。


 邪魔をしかねない二つの大国への秘匿と、カナン人を中心とした商人の資金援助、オークとエルフの確執に加え、君主は老王で若き王子は病気。


 全てが大国の思惑通りに進んでいた。


 たった一つの変数は、スヴァルトの駐ライデン大使がちっぽけな冒険者ギルドに駆け込んだこと。

 そしてその団長が、アドラーだったことである。



 その頃、シャイロックは何食わぬ顔で商人の会合に出ていた。


「なんと、傭兵がさらに六百も追加? それで攻撃対象は……ふむふむ。分かっております、最重要機密ですからな! ここだけの話です!」


 新しい情報を手に入れたシャイロックは、アドラーに賭けようとしたベットを取り下げた。


 が、少し考えてから、賭け金を下げるだけにした。

 この商人は、何故か人を見る目があった。


 サイアミーズにも投資しつつ、失敗した時のゲインも最大に。

 なんといっても、倍率で言えばライバルの商人どもが総崩れになった方が高い。


「すんなりと行くより、混乱した方が儲ける機会も増えるわい」

 

 戦争は、長ければ長いほど良い。

 シャイロックは、手にした情報をアドラーにも届くようにする。


 和平会談までは、三日を切っていた。


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