共に戦えば仲良くなるはず
キャルルの為にファゴットが用意した馬車は、鹿が引いていた。
「鹿車?」
「あえて言うなら、馬車です」
「いや、鹿だろこれ……」
アドラーは言いたいことがあったが、馬車に乗り込んだ。
エルク――寒冷地帯に住む大型の鹿。
エルフ族は、エルクを捕まえ繁殖させて日常に使う、もちろん戦いにも。
通常サイズでも肩まで二メートルはあり、頭までは三メートルになる。
力はかなり強い。
スタミナも抜群で、地球のトナカイは一年に数千キロも移動するが、それと同じく広大な寒帯を走り回る。
「でけえ!」
「かっこいい!」
キャルルとブランカの目がキラキラしていた。
四頭引きで座席が三列、最大十二人が乗れる高級車が旅の足。
静音と制動の魔法付き、対衝撃防御と重量軽減の魔法まで付けたリムジン級の”馬車”だ。
「張り込んだなあ……」
「必ず無事に返すのがお約束ですので」
昨夜の話し合いを経て、ファゴットも覚悟を決めたようだった。
予算の出し惜しみはなし。
これで南のオークの集落へ向かう。
途中でスヴァルトのわがまま姫と合流し、姫は国境手前の城館に籠もる。
そこから先は、キャルルの細い肩にかかっていた。
「よし、出せ」
ファゴットの合図で馬車が動き出す。
四頭の鹿は、軽快な速度で走り出した。
「ファゴットと話した内容を皆にも話すね」
まず最初に、アドラーは情報の共有をした。
――深夜、アドラーは屋敷の主人の部屋を訪れた。
扉を叩くと直ぐに反応があった。
「悪いな、寝てたろ?」
「いえいえ。アドラーさんこそ、休みもなくすいません」
ファゴットは、自分で運んできたキナ茶を差し出す。
キナには渋い苦味があり目が覚める。
「それで、何か分かりました?」
「知った顔がいたので、裏切らせた。根こそぎ吐いたよ」
「それは何とも……顔の広いことで」
ファゴットが驚く。
「たまたまだよ、ろくな顔ではなかったが。それはいいとして、緊急だ」
「伺いましょう」
「既に傭兵が八百ほど港に着いてる。手配した商人から直接聞いたそうだ」
「確認させます」
ファゴットが人を呼ぼうとしたが、アドラーは止めた。
「まだだ、さらに傭兵千四百ほどが洋上で待機中だ」
「そんなに?」
「まだあるぞ」
ファゴットが天を仰いでから、悪い知らせを聞く準備をした。
「サイアミーズ国の港には、正規の二個軍団が集結。総勢は一万二千以上」
「……やつら、我が国に宣戦布告するつもりですか?」
「いや、オークに襲われた友好国を救援する、という理由だろう」
「オークは野蛮で臭くて醜くて単純極まりない馬鹿ですが、海を渡った他国で戦争をするほど無礼ではない」
ファゴットは、サイアミーズはオーク以下の礼儀知らずだと罵った。
「己の領域以外のところで戦争をする。この大陸にも、そういう時代が来たのさ」
当たり前のように言ったアドラーの台詞に、ファゴットが不思議な顔をする。
これまでのエルフの戦いとは、部族・種族が暮らすための土地を奪い合うものであった。
「失礼ながら、アドラー団長は軍事の経験がおありで?」
「以前いたところで少しな。ただし現場の指揮官止まりだ」
アドラーは遊撃隊や少数の精鋭を率いた戦いを好み、実践してきた。
「例えばの話ですが、アドラー団長が我が国の司令官なら……どう対処しますか?」
「それはもう、掴んだ情報を生かすしかない。海軍を集め、エルフ自慢の弓兵部隊で上陸する前に沈めてしまう」
「それは痛快ですが、全面戦争ですよね?」
「まあそうなる。言っておくが、あくまで軍人ならどうするって答えだぞ? 俺は平和主義者だ」
困ったという風に、ファゴットは頭をかいた。
この仕草は、世界や種族を超えて共通であった。
「どうしましょう?」
スヴァルトの名門生まれの大使は、何処の馬の骨とも知れぬ男に聞いた。
「それを考えるのが、お前の仕事だろ」
「いやいや、エルフはこういった雑務には向いてないんですよ」
「雑務って、お前な……」
来賓の食事の好みでも尋ねるかのように、ファゴットはにこやかだった。
「うーんとなあ……。とりあえず、傭兵部隊の目的はあきらかだ。オークと一戦を交える。襲われたと言いふらすのが仕事のはずだ」
「つまり?」
「オークに、うろちょろする人族に手を出すなって頼めば良い」
ファゴットが大げさに天を仰ぐ。
「挑まれたら引かぬが美徳の戦闘種族に逃げてくれと? エルフに歌うなと言うようなものですな」
「だが、それはお前の役割だろ?」
オークよりもヒトの方が余程好戦的だがな、の言葉をアドラーは飲み込んだ。
「そうですね、うんそうだ。和平会談がなれば、互いに何かしらの要求をしあう機会はあります。我が国には、オークも欲しがる産物があります。妥協点を見出せるかも知れません。いや、妥結しなければ!」
ファゴットは、ようやく貴族のぼんぼんから外交官らしい顔になった。
「いっそ、オークと同盟してしまえば良いのに」
アドラーの本音に、青年官僚はありえないといった顔を作る。
やはり、エルフとオークは仲が悪い。
ここまでの内容を、ミュスレアとリューリアとキャルル、それにブランカに伝えた。
マレフィカとバスティは、別の任務で首都タリスに残留。
アドラーのやり方は、チームやパーティで全ての情報を共有する。
小さな部隊では全員のリソースを引き出すことが、何よりも重要なのだ。
だが、今回は三姉弟に伝えてない話があった。
――夜明けも間近になって、アドラーは一つ質問をした。
「なあファゴット、聞きたいことがある」
「なんでしょうか」
「商人を問い詰めた時に、気になることを吐いた。キャルル達のことだ」
アドラーは大使の顔色を伺った。
流石に外交官だけあって、この程度では表情は動かない。
「奴ら、エルフの少年が会談の鍵だと知っていた。まあそれは良いが、役割が違う。スペアの鍵でなく、新しい鍵を呼び寄せたと言っていたのだが……?」
ファゴットは、分かりやすく顔を変えてみせた。
悩んだふりから、仕方がない貴方だけにはお話します、といった風に。
「商人たちは、具体的な証拠を持っていました?」
ファゴットが尋ねる。
「いや何も。調べたが、確信は出なかったようだ」
「そうですか、それは良かったような悪かったような……」
ほぼ一日中起きているアドラーは、少し短気になっていた。
「ぶっちゃけて話せ、ミュスレア達は……王家に繋がるのか?」
シャイロック達は、和平会談に姫に代わって出席する王族を呼び寄せたと思っていた。
それを聞いたアドラーは、『いったい何のことだ?』と思ったが、ミュスレアの祖父――エルフ族――の事は何も知らないと気付いた。
「その件は、私どもも調べました。何といっても、キャルル殿と姫様は瓜二つですので」
「疑うような根拠があるのか?」
期待半分、怖さ半分でアドラーは聞いた。
もしそうであったら、ミュスレア達はスヴァルトのお姫様……ギルドで働く必要もなくなる。
「九十年程前に、王子殿下と姫殿下のお父君が、数年ほどライデンで駐在武官を勤めたことがありまして……」
「……繋がるのか。なら直接聞けばどうだ?」
アドラーは別れの覚悟をした。
「それがですね。そのお父君は、二十年前に亡くなられてるのです」
今のスヴァルト老王は、王子や姫の祖父。
ミュスレア達の父に話を聞ければ、答えを得られる可能性があるとだけ、ファゴットは告げた。
この話は、これで終わった。
不確かな情報で王族と認めるはずはないと、アドラーにも分かる。
『遺伝子検査が出来れば…』とは思ったが。
ただし、依頼の難易度が跳ね上がったことで、アドラーは一つ新しい要求をして、ファゴットも受諾した。
この国の平和が守られれば、三姉弟にスヴァルトの市民権を与えると。
「こんな事情だ。危険過ぎるので、引き上げようかと考えていた」
アドラーは正直な意見を言った。
「そ、それは困りますよ」
ファゴットも正直に答えた。
「戦争中の国の市民権を貰っても意味がない。だから協力しよう。もちろん、ミュスレアとリューリアとキャルルの為にな」
大きな危険が潜むクエストになると分かったが、アドラーは引かぬと決めた。




