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 屋敷の中央にある、応接室と続きの間がアドラー達に与えられていた。


 部屋は広く、客人の扱いはとても良い。

 衝立で仕切ってふかふかの羽毛ベッドを並べ、食事はもちろん名物の温泉も提供する歓迎ぶり。


 部屋へ戻ったアドラーを、ミュスレアが起きて待っていた。

 

「アドラー、ブランカ、おかえりなさい。お疲れさま」


 キャルル達が寝て、アドラーがいない間はミュスレアが頼り。

 彼女は、ほぼ完全装備で警戒していた。


「どう、収穫あった?」


 ミュスレアは、普段は後ろで結ぶ髪を長く垂らしている。

 それだけでも、少し大人っぽいなとアドラーは感じた。


「あ、うん。予想以上に聞き出せたよ」

「それは良かったわね。わたしが聞いておくべき情報ある?」


「あるが、明日で良い。今夜はファゴットと話す」

「そう。なら、お風呂に入ってきますか! ブランカおいで」


 ミュスレアは、ブランカを連れて風呂場へ向かう。


「はーい! ところで……団長は一緒に入らないのか?」

「そ、そんなこと出来るわけないでしょ! 夫婦でもないのに!」


 慌てたミュスレアがブランカの手を引いて、部屋を出ていく。


「夫婦なら……良いのか……」


 結婚をしたことがないアドラーが、ぽつりと呟いた。


 だが、そんな事ばかりを考えてもいられない。

 アドラーは、夜番の家令を呼んだ。


「ファゴットと話したい。着替えたら行くと伝えてくれ。それと、これを先に渡しておいて」


 アドラーは、シャイロックから分捕った書類を数枚渡す。


「承知いたしました」


 家令は、主人はもうお眠りでなどとは言わなかった。

 アドラーがスヴァルトに付いてから、国の緊張は高まる一方なのだ。


 一応、ミュスレア達が風呂から戻るまでアドラーが番をする。

 バスティもキャルルもリューリアもマレフィカも、みな静かに寝息を立てていた。


「……残業から帰って子供の寝顔を見るって……こんな感じかな?」


 姉が二人のキャルルは、男のアドラーをすんなり受け入れた。

 女装させて替え玉にするという酷い扱いを受けても、まだアドラーのことを強くてカッコ良い兄ちゃん、と思っているとアドラーは信じていた。


 リューリアも一時期の警戒を解いて、一室で寝起きすると決まっても文句を言わなかった。


「着替えるから、あっち向いてて」

 この一言のみで、安全の為にみんな一緒を受け入れた。


「ミュスレアさんは、分からないなあ……」

 彼女の最優先が、妹と弟なのは確か。


 その二人がアドラーに懐いたことで、長女のハードルがぐっと下がったことはアドラーにも分かる。


 ただ時々は、不可解な態度もあった。


「ふぅ、いいお湯だったわ。良い国ね、ここ」

 長女が戻ってきた。


 ブランカの銀色の長い髪を、ミュスレアが丁寧に拭いて整える。

 長女は、妹分が一人増えてもまったく気にせず自然に面倒をみる。

 ブランカも「くすぐったい」と言いながら、嬉しそうに身を任せていた。


 寝間着になったミュスレアの白い首筋から目を逸してからアドラーは言った。


「少し、ファゴットと相談してくる」

「ご苦労さま、いってらっしゃい」


「えーっと、先に寝てて良いから。あと……なんだかいい匂いだね」


 ミュスレアからは、天然温泉に浮かべた柑橘系の果実と、石鹸の混じった良い香りがした。


 アドラーは先日の失敗を生かし、気付いたことを直ぐに褒めたのだ。


「……!? きゅ、急になにを!? 女の子に匂いの話をするなんて!」


 顔を真っ赤にしたミュスレアが右手を振り上げる。

 怒れる雄牛すら仕留めるといわれる、ライデン市が誇る女冒険者の一撃を避けるためアドラーは部屋から飛び出た。


「な、なぜだ……褒めたのに…………」

 彼女は時々、アドラーには不可解な態度をとる。


 けたけたと笑うブランカの声に送られて、アドラーはファゴットの居室に行く。


 夜明けも近くなってきたが、アドラーはまだまだ眠れない。

 ギルドの長とは、とんでもないブラック環境である。


 しかし翌朝、ミュスレアの機嫌はすこぶる良かった。


 布団にしがみつくアドラーを起こそうとするキャルルとバスティに対し、「まだ寝かせてあげなさい。昨夜遅かったんだから」と叱るくらいご機嫌だった。


 アドラーにとっては、世界の不思議がまた一つ増えただけだったが。


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