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夜逃げするつもりだったけど


「なあ、本当に逃げなきゃダメ?」

「うーんそうだなあ……。あ、羊の赤身ください」


 自由都市ライデンの食料市場を、アドラーとミュスレアは歩いていた。


「聞いてるか? わたしの話」

「聞いてますよ。そうだ、ギルドの本部にも行かないと」


 シャイロック達が帰った後、アドラーはギルドの会計書類を根こそぎ調べた。

 何処かに隠し財産はないものか、預金は幾ら残ってるのか、借金は正当なものかなどなど。


 目ぼしい資産はなかった。

 木造二階建てのギルドハウスは借家だし、借金はそれまでの負債を全てシャムロックが引き受け、さらに200枚ほど借り入れていた。


 ギムレットとグリーシャは、それを退職金の形で持ってとんずらといった具合だ。


『ここが日本なら取り戻せるが、それでも使い込まれると不可能。街の法文家に相談しても良いけど……』


 最初の返済まで20日しかない。


『ミュスレア達が消えて俺も逃げれば、借金取りの矛先はギムレット達に向くだろうか?』とアドラーは期待した。


 王国と王家が、この世界にもある。

 国と王は一体不可分だと信じられ、亡国の責任は王とその家族に降りそそぐ。


 ギルドだって同じだ。

 団長はただの代表者でなく、ギルドそのものと見なされる。


 そして現団長が責務を果たせなければ一族へ、身寄りが無いなら前団長へと遡る。


『それが当たり前だから仕方がない。地球だって昔はそうだった』

 アドラーも割り切った。


 自分とミュスレアが居なくなればどうなるか、ささやかな復讐のつもりだった。



 二人で買い物を済ませ、ギルド本部で書類を提出する。


 ややこしいが冒険者の集団がギルドで、各ギルドの管理や依頼を卸すのが本部だ。

 ”本部”の名称は、かつて冒険者と傭兵が同一視されてた時代の名残。


 ここライデン市でも、1万数千人規模の傭兵軍が組織され戦場に向かっていたが、それも大昔の話。



「あら、団長になられたんですか? おめでとうございます」

 事情を知らない受付嬢は、笑顔でお祝いの言葉を述べた。


「あ、あはは……そうなんですよ……」


 アドラーも愛想笑いが精一杯だったが、ミュスレアのいたずら心に火が付いた。


「テレーザ、聞いてくれ! こいつがわたしから団長の座を奪ったんだ!」

 受付嬢が目を丸くする。


 それもそのはず、女性で八年も冒険者をやる者は珍しい。

 しかもミュスレアは、ライデン市だけで百以上ある冒険者ギルドでも屈指のフロントアタッカー。


 受付嬢のテレーザとミュスレアは、当然ながら顔馴染みだった。


「ええーなんてことを! 本当ですか、アドラーさん?」

「いや、いや! 違いますよ! 譲ってもらったのは事実ですが、奪ったなんて!」


「ふふ、冗談ですよ。ミュスレアさんに団長は向いてない気がしますもの」


 ふわっとした雰囲気のある美人の受付嬢は、さり気なく酷いことを言った。


「まあ、その通りなんだけどな!」

 ミュスレアが自分で肯定すると豪快に笑う。


「けれど、どうしてまた急に団長が……? まさかギムレットさんが?」


 テレーザは、ギムレットが戦死したのかと聞いている。

「そうなら良かったのだが」と言いたかったが、アドラーは台詞を飲み込んだ。


 団長が急死した時の為に、副団長や幹部へは本人の同意なしで団長職を譲ることが出来る。


 ミュスレアが知らぬ内に団長を押し付けられたのはそのせい。

 六人居た幹部は、ミュスレア以外は全員が退団していた。

 つまり、アドラーにはもう団長を押し付ける先がない。


「あーっと……えっとね……実は主な団員がみんな辞めたんだ」


 隠しておいても噂は直ぐに広まる。

 アドラーは素直に白状した。


「あ。そうですか。それは何と言うか……はい」


 黙ったテレーザは、手元にあった団長の移譲書を確認すると、本部のスフィア球に情報を打ち込んだ。

 これでライデン市のみならず、大陸中の国や都市で”太陽を掴む鷲”の団長はアドラーと共有される。


「太陽を掴む鷲は老舗の名門なんですけどねぇ……」

 ギルドの先行きを察したテレーザが残念そうにいった。


 アドラーも詳しくは知らないが、数百年前に勇猛で名を馳せた太陽団と鷲の団、二つの傭兵団が合併して出来た名門中の名門だそうだ。


 残っていた幽霊団員も強制退団させてから、アドラーは本部を出た。

 実力のある者が数名居たが、名前を残しておいても面倒事にしかならないとの判断だった。


 最後の団長になるはずのアドラーは、近々夜逃げする予定なのだから。


「わたしは、どうすれば良い?」

 ミュスレアはまだ団員だった。


「ギルドで旅券を出すから、それで何処か安全なところへ……」


 国境や関所を通る旅券は、基本は国と教会が発行する。

 だが戸籍のないクォーターエルフのミュスレア一家は、何処にも属していない。


 彼女らに唯一身分証と旅券を出せるのがアドラーのギルドだった。


「心配しないで。三人が落ち着くまでは、ギルドは潰さないから」


 言ってみたものの、最も近い別の自由都市まで歩きで二十日はかかる。

 その時までにギルドがなくなると、ミュスレア達は自由民ではなくなる。


『責任重大だな……。最悪、一回目の支払いを無視して居座るか』

 アドラーは借金の取り立てに耐える覚悟も決めた。


 買い物の後は、ミュスレアの家へと向かう。

 まだ十代でおとぎ話のようにかわいい二人に、住み慣れた街を捨てることになったと伝えねばならないのだ。


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