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「あそこか?」

「うん」


 ブランカに案内された建物は、意外な場所にあった。

 郊外の邸宅や屋敷ではなく、首都タリスで最も繁盛する一角に建つ大きな商館。


「遠いし暗くて読めないな……」

「ロートシルト商会」


 すかさずブランカが読み上げた。


「お、ありがとう。まあ知らない名前だが」

 ブランカの頭を撫でてから、二人は屋根の上を伝って近付く。


 ロートシルトの商館はまだ明るく、その二階だとブランカが合図する。


「殴り込んでも良いが……やりすぎかなぁ?」


 アドラーがファゴットの客人だとは知られてるはず。

 和平派のトップの系列が武力行使では、笑い話にもならない。


「寝静まるまで待つか」


 ロートシルトとやらが、武器商人にせよ軍需物資を請け負ったにせよ、寝室で刃物を突きつければ大人しくなる。

 アドラーはそう判断していた。


 なんと言っても会談はもう四日後で、商人の動きをほんの数日封じるだけである。

 看板の文字が読める距離まで近づいた時、アドラーは見覚えのある紋章を見つけた。


「こっちがロートシルト商会の商標で、隣の紋章は……何処で見たっけなあ」


 しばらく考えながら、アドラーとブランカは民家の屋根で待つ。


「はい、これ」

「ありがと!」


 夜食のサンドイッチを二人で食べる。

『こちらの相手は大したことがない』とアドラーは確信していた。


 問題は、もう一方の暗殺者であった。

 特別な訓練を積んだ傭兵か、王家お抱えの特殊戦部隊。


『もうやる気は満々、小細工で済むのだろうか?』

 アドラーは、動き出した国家が止まらないことも知っている。


「ん!」

 口に鹿肉とパンを詰め込んだブランカが指を上げた。


「動いたか……ん? あいつっ!」

 アドラーは見慣れた顔を見つけ、先程ひっかかった紋章が何を意味するか思い出した。


「カナン人の紋章だったか。つーか、シャイロックの野郎、こんなとこにまで!」


 会議でも終わったのか、三々五々と出てきた商人風の男ども。

 その中に、”太陽を掴む鷲”の借金を一手に握る高利貸しが居た。


「ちょうどいいな。ブランカ、知り合いがいたぞ。あいつに聞くことにしよう」


 二人はシャイロックを追う。

 高級そうな宿屋へ入り、用心棒と別れ、一人になるところまで確認した。


 四階建ての最上階へ屋根から忍び寄る。

 やれやれといった様子のシャイロックが椅子に腰掛けると、そこを窓から強襲した。


「よう、シャイロック。儲かってるかい?」

 まばたきをする程の間に、アドラーは高利貸しの口を塞いだ。


「大声出すと、窓から転落死するぞ。お前が死ねば喜ぶ人も多かろう、俺も含めてな」


 充分に脅してから、シャイロックの口から手を離す。


「ぼ、ぼちぼちでっせ……だ、団長はん、どうしてここに?」

「そりゃこっちの台詞だ。ライデンの商人がスヴァルトで何をやってる」


「団長はんも、ライデンの冒険者ですがな。あ、それと抵抗なぞしませんで、剣から手を離してくれまへんか?」


「……まあ、良いだろう」


 アドラーは、シャイロックと扉、両方を見張れる位置に陣取った。


「お前、俺が相手だと分かってなかったのか?」

 アドラーが質問を始めた。


「もちろんです。わてがこの国に来たのは、もう十日も前ですわ」

「今夜、ロートシルトの手下に襲われたんだがなあ……」


「ふひひっ、奴らもバカですなあ。団長はんに喧嘩売ったんですか。けど、ならどうしてわてのとこに?」


「だから、それを聞いてる。何故、スヴァルトまで来てる?」

 この質問に、シャイロックは目を泳がす。

 商業民族カナン人の商人連合、それを売る気はまだないらしい。


「拷問しても良いんだが……」

 アドラーの台詞に、ブランカが乗っかった。


「おう、ケツの穴から手を突っ込んで奥歯ガタガタ言わすぞ?」

 とても汚い冒険者言葉が、美しい竜娘の口から出てきた。


「……おいシャイロック、さっさと言え」

「金玉切り取って鼻の穴に突っ込んでやろうか?」


「……ちょっと、待ってろ」

 アドラーは、ブランカに向き直った。


「何処でそんな言葉覚えた?」

「キャルルが教えてくれた」


「あいつ……! そういうのは口にしてはいけません」

「だって、冒険者はそうやって喋るって!」


 しばし小声で言い争う伝説の祖竜とその保護者。

 そこへ、トントンと扉が外から叩かれる。


「シャイロックさん、何かありました? 話し声がしますけど」

 手間取ったせいでシャイロックの部下がやってきた。

 アドラーよりも早くブランカが反応して言い返す。


「ケツの穴から手を突っ込んでひぃひぃ言わせてるとこだ、邪魔すんな!」


「あ、そっすか。お楽しみのとこすいません」


 部下はあっさりと去っていった。


「……お前、普段、どんな……」

 アドラーが見下ろしたシャイロックが、恥ずかしそうに目を伏せた。


「あー、まあ良い。どうせ軍資金だろ?」

「……ご存知でしたか?」

 シャイロックが認めた。


 何時の時代、何処の世界でも資金なしに戦争は出来ない。

 だから争いの前も最中も後も、一番活動的なのが商人だ。


 資金力のみならず、武器にも手を出すカナン人の商人連合が呼ばれるのは当然。


「知ってることを話せ、シャイロック。代わりにお前には、良い情報をくれてやる。無事に解放もしてやるぞ」


「取引ですかい? へへっ商人を舐めてもらっちゃ困りますな。損になる取引は……」


「ブランカ」

 最後まで聞かずにアドラーが指示を出すと、ブランカがシャイロックを片手で引きずり窓から放り投げるふりをした。


「よし、待て。シャイロック、俺が頼み事をしてるように見えるか? お前をオークの所までさらって行っても良いんだぞ?」


 シャイロックはまだ口を割らなかった。

 アドラーは、引きずり倒されたシャイロックの代わりに椅子に座る。


「シャイロック、ここで戦争は起きない。ライデンの冒険者が既に動いてる。その意味が分かるか? サイアミーズ軍は来ない」


 嫌な人物だが、頭の回る高利貸しは直ぐに理解する。


「まさか、ミケドニアが?」

 アドラーは否定も肯定もしなかった。


 時には、傭兵として戦場にも現れる冒険者。

 その冒険者ギルドの長が知っているなら、ギルド本部からライデン市中枢、そして帝国へまで情報が伝わっていてもおかしくない。


 ミケドニア帝国が抗議、または国境の警戒を強めるだけで、サイアミーズ王国はこんな辺境に構っていられなくなる。


 アドラーは、そう思わせる事に成功した。


「分かるか? お前は損をする。だがそれ以上に損をする奴が出る。つまりだ……」

「わてが逆に張れば投資を回収どころか、利益が出ると……」


 シャイロックは、己の民族よりも金に忠実であった。


「分かりました。知ってる事は話しましょう」


 カナン人の商人連合が知っている情報をアドラーは手に入れた。

 念の為に、書類も全て漁った。


『隠し事はあっても嘘はない』と判断したアドラーが引き上げる。


 最後に。

「俺達の正体をバラすなよ。バラしたら、お前が仲間を売ったこともバレるぞ?」

 

 軽く脅すと、シャイロックは商人特有の本心の見えぬ笑顔を浮かべた。


「大丈夫でっせ、信用してください。世の中、平和が一番ですからな!」

「……商人ってのはこれだから」


 アドラーとブランカは窓から飛び出す、とても重要な情報を抱えて。


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