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「い、痛いです! や、やめてくださいー!」

「きゃーお願いーやめてー!」


 アドラーは、リューリアの下手くそな演技に少しほっとしていた。

『これで女優なら、男の一個師団くらい手玉に取れちゃうものな……あいてっ!』


 殴り疲れた暴漢どもが、アドラーの顎を蹴り上げた。


 この衝撃は、物理防御を展開したアドラーにも通る。

 防御を重ねて強化しても、無効にするわけではない。


「おい、殺すなよ」

 後方に立つ男が、始めて口を出した。


『あれがリーダーか……大した奴ではないな』

 顎を抑えてもがくふりをしながら、アドラーが確認する。


「はぁはぁ……へい、分かってます」

「こいつ、しぶとくて」

「頑丈な奴だ……ふぅ」


 殴っていた三人は、息が上がり始めていた。


 リーダーが手下を押し分け、一歩前に出た。

「兄さん、あんたに恨みはないが、エルフのような愛玩種族に肩入れしてもろくなことないぞ?」


 リーダーは、ナイフを取り出してアドラーの頬に当てる。


「な、何者だ……?」

 とりあえず聞いてみたが。


「それを言ったら、死んでもらうしかないだろ? ん?」

 リーダーが台詞に合わせて素早く刃を引く。

 同時に、アドラーは顔面の防御魔法をオフにした。


「ぐあっ!」

 焼け付く痛みが頬に走る。


「ア、アドラー!? いや、やめて!」

 今度のリューリアの台詞は、演技ではなかった。


「エルフなんぞが一人前に国を構えてては、困る人も多いのだよ。分かったな、手を引け」


 頬を抑えて膝を付くアドラーの頭に向かって命令した。


「へへっ兄貴、この娘さらいますか?」

「坊やじゃなくて残念ですが」

「こっちの方が楽しめそうだぁ」


「そ、それは困るなあ……うちのお姫様に手を出されては……」

 アドラーがゆっくりと立ち上がる。


「ふむ、良い護衛だ。わざわざ遠くから呼んだだけの事はある……がっ!」

 リーダーがナイフを大きく振りかぶった。


 鋭い一撃だったが、刃を返すところまでアドラーには見えた。

 峰の方で肩口を叩くつもりだが、アドラーは右腕を上げて受ける。


「なっ!? これを止めるか……だが、もう仕事は出来まい。仲間にも伝えておけ、これは警告だと、それも最後のな。行くぞ!」


 男達は夜の街へ消えていった。


「アドラー!? 大丈夫、ねえ平気? 大丈夫!?」

 リューリアは取り乱していた。


「ごめんね、嫌な思いさせちゃったね。ちょっとムカつく奴らだったね」

「そんな事よりも! 顔も、手も!」


 慌てるリューリアが、ぺたぺたと傷口を触る。


「痛い! 大丈夫だから、腕も軽いひびだ。直ぐに治る」

「あっそっか、治せば良いんだ!」


 リューリアは、自分が治癒魔法を使えることを思い出した。


「良く辛抱したが……まだまだだなぁ……」

 アドラーは、通りの屋根のあたりを見上げる。


 先程まで、ブランカがそこにいた。

『いいかい。何が起きても我慢して後をつけろ』と命じたのだが、途中から凄まじい殺気が漏れていたのだ。


「ついでに、連れて来たのがリューリアで良かった」

「なんで? 回復魔法が使えるから?」


「いや、ミュスレアだと我慢できずに叩きのめしてるでしょ?」

「お姉ちゃんなら……間違いなくそうするわね」


 アドラーの怪我はやられ具合に比べてずっと軽傷で、リューリアも直ぐに平常心を取り戻す。


「はいおしまい。頬の傷も数日で消えるわよ」

「それでは、帰って報告を待ちますか」


 アドラー達は、深夜の迫った街を戻る。

 一ブロックほど行ったところで、足が止まった。


「あれ、どうしたの? まだ痛む?」

「静かに。参ったな、第二グループが居たのか」


 今度は別口だった。

 先ほどの、ごろつきに毛が生えた手合とはレベルが違う。


 何処からともなく、闇の中から黒ずくめの三体が現れた。

 アドラーを中心に三方向、速度と距離も合わせてゆっくりと近付く。


「良いね、自分の身を守るんだよ?」

 アドラーは唯一の連れに命令して、自己強化と次いで全体強化をかけた。


 法術魔法の自己バフで三倍。

 その上にバスティの姉から貰った、仲間全体を別枠乗算で三倍に強化する神授魔法。


 チンピラ相手には片方しか使わなかったが、今度は最初から二重強化。

 全身を黒で覆った三体が、魔法を使ったアドラーを見て動きを止めた。


 リューリアを庇いながら、しかも素手。

『普通なら、気にせずかかって来るのになぁ。この大陸も奥が深い』


 冒険者の強者とは違う、対人の戦闘集団。

 アドラーは、殺さずに勝つのは無理だと判断した。


「出来れば、依頼主を吐いてから死んでくれないかな?」


 軽口を叩いたのを隙と見たのか、右側の一体が何かを発射した。


「おっと!」

 リューリアを狙った一撃だったが、アドラーが奪い取った。


 アドラーの右腕に激痛が走る。

 手の中に掴んだのは小さな針で、刺さってないはずだったが。


「毒か」

「そうだ」


 正面の黒ずくめが口を開く。


「会談の成功の為に雇われたのは知っている。直ぐに手を引け。港町まで戻れば、解毒薬を届けよう……」


 来た時と同じように足音もなく三体は消えた。


 殺す気で近づいたのは間違いないと、アドラーには分かった。

 それが難しいと気付くと、相談もなく次の手に変えた。

 アドラーが『危険な相手』と思うほどの暗殺者。


「刺さったと思ったのかな……」

 アドラーが手を開くと、紫色の何かが塗布された小指ほどの長さの針があった。


 触れただけで痛みが走るなど、並の毒ではない。

 全身を強化してなければ、どうなったか。


 アドラーは針を丁寧に布に含み、屋敷へと急ぐことにする。

 幸いなことに、辿り着くまでは無事に足が動いた。



「どうだった?」

 目眩と急激な疲労が出たアドラーが、横になったままマレフィカに聞く。


「ひひひ、こりゃ凄い。即効性の魔法精製の毒物だ。これだけありゃオリファントでも殺せるぞー」


「魔法防御で防げる毒で……良かった、のかな?」

「逆じゃな。武器に塗って体内に入れる毒なら、倒れることもなかった」


「で、治るの?」

「残念ながらー」


「マレフィカ!?」

「嘘でしょ!?」

「兄ちゃん!」

 三姉妹が声を揃えて抗議した。


「ごめんごめん。わたしの手にかかれば、一瞬だよ。魔法系は、特定されれば解除も早い。自然系の毒とは一長一短だねー」


 マレフィカは妙な色の液体を差し出す。

 赤とも黒とも紫とも言い難い。


「これ、飲むの?」

「もちろん」


 アドラーは本日一番の覚悟を決めて飲み干した。


「うえぇ……まずいぃ……」

「良薬口に苦しさ」


 マレフィカの薬は、効果てきめんだった。

 アドラーが起き上がると、ミュスレア達にもようやく笑顔が戻る。


 しばらくして、こつこつと窓を叩く音がした。

 アドラーが窓に近付くと、綺麗な銀髪と白い尻尾まで黒い布で隠したブランカがそこに居た。


「お帰り、突き止めた?」

「あい!」


 竜の娘は元気よく右手をあげる。


「では、反撃開始といきますか」


 既に深夜、大通りにも人影はない。


 簡単な敵と厄介な敵、二つも出てきてしまったが、まずは簡単な方から片付ける。


「いいかいブランカ、弱い方から潰す。これが基本の戦い方だ」


 アドラーとブランカ、二人だけで敵のアジトに向かう。

 道中ではお喋りする余裕もあり、アドラーには負ける気など針の先ほどもなかった。


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