表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

57/214

57


 エルフの国スヴァルトは、港町まで森に囲まれる。

 

 山と水と森、そして温泉が名物の寒い南国へ付く頃には、ミュスレアの機嫌も直った。


「兄ちゃん……本当に、頭を低くして嵐が過ぎ去るのを待ったね……」

 キャルルの視線と口調には、アドラーを責める色があった。


「何を言うキャル! 俺の言ったことは正しかったろ?」

「ええ……そんな兄ちゃん見たくなかった……」


「キャル、冒険者はむやみに危険には踏み込まぬものさ」

「うわぁ……」


 アドラーの処世術は、まだキャルルには理解できなかった。



 首都はタリス。

 人口は十万もなく、緑豊かな広い土地を贅沢に使う。


 スヴァルトに住むエルフは百万人ほどと言われるが、それ以外の種族も多い。


 山を求めてドワーフ、農地を求めてヒト、自然を好むコボルトなどが、エルフと同じくらい住む……と、アドラーは説明を受けた。


「で、最大派閥のエルフ族と、次にくる勢力のヒト族との綱引きでもあるんだな。この国の外交は」


 アドラーの言葉に、ファゴットは頷いた。


「私が言うのもあれですが、エルフってのは細かい書類仕事が苦手でして」

 

 役人や大臣はヒト族が勤めることが多いと、ファゴットは語る。


「そのトップが宰相のカーバか」


「はい。まあ我々エルフは、寿命の短いヒト族が権勢を握ろうと余り気にしないんですよ。実際のとこ、カーバは有能ですから」


 運営や商売に関しては人が抜群に上手い、次がドワーフ。

 生来の素質的に向いてるのだ。


 エルフ族は通常で三百年ほど、クォーターでも百五十から二百年は生きる。

 そのせいか細かいことに拘りが薄い。


「お陰で、情報管理も適当なんだよな……」


 アドラーが居るのは、首都タリスにあるファゴット一族の屋敷。

 ここに至るまで、後を付けられているのに気付いていた。


「どうするんだ、これ?」


 アドラーがちらりと外を見る。

 襲ってくる感じはないが、見張られているのは間違いない。


「本当にすいません。まさかここまで激烈な反応があるとは思わなかったもので……」


「サイアミーズ王国とミケドニア帝国は不倶戴天の宿敵だからな。直行しない方が良かったかな」


 この二大国は、直接の国境線を持つ。

 帝国の玄関口の一つライデン市、そこから大使が緊急帰国となれば嫌でも目立つ。


「本当にすいません……」

 育ちの良いエリート官僚は、もう一度素直に謝った。


「まあ良いですよ。こちらからも仕掛けてみますか」

 

 アドラーは、ようやくファゴットを信用する気になった。

 どうも腹芸の出来るタイプではなく、ただ使命感に燃えた貴族のお坊ちゃま。

 つまり足手まといにはなるが、敵になっても怖くない。


 そしてアドラーは、困ってる人を見捨てられぬ、とても面倒見が良いタイプであった。


 皆のところに戻ったアドラーが、全員を呼び集めた。

「ブランカとリュー、これから一緒に……って、どちら様?」


 アドラーのとこへ真っ先に寄って来たのは、長いブロンドに豪華なドレス。

 高価なアクセサリーで飾り立て、薄く化粧もしたエルフの美少女。


「ごきげんよう、お兄さま」

 少女は、笑いすぎないように上品に微笑んだ。


「キャ、キャルル……か?」

「はい、お兄さま」


 キャルルは、仕上がっていた。

 この屋敷に居る侍女が、総動員で完成させた姫の身代わり。


「へー、ほー。凄くかわいい。ドレスもよく似合うよ、素敵だぞ!」

 覚えたてのスキルを使って、アドラーは激賞した。


「う、嬉しくない……そんな事を言われても嬉しくないはず……なのに、何故かちょっと嬉しい……。なんで、兄ちゃん?」


「いやいや、待て! 慣れぬ場所で慣れぬ物を着て、高い装身具を着けてるからだ! それだけ、それだけだぞ、キャルル!」


 アドラーは全力で意見を修正した。


「ふーん……なんか良いわね、これ」


 リューリアが弟の衣装を、羨ましそうに引っ張る。

 彼女はこんな豪華な服など、見たことも着たこともない。


「あの、あとで生地だけでも送らせていただきます。この一着のために大量に注文しましたので」


 ファゴットが気を利かせた。

 キャルルより背の高いリューリアでは、弟の服は入らない。


「ほんと? 約束よっ!」

 リューリアが嬉しそうに飛び跳ねた。


「悪いな、ありがとう」

「いえいえ、これくらい何でもありません」


 喜ぶリューリアを見て、アドラーもやる気が出た。


「さて、みんなこっちへ。これから釣りをします」

「釣り?」

 三姉妹にバスティにブランカとマレフィカ、全員の声が揃った。



 日が沈んだ後、アドラーは屋敷を出た。

 正体を隠すように足元まであるコートとフードの女性を連れて。


 そのまま首都の繁華街へ向かう。

 一軒のアクセサリー屋の前で足が止まった。


 木と石を組み合わせたエルフの細工物は有名である。


「アドラー、これ! ちょっと見て良い?」

「えー、予定にない行動は……」


「ねえ、見るだけ!」

「どうかなあ……」


「お願い、お兄ちゃん!」

「いいよ、何か買ってあげよう!」


 アドラーとリューリアだった。

 エルフの次女は、先程『お兄さま』と呼ばれたアドラーの反応を見ていた。


 そして効果的に使う。

 一方のアドラーは前世でも今世でも兄弟はなく、甘えられるのに耐性がなかった。


 アドラーが拾われた当初は、当然ながらリューリアは露骨にアドラーを避けた。

 当時は十六歳の少女にとって、怪我人とはいえ知らない男性など距離を取るべき存在。


 しばらくして慣れたが、よそよそしいのは変わらない。


 変わったのは、アドラーが”太陽を掴む鷲”に入ってから。

 とあるクエストでハグベアーという巨大熊に出くわし、ミュスレアが深い傷を負った。


 そのミュスレアを、アドラーが背負って街まで運んだことで、ようやく許しを得たのだ。

 街まで六十キロほどあったが、アドラーは三時間で走破した。


「あー、うーんと、お姉ちゃんをありがとう。また、うちにご飯食べに来てもいいわよ? キャルルが喜ぶから仕方なくだけどね!」

 これ以降、リューリアの警戒度は格段に下がった。


 その少女に『お兄ちゃん』と呼ばれ、アドラーは感激していた。


「なんでも良いよ、好きなのを選んで」

 リューリアが髪に付ける翠石のブローチを選ぶのを、満面の笑みで見守る。


 思わぬ戦利品を得たリューリアと、感激もひとしおのアドラーが街の暗い脇道に入る。


 灯りも人通りもない小道。

 突然、アドラー達の行く手に数人の男が現れた。


「へへへ、大人しくしてりゃ痛い目は見ずに済むぜ?」

 お決まりの文句を発した男らは、どう見ても真っ当な生業の者達ではなかた。


「きゃ、きゃあ!」と、悲鳴を上げてリューリアがアドラーの後ろへ逃げる。


「おっと、女か?」

「おい、よく顔を見せろ」


 男の数は五人、半円でアドラーを囲み逃さぬ構え。


「な、なんだね君たちは!?」

 声をあげたアドラーの顔面に、容赦のない拳が飛んだ。


「うん? 倒れないとは当たりどころが悪かったかな?」

 三人ほどが、アドラーに詰め寄って問答無用で殴り始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ