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「キャルル、冒険者になる必要はないんだよ?」

「なんでさ。リューねえでさえ入れたのに!」


 キャルルが三つ上の姉を指さす。


「リューはヒーラーだしみんなで守る」

「ボクは別に守ってもらわなくても……!」


「駄目だ。絶対に守る」

 アドラーは断言した。


 体の回復と共に、徐々に本来の力を取り戻しているアドラーは、一人なら完璧にフォローする自信があった。


「二人同時には守れないことがある、分かってくれ? な?」

「じゃあ姉ちゃんに……」


 ――守ってもらう、と言おうとしてキャルルは口を閉じた。

 それではただの足手まとい。


 アドラーは、これから成長期の少年を危険な目に合わせる気は一切なかった。


 何と言っても、ギルドを維持するのもクォーターエルフの姉弟の為。

 戸籍がないミュスレア達は、所属する組織もないと身分もなくなる。


『まあ俺もこの大陸に戸籍はないんだが……』

 ふと、アドラーは自分の境遇も思い出した。

 しかし成人した男のアドラーと、子供二人で美形の姉弟では危険度が段違い。


 バスティにブランカにマレフィカと、変わったメンバーが増えてはいたがキャルルまで加えるつもりは、アドラーにない。


 キャルルは、団長のアドラーと保護者のミュスレアを交互に見ていた。

 二人が了承しないと、どうにもならない。


「キャルル」

 背の高いミュスレアが優しい表情を弟に寄せた。


「アドラーも、あなたの為を思って言ってるの。分かってね?」

「それはそうだけど……今回はイヤだけど協力するからさあ!」


「駄目よ」

「姉ちゃん、お願い! ボクも役に立ちたいんだよ!」


 キャルルの真剣な瞳に、長女はあっさり揺れた。

 ミュスレアはリューリアと違って弟に甘い。


「じゃあ……見習いから始める?」

「ミュスレアさん!?」


「アドラーお願い! あんたの弟子ってことで、給料も要らないから!」

「弟子って……最近の冒険者にそんな制度ないでしょ……」


『アドラー!』『兄ちゃん!』と攻められ、アドラーはすっかり劣勢になった。


 大使のファゴットは、ギルドの揉め事が収まるのを黙って待つ。


 魔女のマレフィカが一言呟いた。

「異種族間の兄弟物か師弟物。悪くないな」


 アドラーは思わず耳を疑う、血統の魔女の知識と趣味の広さは半端ないなと。


「分かった、いや分かってないけど! キャルは学校優先で安全な時だけだぞ? それに絶対に言うことを聞くこと。勝手に動いたらその時点で見習い失格だ」


 アドラーは折れた。

 少年のやる気をこれ以上押さえつけるのは、彼には無理だった。


「ほんと!? やったあ!!」

 キャルルがぴょんと跳ねた。



「あのー、まとまったとこでよろしいでしょうか?」

 ファゴットがおずおずと声をかける。


「これはすいません。お恥ずかしいところをお見せして」

「いえいえ。エルフ族がヒトに混じって生きていくのは大変ですから」


 理解を示したファゴットが、隣の男を促して水晶球を一つ取り出させた。


「あ、この者はうちで雇ってる秘書官です」

 特に重要な人物ではなかった。


「それで、その水晶球は?」

「これはですね、映像を取り込める魔法道具で、エルフ族最新の魔法です。映像は大使館から本国まで送ります。キャルル殿を写してよろしいでしょうか?」


 アドラーは驚いた。

 魔法の写真機のようなものまであるとは。


『これ……凄い魔法なのでは? 軍事はもちろんだが、女性のあんな姿やこんな姿を写し取って売れば、莫大な産業になりかねん』


 アドラーは、エロスが文明を発展させると知っている。

 ちらりとミュスレアを見ると、最高級のモデルがそこにはいた。


「これ、お高いんですか?」

「ええ、まだ量産どころか試験段階でして、金貨で数枚の費用に膨大な魔力が……。あれ、おかしいな? どうやったら動くんだこれ?」


 値段を聞いたアドラーは諦めた。

 腕の良い職人の月収分にはなる額だった。


「ちょっと見せてもらって良いですか?」

 マレフィカが写真球に興味を示した。


「ああどうぞ、分かりますか?」

 ファゴットは極秘の最新魔法が詰まった水晶をあっさりと魔女に見せる。


 普通は、出来上がった道具を見ても使ってる魔法など分からない。

 それに専門外の事には疎いのが役人だ。


「ほーなるほど。へー……たぶん、こうだな」

 マレフィカの紅い瞳がじっと水晶を見つめ、軽く水晶球に触れて魔法を起動させた。


「ありがとうございます! 凄いですね!」

「いやいや」


 魔法の流れや術式を、道具からでも読み取れる血統の魔女は、素知らぬ顔をして椅子に座り直す。


「こちらを向いていただけますか。はい、ありがとうございます!」


 大使はキャルルの映像を収めて帰っていった。


 明日にも契約書と前金を持ってくる、出発は更に二日後。

 海を超えて一気に大陸の南端までの大冒険。


「今回は全員で行きます! ドリーさんは留守番ですけど」

 アドラーが宣言して、キャルル以外の全員が歓声をあげた。


 マレフィカも付いてくると言った、エルフの魔法に興味が出たらしい。


「そ、そうだ! 剣が出来たんだ! この前貰った剣に、ブランカの牙を組み込んだ」

 思い出したようにマレフィカが叫ぶ。


「へー、それは是非見たいな。今日は、マレフィカの家で夕御飯にしようか?」

 アドラー提案して、今度はキャルルも賛成した。


 この剣は歴史に残る銘剣となるが、まだ誰も知らない。

 さらに、安全なはずの和平会談が新たな火種となることも、誰も予想すらしていなかった。


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